読書中 「Genes in Conflict」 第10章 その8

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



Hybridogenesisの観察される別の生物としてはヨーロッパトノサマガエルRana esculentaとナナフシがある.ヨーロッパトノサマガエルはヨーロッパではよくいる普通種のカエルで特にフランスでは最も美味とされる食用蛙らしい.最初にこの現象が知られたときには結構な驚きだったのではないだろうか.(もっとも日本にいるアミメアリもかなり変だがほとんどの人には知られていないのでそんなものかもしれない.)
カダヤシと違ってヨーロッパトノサマガエルにはオスもメスも両方存在する.ドナー種のワライガエルRana ridibundaとレシピアント種のヨーロッパコガタガエルRana lessonaeの雑種ということになり,いずれもワライガエルのゲノムのみを子孫に伝える.ここでトノサマガエルとワライガエルが別種と扱われているところもカダヤシとちょっと違うところだ.
雑種のオスも存在するため交配によるパターンは複雑で,ヨーロッパトノサマガエル同士,ヨーロッパトノサマガエルとドナー種のワライガエル,ヨーロッパトノサマガエルとレシピアント種のヨーロッパコガタガエルの交配というパターンがあることになる.本書で示されているのは,まずヨーロッパトノサマガエル同士の交配ではメスのみ生じること.オスは同じヨーロッパトノサマガエルのメスから選好されないこと(よりコガタガエルを好む)精子が少ないことからあまり成功しないことのみである.ここはちょっとものたりない.もっともどちらがオスかメスかによって違いが出ないとすればトノサマガエル同士ではトノサマガエルのメスが生じ,ワライガエルとの交配ではワライガエルが生じ,コガタガエルとの交配ではトノサマガエルが生じるということになるだろう.


本書での記述は有害劣性遺伝子効果と雑種強勢に向かう.まず同一クローン系統のヨーロッパトノザマガエル同士の交配による子孫は発生の早い時期に死滅し,別のクローン系統とのの交配では正常に発生することから系統により異なる有害劣勢効果が出ているとある.
また本種が広く見られる原因は雑種強勢だとしている.ヨーロッパトノサマガエルはどちらの親種よりも生存率,成長率がよいようだ.また微妙にニッチも分かれているようだ.

ワライガエルとヨーロッパトノサマガエルが分布している地域ではワライガエルのゲノムにドライブ効果があるので雑種強勢がよほど強くないと最終的にコガタガエルのゲノムは絶滅する可能性がある.実際にコガタガエルとトノサマガエルの生息地にワライガエルが導入されて双方を駆逐している地域が中央ヨーロッパにあるそうである.

本書ではこのカエルのケースはワライガエルのゲノムが雑種強勢を手がかりに近縁種に寄生してそのコストを払わずに無性の利益を得ている例だと表している.しばらく前の生物学の決まり文句「有性のコスト」を逆転した表現がなかなか面白い.


シシリー島のナナフシでもHybridogenesisが発見されていることを伝えている.このナナフシではHybridogenesis種からさらに単為発生種が派生したようだ.詳しい解説はないが,これも有性のコストとの関係で非常に興味深い現象に思える.単為発生種が有性のコストとの関係で成り立つなら,そもそもこのナナフシはどうしてすべて単為発生種になっていないのだろう.

最後にHybridogenesisの起源についてはよくわかっていない,ただそのほかの利己的遺伝要素も雑種でのみ現れることはよく見られ,それは親種において抑制が進化して固定したからだと思われる,その意味からHybridogenesisの起源ももともと何らかの現象が親種で抑制されたことがきっかけで生じたのかもしれないと述べてこの現象についての記述は終わる.起源と呼ぶにはあまりにも茫漠とした話だ.要するによくわかっていないということだろう.
ここまでの説明で究極因については何となく世界が見えている(要するに近縁種のオスに寄生して,有性生殖と無性生殖のいいとこ取りをする)ので逆に何故このような現象があまり観察されないかの生態的な要因についての疑問の方が大きいのは私だけだろうか.




第10章 ゲノミックエクスクルージョン その8


3. Hybridogenesis あるいは Hemiclonal reproduction


(2) ヨーロッパトノサマガエル


ヨーロッパトノサマガエルRana esculentaはワライガエルRana ridibundaとヨーロッパコガタガエルRana lessonaeの雑種である.雑種はどちらの親種とも交配できるが,ほとんどのヨーロッパの地域では片方の親種R. lessonaeと共存している.R. lessonaeのゲノムは配偶子形成の際に排除される.

ヨーロッパトノサマガエルの成功には3つの要因がある.雑種強勢,より広いニッチ,専門的ニッチである.このうち最も大きいのは雑種強勢だ.世代を重ねたヨーロッパトノサマガエルは親種との違いがより行動的な部分にみられる.厳しい環境に強いのだ.またより低い水温を好む.酸素濃度の好みやは分散傾向については両親種の中間を示す.

ヨーロッパトノサマガエルのケースは近縁種に寄生して,雑種強勢でゲノムが利益を得ている一例だ.近縁種のゲノムに寄生することで無性でありながらそのコストを払わずに利益を享受しているのだ.


(3) ナナフシ


Hybridogenesisを行う昆虫がシシリー島で発見されている.Bacillus rossiusB. Grandiiの雑種メスはB. rossiusのゲノムのみを次世代に伝える.


(4) Hybridogenesisの進化


Hybridogenesisの進化的な起源(F1がゲノム排除することの起源)は知られていない.