読書中 「Genes in Conflict」 第2章 その5

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



第2章 Autosomal Killers その5



引き続き常染色体のお話.接合子殺戮のまとめとか,接合子殺戮とMaternal Effectの違いとか,また青髭遺伝子の話とか,なかなかここは面白かった.青髭遺伝子が哺乳類にはすでにあるのだろう,そしてこのような自分の身内をひいきする遺伝子はいったん固定してしまうと親子間で単に協力しているようにしか見えず検知は難しいだろうというという話は特に興味深かった.


Neurospora 属菌類の胞子殺戮者

Neurospora Intermediaという菌類にはSk-2k,Sk-3kと呼ばれる二つの殺戮領域がある.精子ではなく減数分裂後の胞子を殺戮する.やはり染色体の動原体近くにある.殺戮者Kと野生型Sの交配においてSを持つ胞子は殺される.ホモのSSやKKでは殺戮は起こらないが,KKでこの二つの殺戮のタイプが異なる(Sk-2k,Sk-3kなら)とほぼすべての胞子が殺される.外形的な表現型はない.
どのように殺戮するのかは知られていない.
Neurospora IntermediaではSk-2k,Sk-3kが見つかるのはまれで,抵抗型(これもそれぞれに2種類)はよく見られる.この2つの殺戮者がどうして多型を保っているのかは難しい.これらの菌類はパン屋さんや大豆についたりするヒトとの関わりの深い菌類なので,最近になって隔離されていた集団が交配するようになったのではないかと思われる.だとすると利己的遺伝子の拡散のよいモデルとなるかもしれない.
Neurospora fujikuroiでは抵抗型が見つかっていない.とするとこの利己的領域は速やかに増えて100%に定着するかもしれない.そうすると今度は殺戮に利益がなくなり遺伝子は劣化を始めるだろう.


接合子殺戮の状況・・・まとめ

いったいどの程度接合子殺戮者があるのかよくわかっていない.特に動物では遺伝的によく知られた2種で時間をかけて調べられたものしか知られていないので外挿も難しい.
ヒトではこれまで遺伝病を引き起こす遺伝要素で性により遺伝比率が異なるものが知られている.しかしよく調べると病気の家系調査の時のバイアスが原因であるとわかることも多い.ヒトにも歪比遺伝子があるのかもしれないがいずれにせよtやSDのような極端な効果を持つものはないらしい.
植物では栽培植物の育種研究においてメンデル遺伝からの逸脱によっていろいろなものが知られている.特に菌類では胞子が死ぬ場合に観察しやすいのでよく発見されている.しかしわかっていないことは多い.

推測ではある単独種に対しこのような接合子殺戮者は比較的よく生じ,しばらくの間栄え,そして絶滅するか,定着するかし,定着したものも劣化してそして絶滅していくのだろう.このような攻撃は進化的時間の中で数多くくりかえされており,現在の減数分裂のメカニズムにはその影響が色濃く残っているだろう.



ボックス2.2
いくつかの減数分裂の仕組みは接合子殺戮を困難にしている.しかしこれがそのために進化してきたのかどうかはわかっていない
1.減数分裂の2段階
2倍体の細胞は単純に半数体になるのではなく,まず染色体を倍にしてから2回分裂する.交叉と組み合わせるとこの行程は遺伝子から見てどの遺伝子がどこへ行くかについての不確実性を増加させている.Haig(1993)はこれは仮説的な姉妹細胞殺し(紡錘体極(spindle pole)から毒を送り込む)に対する対抗進化だとしている.
このような殺戮遺伝要素は発見されていない.またもしそうなら動原体の両側で交叉を起こして交叉を倍にすることも可能だがそうなっていないことにも注意が必要である.
2.シンシチウムによる接合子形成
接合子殺戮には半数体での遺伝子発現が必要.そしてそのような発現は減数分裂以後も精子の細胞質がつながっていると難しくなる.このような精子形成は精子殺戮への対抗進化である可能性がある.(倍数体になることにより劣性遺伝子の発現を抑えているという対抗仮説にも注意)
3.Pseudohomothallism
胞子が2核を持ち,菌糸体も2核状態の子嚢菌が存在する.このうちどちらかを使って半数体の接合子が作られる.そして受精して倍数体の配偶体を作り,短い倍数体の時期がつづく.また減数分裂をおこなう.Turner and Perkins (1991)は胞子殺戮への対抗進化だとしている.




