読書中 「Genes in Conflict」 第3章 その1

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



第3章 Selfish Sex Chromosomes 利己的性染色体 その1


今日から性染色体.これが利己的に歪比をおこすと性比がゆがむ.これはHamiltonの1967年の局所的配偶者競争の性比の論文の前振りにあったグラフが印象的だった.さて現在どこまでわかっているのだろう.


XYの性染色体は互いに組み替えせず,利己的な歪比が性比のゆがみとして現れ,特別の関心を持たれている.
これは常染色体上の遺伝要素と異なり,ドライブが検知しやすいことを意味する.またドライブの結果性比がゆがむことから,XYの相手のみでなく,その他の染色体に,性比が1:1から離れるほどこれを抑える強い淘汰圧がかかる.
XY間で組み替えがないことによりドライブ領域は発生しやすい.
第2章で見たように常染色体上で殺戮が発生するためには,まず殺戮領域が自分の乗っていない自分と相同な染色体上にターゲットを持ち,また自分と強く連鎖した防衛領域を持つ必要がある.
しかし性染色体では,Y上の殺戮遺伝子は単にXのどこかを攻撃できればよいことになる.(X上の殺戮遺伝子も同じ)
SDの殺戮ターゲットがノンコーディングのリピート領域だったことから,XYの殺戮ターゲットがリピート領域だとすると,XにあってYにないリピート領域や,YにあってXにないリピート領域があることが期待される.

本章では双翅目を例にとってこれから見ていく.双翅目ではドライブは普遍的で期待されたとおりの現象が見られる.ただし他の動物ではドライブはこれほど見られない.その理由もこれから考えていく.

性染色体はまたドライブのあとの性転換という面白い可能性も導く.たとえばいくつかの哺乳類では,特別の性染色体 X* があり,X* Yのオスはメスに転換し,そのX* Yのメスの中でX* はドライブを行う.これも本章で見ていく.
((私見)おもしろそう,X染色体はYを攻撃することでしかドライブをかけられないとするとこうなるのかもしれない)
そして性染色体と性決定システムの進化的安定性にとってのドライブの効果を一般的に扱う.
最後にX,Yがそれら自身の複製を,その性がより繁殖できるような条件とリンクさせている新しい方法を見ることにする.


1. 双翅目(ハエ目)における性染色体ドライブ

鳥と燐翅目昆虫(チョウ目)はメスがヘテロ型性決定システム(ZWシステム)でよく調べられているグループ.しかし調べられた限りでは確固とした性染色体のドライブは知られていない.オスがヘテロ型の中ではっきりした性染色体のドライブがあることが知られているのは双翅目昆虫で,ショウジョウバエDrosophilaなどである.X,Yともに殺戮遺伝子が見つかっている.これからの記述はjaenike(2001)による.


(1)殺戮X染色体

殺戮X染色体は13種のショウジョウバエ,4種stalk eyed fly,1種のツェツェバエで知られている.分布は広いがほぼ同じような特徴がある.この殺戮染色体を XK,これを持つオスをSRとする.

殺戮メカニズムはわかっていない.第1減数分裂までは全く正常でXとYは対になって別の極にわかれる.第2減数分裂時に姉妹Y染色体が分離に失敗し,そして精子形成に失敗する.D. PseudoobscuraSRオスは通常の半分しか精子を生産できない.別種では半分以下になるものもある.その場合には XK を持つ精子も影響を受けていると思われる.
XKは1-5カ所の逆位を持つ.この連鎖関係から見ておそらく殺戮には複数の遺伝子が絡んでいるものと思われる.

X染色体上に殺戮遺伝子があれば,Y染色体上の遺伝子はその防衛に強い淘汰圧がかかる.また殺戮X染色体派生比を負が眼,精子の受精能力も下げるので常染色体上の遺伝子も防衛に強い淘汰圧を受ける.このような防衛はよく観察されていて,極端な例では XK にドラッグを引き起こさせる(正常な XSは正常に分離する)ものまである.こうした共進化過程は種内にXK,Yの多型を作り出す.
この相互作用は特にD. simulansでよく研究されている.Xには大きく分けて正常型とSR型があるがそれぞれに連続的な変異がある.防衛がない場合にはXKは80-100%の歪比効果を持つが,防衛が強いと54-58%となる.XKが多い分布域では防衛も多く,XKの歪比効果は少ない.XKが少ない分布域では多くは防衛も少ないが,一部防衛のみ多い分布域もある.防衛はY染色体所にも常染色体上にもある.Y染色体上の防衛効果は変異により連続的.種によってパターンは様々.百万年以上前に起源した殺戮X染色体に対し,防衛の無いように見える種もある.このような多型がなぜ種によって様々なのかは知られていない.


