Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その7

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ここまでピンカーは.所格転換,与格転換についての理論を提示してきた.では子供はそれをどのように獲得するのだろうか.ここは当然ながらユニバーサルな文法については生得的な知識,その中でのパラメータ設定は学習によって獲得という議論になることが期待される.

5. 項構造のルールはどのように学ばれるのか

  • さて,これで私たちは,項構造転換に関してのルールについて幾分か理解できた.次は子供がどうやってこれを獲得し,何故時に誤るのかを考えることができる.
  • ある1つの言語には許される特定の項構造転換があるということ自体は,動詞を項構造とともに捉える子供にとって理解しやすいだろう.周りが話しているのを聞いていると,ある動詞が複数の項構造の元に現れることがわかる.問題はそのような転換が許される動詞と許されない動詞の区別をどうやって知るのかということだ.
  • ここで一般的な転換を制限する必要条件と十分条件(狭い制限)の2つのルールがあったことを思いだそう.
  • 必要条件は広い制限であり,例えば「容器所格構造は状態変化を表す」などのルールが該当する.
  • 子供はこれらの広い制限ルールを学習によって獲得するわけではないと考えることも可能だ.
  • 子供の言語獲得メカニズムによって,単一の統語ルールとして一般的転換ルール(動作主+動詞+内容物+onto/into+容器 → 動作主+動詞+容器+with+内容物)を身につけることは不可能なのかもしれない.
  • そうではなく,子供は語彙的意味論的ルールとしてどの項構造が許されるかを最初から定式化できるのかもしれない.つまり項構造を統語的なポジションにマッピングすることが「生得的な」言語獲得メカニズムとしてできるようになっているのかもしれない.そしてそれを示唆する証拠がいくつかある.
  1. 第1に,転換に関する広い制限(第1のルール)は言語間でかなり普遍的であり,おそらくユニバーサルだろう.リンクルール(第2のルール)もほぼユニバーサルのようだ.
  2. 第2に,子供は,自発的会話に置いて,意味論的広い制限に関する間違いをまず犯さない.子供は動詞に係る統語論的なアレンジによって偽の一般化に誘導されたりしないのだ.(観測されないエラーの例が列挙されている;* I followed the room with him.など)
  3. 第3に実験において子供は非常に幼いうちから広い制限に従う.年齢が上がっても変化はない.


要するに広い制限である2つのルールはユニバーサル文法の一部であり,子供は生得的にこれを理解しているということになる.ピンカーは続いて狭い制限に話を移す.

  • 子供が身につけるべきもう一つの種類の制限は,転換の十分条件である狭いサブクラスの制限(連続的接触と動きに関し,動作主が内容物を容器に向けて押して動かす動詞は所格転換が可能など)だ.これらの制限は言語間でユニバーサルでなく,学習により獲得されなければならない.
  • このような学習を説明するためには,狭いルールを構成する何十もあるサブクラスとそれに含まれる何百もの動詞の正確な意味論的な表出を見極める必要がある.「Learnability and Cognition」の第5章は,この動機付けのために書いたものだ.
  • キーになる発見は,動詞の意味表出は2つの種類の意味論的なシンボルを含んでいるということだ.
  • 1つ目は少数のユニバーサルで基礎的な概念セットで,因果,力,経路と場所のトポロジー,所有,対象物の粗い特徴(堅さ,拡張性,その方向,・・・)などだ.そしてこれらのシンボルは「原因」「移動」「行動」「所有」「経路」「様相」「方法」表面」「表面の特徴」「時間軸」などを含んでいる.
  • もう一つは特定の言語の特定の動詞に特有な概念セットで,膨大な数がある.そのシンボルには「歩行の際の特定の様相」とか「物質の中での特定の種類」とかが含まれる.
  • 例えばbutterという動詞は「何かバターのような物質で覆われるようにする」という意味を持つが,基礎的シンボルは「何かで覆われるようにする」を示し.特有シンボルは「バターのような」を示す.
  • 一般的には基礎的シンボルは「文法的に関連する」ように現れ,多様な言語の中で,ユニバーサルな少数の閉じた機能的な形態素エンコード可能だ.(例えば代名詞,アスペクトに関する活用,使役形態素などがある)
  • そして重要なことに,項構造転換に関しては,統語的に凝集した動詞のサブクラスを明確に定義づけるような特徴があるのだ.
  • これが子供の学習に関する単純な理論を提供する.子供が非常に狭い形で転換を一般化するときには,この基礎的で文法的な部分と特定動詞特有な部分の対比について強く注目している.つまりこの基礎的文法的部分のみを使って一般化し,特有部分は可変だと処理するのだ.そうすることによって一般化を同じ狭いサブクラスの動詞のみに適用できるようになる.(throwの例文からkickに一般化するが,liftには一般化しないという例が具体的に説明されている:throwとkickは「物体に瞬間的な力を加え,その後はその物体に自律的な動きをさせる」という意味で同じサブクラスに属しているが,liftは属さない)子供はこのような狭いルールを1つずつ身につけるのだ.
  • 最後に,子供は音素的に似た動詞のクラスにこのような狭いルールを適用する傾向がある.(これにより英語ネイティブな動詞に二重目的語構文が取られやすいことが説明できる)
  • 子供が動詞の構造の転換ルールの創造に関して意味論的に類似の動詞に限っていることについては証拠がいくつかある.
  1. 子供はまれにしか間違わない.基本的に保守的だ.
  2. 実験において,子供は二重目的語構文を創造するより,二重目的語構文になったことを聞いたことのある動詞に限る傾向が強い.受動態についても同様だ.
  3. 子供は二重目的語構文を動作に関する動詞に一般化しない傾向がある.両親の子供への発話においては動作にかかる動詞で二重目的語構文はまれにしか現れないからだと思われる.実験で,動作のある動詞の二重目的語構文を最初に多く提示すると,子どもは新規の動作に係る動詞について二重目的語構文を作りやすくなる.


狭い制限の方はなかなか難しい.ピンカーの主張としては,これらは基本的に個別の学習により獲得していくのだが,その中にも基礎的なシンボルが凝集したサブクラスを形成するというユニバーサルな特徴があり,子供は「そのようなサブクラス間では項構造転換が一般化できる」ということを生得的に知っているということになるのだろう.