Maternal Effect
ヘテロの母親に対し,自分のコピーが遺伝していない子供を不利にするよう仕向ける遺伝子」は最終的にメンデルの遺伝比をゆがめる効果を与えることができる.
このような場合にはこの子供に対する保護は父親や父親由来の遺伝子からくることが期待される.そうするとこのような歪比遺伝子は簡単に定着できるわけではない.


Medea (Maternal Effect Dominant Embryonic Arrest)

穀類につく甲虫コクヌストモドキTribolium castaneumMedea(M)が発見されている.M/+のヘテロの母親は+/+の子供を殲滅する.通常孵化以前,遅くとも2齢幼虫までにに死亡する.殺戮以外の表現型効果は発見されていない.殺戮メカニズムはわかっていない.
この甲虫の仲間の世界的なコレクションから少なくとも別の遺伝子座にある4種のMedeaが知られている.分布は世界的に広くパッチ状.大体定着しているか全くないかという状態.インドではHというファクターが知られていて,これがあるとMを自殺効果を持つようにできる.このためインドではMが無いものと思われる.しかしMが無い状態でなぜHが広く見られるのかはわかっていない.


マウスのHSR,scat+,OmDDK

HSR: マウスにおいてHSR/+の母親と+/+のオスとの交配子孫の70%はHSRを保持する.+/+の胎児はより高頻度で胎内で吸収される.この効果は父親がHSR/HSRの時には起こらない.つまり父親のHSRからは抵抗効果を与えられる.
カニズムはよくわかっていないが,このHSRには100kbぐらいの領域のリピートが900-2000回も繰り返されていて最大ゲノムの7%程度まで占めている(野生型では60回ほど)
ユーラシアのマウスには広く分布していて,集団における頻度は4%から76%まで様々.100%固定している例は見つからない.おそらく何らかのコストがかかっているものと思われる.

scat+: 第8動原体近くにあり,変異体はscat-.+/-の母からの-/-マウスは早死にする.-/-の母からの-/-の子供は正常.しかしscat-は実験室でのみ見つかる変異体であり,野生では発見できない.野生においてはscat+はすでに100%定着したように見える.
カニズムは知られていない.子供は重度の貧血で時々出血する.+/-の母親に-/-の母親からの胎児をインプラントしてもこの効果は現れる.母親のsoma(生殖ライン以外)の細胞による効果と思われる.

OmDDK: Om遺伝子座は第11染色体上にある.母親のOmDDKと父親のその他の遺伝子型との交配はほとんど不妊となる.DDK/DDKのメスとDDK/+のオスとの交配ではすべての子孫がDDKになる.父親からの+精子を持つ胎児を見分けて攻撃してるように見える.
DDK/+のメスが+/+のオスと交配すると繁殖効率は1/10から1/40に減少する.
DDK/+同士の交配ではF1の(DDK/DDK:DDK/+:+/+)の比率が1:2:1ではなく261:200:16になる.