<集団生物学と防衛無しの絶滅> このような殺戮X染色体の集団遺伝学ダイナミックスは防衛があるかどうかによって大きく影響を受ける.


(a)まず防衛のない場合 殺戮X染色体にコストがなく100%Yを殺せるなら,この殺戮X染色体は集団に固定し,結果オスが無くなり集団は絶滅する.(Gershensn 1928, Hamilton 1967)
殺戮X染色体のために絶滅する種の頻度は全くわかっていない.防衛の見られないD. pseudoobscuraD. neotestaceaの例から考えると防衛サプレッサーがないからと行って必ず絶滅するわけでもないようだ.D. pseudoobscuraではカナダの北部集団ではXKは見られないし,グアテマラの南部集団では防衛サプレッサーが無くともXKの頻度は33%程度である.またこの頻度は安定しているようだ.少なくともアリゾナでは50年前とあまり変わっていない.オスにおける不十分な補償や,メスにおけるホモでの有害効果が関係していると思われる.


オスにおける不十分な補償から考えよう.XKの手口はYのある精子の形成を妨げることだ.つまりXK精子を増やすわけではないし,場合によってはこれをも減らしてしまう.この精子を半減させることがオスの繁殖成功にどのような影響を与えるかが問題になる.あまり交尾をしないのなら精巣はこの減少分を補償できるだろう.頻繁に交尾するならこの精子減少分は繁殖成功に効いてくる.個体密度が上がると交尾が増えるとするなら,個体密度が上がるとXKの有利性は下がるだろう.さらにXKが広がると集団の性比がメスに傾くので交尾の頻度は上がるだろう.つまりXKの成功度は頻度依存する.するとXKの頻度は一定の上限があることになる.またメスは(同数の精子を得ようとすると)より多く交尾が必要になりSRオスは精子競争では不利だろう.

証拠はいろいろある.D. pseudoobscuraは実験室では密度が高いケージの方がXKの頻度は下がる.またメスに再交尾を許した条件の方がXKの頻度は下がる.処女オスと処女メスの交配ではSRオスは通常のオスと同じ程度の子孫を残せる.しかし再交尾を許すとそうではなくなる.

またD. neotestaceaではこのようなことは自然でも起こっているようだ.野生から捕獲したばかりでSRオスに交尾させると通常オスに比べて有意に少ない子孫しか残せない.そしてこの減少効果は野生集団の密度が高い方が顕著に表れる.D. melongasterでは野生において精子競争がきわめて激しいことが知られている.D. pseudoobscuraでは集団密度の低いアリゾナでXKの頻度が高い.D. neotestaceaでは集団密度は春から初夏にかけて集団密度が上がり,その時期にXKの頻度は下がる.つまりXKには頻度依存だけでなく密度依存効果もかかることになる.


次にメスにおける有害効果を考えよう.メスにおいて,特にホモの時に有害効果があるとすると,これはXKの広がりに制限がかかることになる.
またXKに逆位があると組み替えが妨げられ,自然淘汰上,有益遺伝子の組み込みが期待できず,不利である.またXKはオスを経由して遺伝することが多いので,メスを有利にする突然変異はあまり淘汰上有利にならない.


では殺戮X染色体は防衛サプレッサーがない場合にも種を絶滅させないのか? 

これはよくわかっていない.確かに殺戮X染色体には頻度依存効果を持つ.これまで知られた最も高い殺戮X染色体の頻度は30-35%,これだと性比は65-70%で止まる.このぐらい緩やかにメスに傾いた性比だと,むしろ集団にとってはよりよい増殖率を持つことになる.しかし今絶滅しつつある種がないというだけでは結論は出せないだろう.