Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その20


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Group selection is not kin selection>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"



「マルチレベル淘汰理論と包括適応度理論は等価な理論かそうでないか」を巡ってのNowakたちハーバード陣営とWestたち包括適応度陣営の間の因縁.2006年のTraulsenとNowakの論文における「包括適応度理論ではこんなことできまい」というあからさまな挑発に対し.Lehmann et al. 2007は敢然と受けて立つ.


Lehmann L, Keller L, West S, Roze D (2007). Group selection and kin selection: Two concepts but one process. Proc Natl Acad Sci 104, 6736-6739.


まずこのLehmannたちの論文では,冒頭にTraulsen et al. 2006の挑発をそのまま引用している.

It would be interesting to see how the mathematical methods of kin selection can be used to derive our central results given by Eqs. 1–3 and what assumptions are needed for such a derivation. The problem is that the typical methods of kin selection are based on traditional considerations of evolutionary stability, which are not decisive for games in finite populations


さらにNowakは別の論文で(Nowak M (2006) Five rules for the evolution of cooperation. Science 314:1560 –1563.)において「このTraulsen et al. 2006の論文の結果は血縁淘汰とは「別の」プロセスだ」とコメントしていることを挙げている.


そして「これらは,多くの学者が包括適応度理論とマルチレベル淘汰理論の等価性を認め,包括適応度理論は有限集団にかかる解析に拡張されていることを考えると驚くべき発言である」と応酬している.
確かにTraulsen et al. 2006のコメントは包括適応度理論は有限集団には適用できないと考えているからなされているのであって,そのような拡張が既にあるのなら全くのお勉強不足とそしられても仕方がないだろう.そしてLehmannたちはまさにその拡張を使って包括適応度理論による同じ結論を導き出している.


まず包括適応度理論は有限集団についてすでに拡張がなされている.これはRoussetの業績だそうだ.
そしてそれを用いて集団内に相互作用するグループがある場合の固定確率を計算することができる.ここで紹介するには難解すぎて私の能力を超えているが,基本的にはまず固定確率を,突然変異遺伝子の発現時をt=0とし無限時間後の遺伝子頻度の期待値として考える.そして遺伝子頻度を淘汰強度で微分したものを考え,さらに包括適応度的に経路ごとに偏微分する.それを固定確率式に入れて固定確率を淘汰強度で微分した形式にするというかたちになる.


この結果以下の式が得られる.


\frac{d\pi}{d\delta}|_{\delta =0}=\left(\frac{\partial w_{ij}}{\partial z_{ij}}+\frac{\partial w_{ij}}{\partial z_{i}}R\right)\frac{Z}{mn}


ただし
 R=\frac{\sum^{\infty}_{t=0}\left(Q^{R}_{0}(t)-Q^{R}_{1}(t)\right)}{\sum^{\infty}_{t=0}\left(1-Q^{R}_{1}(t)\right)}\hspace{5em}Z=\sum^{\infty}_{t=0}\left(1-Q^{R}_{1}(t)\right)


(ここでQ0R(t)は時間ステージtにおけるグループ内での遺伝子共有確率,Q1R(t)は集団全体での遺伝子共有確率(つまり普通の血縁度の定義でいう平均的な遺伝子共有確率)だ.Rとして時間積分した形で血縁度を定義していることがわかる.)


つまり中立的な遺伝子より固定確率が高くなる条件式は上段の式の真ん中の括弧内が正になることで,それは包括適応度効果が正になるということになる.つまり条件式は以下のようになる.


\frac{\partial w_{ij}}{\partial z_{ij}}+\frac{\partial w_{ij}}{\partial z_{i}}R>0


そしてこれをTraulsen et al. 2006のモデルに入れ込む.このモデルでは q<<1,λ<<1を前提としているのでグループ内の淘汰が速く進み一様になる.この結果グループ内の血縁度は1と考えられる.


すると得られる条件式は以下の通りとなってTraulsen et al. 2006の結果と一致する.


\frac{b}{c}>1+\frac{N+\frac{m\lambda}{q}}{m-2-\frac{\lambda}{nq}}



これはTraulsen et al. 2006と同じ前提条件で導出しており,彼等の挑発そして挑戦はLehmannたちによって完膚なまでに砕かれたというべきだろう.


さらに(これだけでは論文としてあまり生産的でないということからか)Lehmannたちはこのモデルを一回繁殖生活史モデルに応用してみせている.この一般化したモデルではm>>1, λ<<1のときにRは以下の形になる.


R=1-(n-1)(1/m-2\lambda)


そして条件式は以下のようになる.


\frac{b}{c}>1+\frac{n}{m}+2n\lambda


この一回繁殖モデルの場合の最後の2nλと多数回繁殖モデルであるTraulsen et al. 2006のλ/qを比べてみると,これは移入個体のグループあたりの実効個体数を表していることがわかるとLehmannたちは主張している.というわけで包括適応度理論を使えばより深い洞察が得られるのだというみごとなデモンストレーションにもなっている.


これを見る限りは(大槻 et al.論文の時と異なり挑発したあげくに返り討ちに遭っているのだから)TraulsenとNowakの完敗と評価せざるを得ないだろう.


Nowakたちは結局「包括適応度は有限個体集団に適用できないだろう」と甘く見て挑発したあげく痛い目にあったのだ.臥薪嘗胆というわけだかどうかわからないが,翌年「有限性」の代わりに「相加性」「弱い淘汰条件」を使って彼等は反撃する.これが今回のNature論文において「強い淘汰条件でも成り立つマルチレベル淘汰モデルがあるのだ」として引用されているTraulsen et al. 2008論文ということになる.