Maternal Effectの進化

接合子殺戮者と同じでMaternal Effectはその競争削減効果がその頻度を上げられるときのみ広まる.もしその子供の殺戮による競争現象が集団の子供すべてでシェアされるなら,Maternal Effectの効果は薄く進化しにくいだろう.もし殺戮遺伝子を持つ子供にのみ受益されるなら淘汰圧は強い.おそらくこの効果は甲虫よりマウスの方が顕著であると思われる.しかし穀類につく甲虫は十分この効果があるだろう.
いったんMaternal Effectの頻度が高まればその淘汰係数は,父親からの抵抗が増える(K/+の子供が救われる) ことにより下がるだろう.そこが接合子殺戮者との違いになる.
カニズムはわかっていないが,たとえば,何らかの母親からの必須タンパク質の受容感度を変える遺伝子と必須タンパク質の量を変える遺伝子が連鎖すれば簡単にこの効果を生み出せると思われる.
哺乳類のように母親からの密接な世話を受ける動物ではこのようなMaternal Effectは結構あるのではないかと思われる.過去このようなバトルがあったとすれば,特に流産の補償が簡単な哺乳類の種では生存に必須の量的な遺伝子発現の多くは母親で起こるのではなく胎児側で起こるようになっていると予測できる.昆虫や両生類に比べて,哺乳類では母親由来のこのような発現は確かに少なくなっている.


妊娠ドライブ(Gestational Drive)?

では逆に自分と同じ遺伝要素を持つ子供により投資するようなことは起こっていないのか?
これは母親と子供に親密な関係のある有胎盤類哺乳類の胎児期で起こっても良さそうに思える.Haigはこれを妊娠ドライブと呼んでいる.ただこのような遺伝要素はすぐ100%に定着し,そうすると検知できなくなるだろう.
遺伝子が自分のコピーを認識してひいきする可能性はHamiltonの1964年論文ですでに認識され,Dawkinsにより青髭遺伝子と命名されている.このような遺伝子はまず何らかの認識コードを発現し,それを読み取り,そしてひいきする.しかし連鎖していない遺伝子はこれに対抗するだろう.ただいったん100%定着すればそれを検知できない.そして単に母親と胎児の協力関係にしか見えないだろう.これが殺戮作用を持つ遺伝子との違いになる.
このような青髭遺伝子の効果の候補は自分と同じものを探し細胞癒着を引き起こす分子である.分子の細胞の外側に出た部分は自分と同じものを探して癒着する.そして内側に入った部分は何らかの作用を持つ.このような分子(例;トロフィニン,タスチン)は多く知られている.
癒着するのは自分と同じでなくとも,強く連鎖しているものでよい.ヒトでもリガンドとそのレセプター,あるいは酵素とその基質のようなこの種類の連鎖領域がいくつか知られている.要するに認識と認識シグナルは連鎖領域でよいということだ.

ヒトの例をもうひとつ;レニンはアンジオテンシノゲンを分解してアンジオテンシスを作り血圧を上げる.すると母親にアンジオテンシノゲン,胎児にレニンがあると母の血圧を上げて胎児により栄養を送り込むことになる.

粘菌アメーバの例;粘菌は栄養が無くなると集合体を作る.csAは自分と同じ成分を見つけて癒着する性質を持つ.そして柄ではないfruiting bodyになる.


Gametophyto Factor

植物では花柱において自分のない花粉を殺戮する遺伝子がよく記載されている.これをGametophyto Factorとよぶ.
トウモロコシでは第4染色体にga1遺伝子座がある.花柱のある植物体にホモでもヘテロでもGa1対立遺伝子があり,ヘテロのGa1/ga1による受粉が生じるとga1花粉は0-4%しか受精できない.(母親がga1/ga1であれば花粉は同じように受精できる,つまりこれはga1花粉に何か有害効果があるわけではない)
このほかにも同じような効果を持つ植物が報告されている.
ブリーディングシステムはこのような遺伝要素が最初に生じてまだまれな場合には,このGametophyto Factor効果と大いに関係がある.G/g, G/Gにおいてgの受精を完全に阻止できたとして,もしランダムメイティングで花粉数が十分にあるとすると,Gの淘汰有利性はまれなときに0.7,普遍的な場合1.0になる.
しかし実際にGがまれな場合にはやってくるG花粉はほとんど自家受精のものになるだろう.近交弱性があるような植物ではこのような領域は進化しにくいと思われる.また極端なケースとして花粉が不足している場合を考えるとGは常に不利になり進化できないだろう.