「ミツバチのたどったみち」

ミツバチのたどったみち―進化の比較社会学

ミツバチのたどったみち―進化の比較社会学


これはミツバチなどの社会性ハチ類の研究で有名な坂上昭一による1975年の本(もともとは1970年の本の増補版)の復刻版である.膜翅目のアリやハチの中で英語でbeeと呼ばれるハナバチ類の真社会性への移行段階に興味を持ち,行動や巣の形態の観察による種間比較という方法論で徹底的に調べた記録が収められている.


本書が執筆されたのはハミルトンによる半倍数性にかかる3/4仮説の提示の後だが,本書では,どのような淘汰により(ワーカー個体にとって一見不利に見える)真社会性への進化が生じたかという問題意識はなく,それについては一切議論されない.もっと正確にいうと,生物の進化については,個体は「自己の維持」と「種族の維持」という2つの目的があるというナイーブな進化観が示されていて,ダーウィン以来のその問題にはあまり関心がない.このあたりは時代でもあり,今西進化論*1の影響でもあるのだろう.逆にある種の社会がどの段階にあるのかという当てはめにこだわっていて(これはそれで系統進化の過程を見ようとしているのである程度当然かもしれないが)かなり古色蒼然としている.


しかし本書では膨大で綿密な観察の結果が次々と紹介されていて,それは本書の今日的な魅力を形成している.そして進化過程がどういうものであったのかについて豊富な具体例を通じて理解可能なものにしていると言えるだろう.(そしてそれは淘汰圧についての考察に大変有用な情報でもある)
具体的には,まず寄生バチからハナバチへの進化の過程,次には各種ハナバチの生活史や巣の形状が次々に紹介されている.クマバチ,コハナバチ,シタバチ,マルハナバチ,ミツバチ,ハリナシバチという順序で語られている.
最初の寄生バチは獲物に直接産卵するための産卵管を持っていたが,そのうちに巣を作りそこに獲物を運んで産卵する形になる.(ここでは毒針の進化も語られていて興味深い)その後は獲物が昆虫から花粉と花蜜に代わりハナバチとなり,巣が複雑になり生活史が複線化し社会性が進化するという道筋になる.所々なかなか興味深いナチュラルヒストリーが語られていて飽きさせない.マルハナバチの乗っ取り習性,地中の巣の複雑な形,不思議な南米のハナバチたち(蜜をなめる舌が長く伸びたシタバチ,針を失ったが大顎により巣の防衛を行うハリナシバチなどとても興味深いハチが多い)などが語られている.
また本書は雑誌での連載が元になっており,観察や研究の楽屋話も所々にあって楽しい.北大で行われたコハナバチの執念の観察,南米での学生気質や野外観察などが思い出たっぷりに楽しそうに語られていている.


本書は考察の柱になっている進化の考え方がやや古くなってしまっているが,観察された事象の記述は濃密で,読んでいてもとても面白い.生活史の多様性や行動の仕組みは真社会性を考える上でいまでも大変示唆に富んでいるだろう.このような本を読んでいるとファーブル全集に手を出してみたくなる衝動に駆られてしまう.いつかまとまった時間が手に入れば新訳をじっくり読んでみたいものだ.



関連書籍


坂上昭一の本.これは同じく2005年に復刻されたものだ.


ハチとフィールドと

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こちらの本も有名な本だ.


独居から不平等へ―ツヤハナバチとその仲間の生活 (動物―その適応戦略と社会)

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この新訳の全集には心引かれるものがある.全10巻上下合計20冊の予定で,現在15冊目の第8巻の上まで刊行されている.


完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上

完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上




なお所用あり,ブログの更新は1週間ほど停止する予定です


 

*1:今西の進化の考え方は「進化生物学の学説」というより,まさに「進化論」と呼ぶにふさわしい