第2章 「利己的な遺伝子」の定義と洗練化 その4
概念の整理を行う第2章.冒頭の導入で「利己的な遺伝子」の出版当初の論争の始まりを眺め,そこでは「遺伝子」とは何かが問題になっていることをみた.ここから「遺伝子」概念の整理が始まる.
2-2 利己的な遺伝子とは何か その1
- 遺伝子視点の元では,基礎的な用語がしばしば独特の定義を持っている.デイヴィッド・ヘイグはその著書の中で,このような独特の定義を考慮に入れておくこと,そしてその概念を最大限に利用することが理解の鍵だと主張している.
ここでオーグレンは「遺伝子」の定義にかかるヘイグ論考の参照元として4つを挙げている.最初の3つは以下になる.
- クレブスとデイヴィスの教科書「行動生態学(Behavioural Ecology 4th Edition)」に寄稿された「社会的遺伝子(The social gene)」
- ドーキンスの「利己的な遺伝子」が世界に与えた影響を様々な人々が語るアンソロジー「Richard Dawkins: How a Scientist Changed the Way We Think」に寄稿された「社会的遺伝子(The social gene)」
- 学術誌「生物学と哲学」に寄稿された「戦略的遺伝子(The strategic gene)」という論文
philpapers.org
そして4つ目がこれらの論文の主張がすべて組み合わされて叙述されている書籍「From Darwin to Derrida」になる.
クレブスとデイヴィスの行動生態学の教科書には「Behavioural Ecology」と「An Introduction to Behavioural Ecology」の2つのシリーズがある.「社会的遺伝子(The social gene)」が掲載されているのは前者の第4版であり,邦訳されているのは前者の第3版「進化からみた行動生態学(蒼樹書房)」,後者の第2版「行動生態学(蒼樹書房)」と第4版「行動生態学 原書第4版(共立出版)」だけなので,残念ながらこのヘイグの寄稿は訳されていないことになる.
後者の第4版の邦訳
- 第1章で私はフィッシャーが「環境」概念を根本的に拡張したことについて議論した.ここではもう1つの重要用語「遺伝子」から,そして遺伝子についてのヘイグによる議論から始めよう.
- ヘイグは「遺伝子」についてのミーム的歴史を語るが,それをメンデルからではなく,ヨハンセンから始めている.1910年ヨハンセンはニューヨーク州イサカで開かれたアメリカ自然史協会の会合に招かれた.直接出席はできなかったが,彼は論文を提出し,翌年出版された.彼の論文執筆の動機は,遺伝についての研究が古い用語法によって阻害されているという認識だった.特に,カール・ピアソンのような生物測定学者は親と子の観測可能な相関にフォーカスしすぎていて,相関を生じさせるメカニズムに無関心過ぎると考えていた.彼はこの遺伝についての「伝達概念」と「遺伝子型概念」を対比し,前者から後者へのシフトが,遺伝の研究を「真の科学」にするのに決定的に重要だと主張した.
- (その当時)再発見されたメンデルの仕事を基礎とし,ヨハンソンは観察できる特徴(彼はそれを「表現型(phenotype)」と呼んだ)と遺伝的要因(「遺伝子型(genotype)」と呼んだ)を区別した.そして「遺伝子」は,「ほかと組み合わせて使いやすい便利な用語で,メンデル的研究で示された接合子に現れる『単位要因』『要素』『アレロモルフ』の表現として使いやすいもの」として提案された.(1911)
ヨハンセンから始まる「gene」の歴史についてのヘイグ本についての私のノートはこのあたり
shorebird.hatenablog.com




