EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」参加日誌 その4


連続講演会は週が変わって京都へ.8/6の京都大学百周年記念ホールの講演会(言語進化のモザイク性について,道具製作と言語進化について)には都合がつかなかったが,8/9の京都大学芝蘭会館別館*1でのトマセロ教授の最終講演会に参加できた.やや狭いセミナールームだったので聴衆で満員になり熱気あふれる講演会になった.


8月9日 京都国際心理学セミナー(共催) 京都大学芝蘭会館別館


コラボレーションの起源(The Origins of Human Collaboration)マイケル・トマセロ


<意図の共有とコラボレーション>

  • 意図を共有するのはヒトのユニークな特徴だ.
  • チンパンジーは個別意図しか持たない.2頭のチンパンジーはそれそれ別のゴールに対して意図を持つ.ヒトだけが同じ目的に向かって意図を共有するのだ.ヒトの進化においてとてもユニークなことが生じたのだ.この結果ヒトはとても協力的だ.意図の共有(shared intentionarity)は協力の基礎となる心理的なメカニズムなのだ.
  • 類人猿はとても賢い.彼らは意図を持つし,他者の意図も理解する.しかしそれは競争の文脈でしか発揮されない.これに対してヒトはより協力的な生き方を進化させた.リソースを得るためにコラボレーション(collaboration )するようになったのだ.ここでコラボレーションは協力より狭い意味で使っている.それは一緒に何かをすることだ.
  • 意図の共有に際しては共通の利益,共通のゴールがある.そしてコラボレーションするためのコミュニケーション,コーディネーションが生じる.ここでキーになるのがマインドリーディングとメンタルコーディネーションだ.
  • 競争的な文脈では相手を操作しようとするので自分の意図は隠した方が有利になる.これに対してコラボレーションに際しては意図を共有した方が有利になるのだ.
  • さらに共有エージェントも創造された.これが「我々」だ.
  • 類人猿はこういうことをしない.コーディネートしないのだ.彼らは競争的な文脈では非常にうまく相手のゴールや相手の意図を読むことができる.(チンパンジーを使った実験の紹介)


<意図共有の2つの進化段階>

  • ヒトの共有意図は2段階進化したと考えている.
  • 第一段階はベイシックコラボレート,参加意図(joint attention)だ.これは2者間でコラボレートするもので,互いにコミュニケートする.これは0歳から3歳で発達する.
  • 第2段階は,ノーマティブコラボレート,文化,社会規範,集合的意図だ.規範が慣習化し,文化となる.共通の目的にコミットし,コラボレーションの成果について公平な分配ルールが生じる.3歳以降に発達する.
  • これらを順番に説明しよう


<ベイシックコラボレーション>

  • 私の説明に対してはチンパンジーもコロブス狩りの時にはコラボレーションするではないかという批判がある.
  • しかしそうではない.私は短いながら3週間ほどチンパンジーのフィールド観察もしたことがある.彼らは確かに獲物を追いつめ,取り囲む.しかしよく見ると,そこにはプランの共有もコミュニケーションもない.ある個体がある動きをしたことに別の個体が反応してああいう動きになっているだけだ.そして獲物について公平な分配もない.許容される盗みがあるだけだ.
  • ヒトはそうではない.(子供のダブルチューブの実験が紹介される)よく見ると子供は自分の役割だけでなくパートナーの役割を理解しており,相手がやらないと「あなたのパートをちゃんとやってよ」と要求する.この「あなたのパート」の理解がキーなのだ.
  • チンパンジーはこういうことをしない.相手が報酬をもらうために必要な行動をしない場合には,相手にそれを要求せずに自分でやろうとする.コラボレーションへ向けてのコミュニケーションがないのだ.
  • そしてヒトの幼児は相手が何かしようとしていると,それを理解して助けようとする.(18ヶ月の幼児を使った,大人の本運びを手伝う動画の紹介)
  • チンパンジーは役割Aと役割Bのコラボレーション作業の場合,自分がAをしているときに,相手のB役割について理解しない.これはヒトの幼児と対照的だ.ヒトの幼児は相手の役割を理解して,それをやってよと指さしなどで要求する.これがコミュニケーションの起源ではないかと考えている.
  • そして2者レベルの構造として共通ゴールと共有意図を持つコラボレーションエージェンシー「我々」がある.私には私の役割があり,あなたにはあなたの役割があり,そして共通の目的を持つ我々がある.このスキームで社会的心的コーディネーションが可能になるのだ.これもヒト特有の認知能力だ.
  • そして相手と共有の文脈を持つことによって,同じオブジェクトについて柔軟に様々なコンセプトを当てはめることができるようになる.同じものを,犬,動物,ペットなどと呼べるようになる.
  • 私はよく子供を離島に隔離するとどうなるかという思考実験を頭の中で行う.おそらくこのような認知能力の発達には社会的環境の中でのエクササイズが必要だろう.
  • このような能力(意図の読み,視線追従,指さし,コラボレーション,注意の共有)の発達時期をクロス文化で比較した.ほぼユニバーサルだった.


