「Natural Security」 第3章 セキュリティ,予測不可能性,進化 その2

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


地球の生命史の中から脅威に対する適応を捜し,そのパターンから,人の社会のセキュリティへのヒントを捜そうというフェルメイの論稿.過去の脅威に対する適応には収斂する戦略があることが説かれてきた.


フェルメイはここまでの分析から,脅威に対する適応について,短期的な利益と長期的な戦略に関する3つの原則があるという.もっともここはわかりにくいところだ.重要なのは最初の部分だけではないかという気がする.

  1. 長期的戦略が,短期的適応の目的外の偶然の結果である場合がある.ある問題に対する適応が,新しい脅威に対して間接的な適応になっているというもの.
  2. すべての生物は,これまで見たこともない脅威から生き残った生物の子孫であるということ
  3. いくつかの長期的利益は短期的利益と相反する.


大量絶命の研究からわかることは,生き残った多くの生物は休眠状態になる能力があったということだ.しかしこれは大量絶滅に対する適応ではなく,捕食など何か別の問題に対する適応であったものが有利に働いた結果だと思われる.これは受動的な耐性というものが,普遍的な有効性を持つ結果でもある.
休眠性のほかに予測できない問題に対応できるような性質を偶然持つような毎日の問題に対する適応としては,個体間の協力行動,それまでのいくつかの適応の組み合わせを可能にすること(組み合わせにより対応可能な問題の数が大きくなる),身体の大型化(捕食などへの適応だが,長命になり,情報収集と分析に役立つ)


フェルメイは次にヒストリカルレコードを見てみようという.そして浮かび上がるパターンは生物がより集合して予測不可能性に対処しているものだという.ここからはフェルメイの専門の海洋性の貝類の話になる.

軟体動物は捕食者に対する防衛をいろいろと進化させてきている.まずは鎧だ.固い貝殻,それに条をつけたりとげをつけたりする.別の方法としては毒,逃走スピード,逆襲する攻撃性などだ.さらに敵のいないところでの生息(岩の下,砂地の奥深く,穴の中など)というものもある.これらの特殊化は特に熱帯域で多様化している.
化石から見ると,これらの捕食者と防衛のアームレース(フェルメイはこれをエスカレーションと呼ぶ)は540百万年前から観察できる.このような長期間に見られるアームレースでは,有効な戦略はそれぞれ相手の戦略に依存しているため,単一の戦略に収斂することはない.


フェルメイはこのようなアームレースは予測不可能性への適応と関連すると主張している.ちょっと趣旨がわかりにくいが,敵の戦略に多様性があるような場合には,新規の環境にも対処できるタイプの防衛が有効だということのようだ.


またフェルメイは絶滅のパターンからも考察を進めている.

絶滅の歴史を見てみると,単細胞生物の時代には絶滅はあまり生じていない.これらの生物は極端な環境にも耐えることができ,広く分布していたからだろう.そして生物が複雑になるにつれて絶滅は増える.多細胞生物の550百万年の歴史を見ると最初の80百万年間に絶滅は多く,最後の200百万年には少ない.これは生物にとって(自分たちがより多様な環境に対処することができるようになり)最近200百万年間は予測可能性が上がったためなのだろう.


ここも趣旨がわかりにくい.生物はより多様な環境変動に対処できるように進化していったということがいいたいのだろうか.このような長い期間の話であるので,通常の自然淘汰による適応とはまったくスケールの異なった現象を説明しているようだ.アームレースが長期間繰り返されたすえに多くの系統で生じる現象としてより多様な環境に対応できる系統が増えるということなのだろうか.


フェルメイはここから(唐突に)セキュリティ政策面へのインプリケーションを並べる.


まず生命の歴史から見た教訓を次の6つにまとめる.

  1. 予測不可能な脅威がなくなることはなく,完全で単一の適応は不可能だ.
  2. 脅威への対応はコストがかかることを覚悟すべきだ.
  3. 受動的な対応は(特にそれが休眠状態を可能にするなら)予測不可能性に対応しやすい.
  4. 極端に能動的な対処は,環境のリソースの崩壊を招くリスクがあり,対処不能になることがある.
  5. 冗長性,分散処理性は予測不可能性に対処するもうひとつのよい方策となる.これらは生命の歴史には相互作用があるシステムの創発的な特長として現れることがある.
  6. 生命の歴史が教えることは,長期間の進化適応が継続することにより予測不可能性への対応能力が増していくことがあるということだ.


ここから政策的な教訓として以下を挙げている.

  1. 単一システムへの一点集中型の投資は危険.
  2. 情報収集・分析,生産,物流は分散処理型にすべきだ.

フェルメイは最後に,「人の社会には常にトップダウンボトムアップのコンフリクトがある.政府は効率を考えてよりトップダウン型を指向しやすいが,それは正しい解決策であり続けない限り危険だ」と結論している.


全体として,海洋性生物の対捕食者戦略の歴史については,いかにも背後の知識が豊富なことをうかがわせるが,紙数的な制限で説明不足.本書の最終的な目標である政策面でのインプリケーションは生命の歴史についての知識とうまく結びついているようでもなく月並みな印象だ.どちらかというと化石レコードから見た捕食者戦略に絞ってより紙数を使って解説してくれた方が面白かったのではないかと思われる.(要するにフェルメイの本を読めばいいということかもしれないが)