
The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution
- 作者: Richard Dawkins
- 出版社/メーカー: Free Press
- 発売日: 2009/09/22
- メディア: ハードカバー
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さて第6章は「化石」について.ドーキンスは進化が事実であるとするには「化石」証拠は不要であり,「化石」はボーナスのようなものだとここまで何度も強調しているが,もちろん化石も進化についての非常に強い証拠だ.
ドーキンスはまず創造論者の「進化の証拠になる化石などない」という言い分について,仮想的な男爵殺人事件における探偵のお話でからかっている.
執事こそが犯人だと動機からアリバイから凶器まですべての証拠がある上にさらに防犯カメラの動画まで(探偵にとってのボーナスとして)そろっている.
動画には執事がピストルを充填して殺意のある目で部屋を出て行ったところが映っていた.弁護士はカメラはすべてを写していないと言い張る.すると次のビデオが見つかり,執事はビリヤードルームからピストルを構えたまま男爵の部屋に入っていった.弁護士は勝ち誇ったようにこう叫ぶ.これで今やギャップは2つになったと.
これはドーキンスが何かのインタビューでも語っているお気に入りの言い分のようだ.
次に進化の事実は適当な化石1つで簡単に反証可能であることを,ホールデンの「カンブリア紀のウサギの化石」という言葉とともに紹介している.
次は創造論者がお気に入りのカンブリア爆発について.これはグールドの本の影響で創造論者がよく攻撃の種にするものなので,ドーキンスにとっては二重に腹立たしいものなのかもしれない.(ドーキンスは進化生物学者がお馬鹿な振る舞いをして創造論者につけいられるのことを特に嫌っているようだ)ドーキンスが「ブラインドウォッチメイカー」で表現したフレーズを創造論者に「引用マイニング」されたことを語っている.(これも講演などでよく取り上げる話題のようだ)
中身については「虹の解体」で論じたことだとしているが,扁形動物についてこれほど多様な現生動物が化石がまったく発見されていないことを指摘している.つまりこれは創造論者の理屈によれば「昨日創造されたものであることにならないか」というわけだ.
ドーキンスはまず英語における「ミッシングリンク」の意味を解説している,これには2義あり,第一の意味は特に人類と他の霊長類の間の中間形を指している.ドーキンスにいわせれば,これらは数多く発見されていてもはやミッシングではないということになる(これが次章の主題になる)
もうひとつの意味は,例えば鳥類と爬虫類とか,魚類と両生類とかの大きな動物群間の中間形を指している.本章はこれについての記述ということになるだろう.
創造論者は「中間形の化石を見せてみろ」とよく主張する.古生物学者は彼等に始祖鳥の化石を投げつけるのだが,ドーキンスにいわせればこれは誤りだということになる.
ドーキンスは,その理由について,進化を前提とするならそもそも化石はほとんどすべてが何らかの動物と別の動物の中間形だからだと説明する.
そして創造論者たちからの挑戦に対して1つづつ粘着的に議論を展開する.この粘着的な議論こそがドーキンスを読むときの最大の楽しみだろう.
挑戦は並べると以下のようなものになる.
素朴な形
- 「もしサルがカエルから進化したというなら,どうしてフロンキーはどこにもいないのか」(ドーキンスは実際にイスラム教信者が「クロコダック」を見せろと迫っているのを見たことがあるそうだ.)
- 「サルからヒトが生まれたのを見れば進化を信じてもよい」
新聞への投書という形