<ノーマティブストラックチャードコラボレーション>

  • 子供は一緒に遊んでいるときに(黙示的に)同じ目的についてコミットしているとより相手を助けようとする(事例の動画紹介).チンパンジーはこのようなコミットはしない.
  • さらに明示的にコミットする場合もある.共同作業で片方にメリットが生じる場合に,役割交代を行うことにコミットする場合がある.チンパンジーは絶対にこういうことをしない.
  • このコミットメントは協力の進化において重要なステップだ.「一緒に遊ぼう」といって遊んでいるときに,何か別の面白いことが生じたとき,2歳児はそのままそっちに行ってしまうが,3歳児になると,言い訳をしたり,決まり悪そうにしたりする.これは「しなければならない」という規範意識だ.これがコラボレーションのコミットに対して生じる.
  • さらにこのコミットメントに対して自分自身が含まれていなくても「彼はこれにコミットしたのだからそうすべきだ」という感覚も生じる.これはある意味第三者罰であり,まさに社会規範だ.
  • ヒトは他人がルールに従っているかを気にするのだ.5歳児は誰かが見ているときとそうでないときには振る舞いが異なる.(小さなお菓子をもらった子が,自分のものではない大きなお菓子が目の前にあるときにどう振る舞うかの動画紹介)これがヒトが社会的に複雑になっていくためのキーだ.
  • そして公平(fairness)という感覚も生まれる.これは特にコラボレーション行為の報酬に対して生じる.一緒にひもを引っ張って初めてとれるお菓子やおもちゃに対して子供たちは基本的に分かち合うし,半分より多くとることは「いけない」ことだという理解をしていることがわかる.そしてこれは特にコラボレーション行為の報酬に対して生まれる.(コラボレーション行為の報酬でなく最初に1個と3個のような配分があってもそれほど頻繁に分配し直しの行動は生じない)チンパンジーではこれは観察されない.
  • ただしこれにはダークサイドがある.コラボレーション行為の報酬への公平な配分ということはフリーライダーは排除するということにつながる.そしてこれが(移民排斥などにつながる)イングループとアウトグループの心理の基礎になっている.
  • このような協力傾向は形態的な進化も引き起こしている.それが他の霊長類に見られないヒトの白目と黒目のコントラストだ.これは視線方向を示し,自分の意図を読んでほしいからこうなっているのだ.競争的な文脈では自分の意図は隠した方がいいからこうならない.協力の中で初めて進化する形態だ.


<結論>

  • ヒトはコラボレーションに適応している.
  • そして適応心理はヒト認知の基礎になっている.
  • この発達は2段階になっており,ベイシックコラボレーション,ノーマティブコラボレーションと進む.



質疑応答

Q:チンパンジーは大人を使いヒトは子供を使ってい比較するのはなぜか.

A:それは私たちのスタディの弱点の一つだ.一つの問題はチンパンジーの小さな子供を母親から引き離して実験するのが難しいということだ.そしてチンパンジーの脳は2歳で90%発達しているのでそれ以降はあまり変わらないだろうということもある.


Q:意図共有についてはそれが内的か外的かという区分もあるのではないか

A:一番大きいのはモチベーションの違い.それが競争的か協力的かということだ.


Q:なぜ3歳でノーマティブに移行するのか説明できるか

A:できる.(ややうれしそうに)伝統社会では離乳時期がそのあたりだからだ.つまりそれ以前は母親のコントロール下にあるが,3歳頃から独立していくのだ.そしてそうなると社会規範の理解が重要になるのだろう.これに関連して規範には2種類ある.一つは罪悪感で,これは「我々」の問題だ.盗んではいけないというのは私もそう思っているということだ.もう一つは恥の感覚だ.これは「彼ら」の問題で,自分は別にいいと思っていても彼らがだめ出しをするものは評判に関わるので避けるべきだということになる.アレキサンダー以来道徳の基礎を評判におく議論があるが,あれは恥にしか当てはまらないと思っている.


Q:実験に使う子供は友人同士なのか.

A:実験のペアを組む際にお願いしているのは,ベストフレンドは避けて,互いに知っている程度のペアにしてほしいということだ.たとえば兄弟姉妹は特別に近しく競争的でもある.ベストフレンドは長期的な関係なので,実験のタイムスパンを越えて貸し借りの精算が生じるのでそれは避けた方がいいと思っている.


以上でEVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」は終了だ.言語学者の講演を1つだけしか聴けなかったのが残念だったが,なかなか得るところの多い企画だった.


これは講演後いただいた出町柳,鴨町ラーメンのチャーシュー麺


<完>

*1:厳密には一般社団法人芝蘭会に属しているようだが,実際には京都大学と極めて関連性の高い設備であるようで,プログラムではこのような表記になっている.場所も吉田キャンパスのすぐそばだ