読書中 「Genes in Conflict」 第10章 その7

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



ゲノミックエクスクルージョンのさらに新たなる形態.やはり訳語がわからないが Hybridogenesis あるいは Hemiclonal reproductionについて (あえて訳語を作ればそれぞれ「雑種生殖」,「半クローン繁殖」ということになろうか)
これはなかなか面白い現象だ.雑種を作っておいて片方の染色体を排除してしまうというのだから,近縁の2種間での寄生関係のようにも見える.雑種が基本になるのでHybridogenesisと呼ばれるらしい.
通常この雑種はメスで,母娘で片方の種の染色体が組み替えなしでクローン的に伝わっていく.単純な単為生殖と違って渋いところは常に別種のオスから組み替えられた半数体のゲノムをもらうので,体組織の表現型としてはクローンではなく多様性を保てることだ.このクローン性に注目した呼ばれ方がHemiclonal reproductionということらしい.ハミルトンの有性生殖についての寄生説を信じるなら,これはなかなかうまい身の処し方だ.


最初にもっとも調べられているカダヤシについて詳しい解説がある.Poeciliopsis monachaが母娘でクローンを伝えていく種で,Poeciliopsis lucidaがオスの半数体ゲノムを利用されるホスト種ということだ.これは雑種にPoeciliopsis lucidaのオスをいくら戻し交配を続けても形態的に最初の雑種のままということから見つかったらしい.
雑種の中では常にPoeciliopsis monachaのゲノムがドライブするということになる.


頻度ダイナミックスはどうなるかに興味が持たれる.当然ものすごいドライブがかかるので,雑種とホスト種が生態的にアドバンテージが特になく,自由交配していると,ホスト種はあっという間に駆逐されるように思えるが,性比がメスに傾いていくためにどこかで平衡になることになる.実際にはもともとの種は当然それぞれの環境ニッチがあるために分布域が一致しておらず,分布の重なっているところに雑種が形成され,またホスト種のオスは雑種メスを忌避するように淘汰圧がかかっているので実際に忌避行動を見せるという.混在しているところでも当然ニッチが少し異なっているだろう.このため理論的な平衡頻度(雑種が85%)より低くなっているということだ.納得.


しかし解説はさらに詳しく続いていて,雑種メスは元の寄生種のオスと戻り交配して,そのクローンゲノムは元の寄生種の遺伝子プールに戻っているのかどうかを問題にしている.それはもしこのような大きな遺伝子プールが形成されているのなら,この中での淘汰はときに雑種メスになることを前提として生じるために,ドライブ効果により雑種メスに時々はいることが有利になる.うまく適応できれば雑種メスが非常に有利になり,寄生種のオスが絶滅してしまう可能性があるからということらしい.これまた非常に面白い理論的な指摘だ.最終的に雑種メスとホスト種のみ残るということになるわけだ.
実際には雑種の繁殖力は通常の寄生種より小さいらしいのでこのようなことは起こっていないのだろう.


また進化的に長いタイムスケールでは雑種メスのみになってしまうとその半数体ゲノムは組み替えを経なくなるので有害突然変異が蓄積しやすいという問題があると指定している.
ここはとても面白いところだ.有性生殖の利点についての寄生説と修正説にも絡んでいるだろう.クローン生殖に対して別種のオスのゲノムを使うことにより寄生説の指摘する弱点を克服できたとしても,修正説の弱点が残っていることになるというわけだ.実際に雑種の繁殖力が通常並であればいろいろなことが観察できそうだと思えるのでちょっと残念だ.



第10章 ゲノミックエクスクルージョン その7


3. Hybridogenesis あるいは Hemiclonal reproduction


Hybridogenesisでは2種間で繁殖力のある雑種が生じ,片方の親の染色体のみを子孫に伝える.これはドナー種からレシピアント種への半数体ゲノムの受け渡しとみることもできる.通常雑種はメスのみで,半数体ゲノムが母娘で受け渡される.
Hybridogenesisはカダヤシ科のPoeciliopsis属の魚,ヨーロッパトノサマガエル,ナナフシなどで知られている.


(1) カダヤシ Poeciliopsis


Poeciliopsisはちいさな淡水性の魚である.Poeciliopsis monachaPoeciliopsis lucidaの雑種において繁殖力のある個体が生じる.仕組みはわかっていないがこれらはすべてメスになり,F2は生じない.このメスはmonachaのゲノムのみを次世代に渡している.

この雑種メスをP. occidentalisP. lucidaの集団に導入すると,(すべて娘を産みつつ)母娘間でこの半数体を受け渡していく.これはドライブを行うY染色体の振る舞いによく似ている.



ボックス 10.1 カダヤシ


Poeciliopsisには20種ほどが属し,合衆国南部からコロンビアまでの太平洋側の河川流域と,メキシコ南部からホンジュラスまでの大西洋側の河川流域に分布する.成体は2-5cmで雑食性である.他のPoeciliidae カダヤシ科の魚(グッピー,タップミノー,ソードテイル,モーリーなど)と同じく体内で受精する卵胎生で,オスには精子挿入器官もある.メスはおそらくそれぞれ別のオスが父親の複数の同腹仔集団を体内に持つ.(superfetation)
P. monachaでは受精後の母から子への栄養移転は行われない.その他の種では母から子への体内での栄養移転が生じる.(matrotrophy)
性決定の仕組みはよくわかっていない.性染色体のようなものは見つかっていない.カダヤシ科の中にはオスがXY型のものもメスがXY型のものもいる.また3倍体のすべてメスの無性生殖集団(繁殖のためにはオスと交尾が必要)もある.