Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その19


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Group selection is not kin selection>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"



「マルチレベル淘汰理論と包括適応度理論は等価な理論かそうでないか」を巡ってもNowakたちハーバード陣営とWestたち包括適応度陣営に因縁があるようだ.
それはまず2006年のTraulsenとNowakの論文から始まる.


Traulsen A, Nowak MA (2006). Evolution of cooperation by multilevel selection. Proc Natl Acad Sci USA 103, 10952-10955.


この論文では,単純なマルチレベル淘汰モデルを作り興味深い結果を得たことが報告されている.


ではそのモデルを見てみよう.
グループ数はmで固定.グループ内の個体数は1〜nまでとれる.(つまり総個体数はm以上nm以下になる)ゲームはグループ内でのみ行われる.ペイオフは以下の通り(大槻の一次元円環モデルのゲームと同じものだ)

  C D
C b-c -c
D b 0


この全集団の中から誰か1人がペイオフに比例して選ばれて繁殖する.産まれた個体は同じグループに入るが,もしそのグループの個体数がn+1になるなら,確率qでグループは2つに分裂する(その際には全グループ数をmに保つためにどれか1つのグループがランダムに選ばれ死滅する)確率1-qでグループ内の1個体がランダムに選ばれて死亡する.このようなモデルの中で,どちらの戦略がより固定しやすいかを計算する.(直接固定確率を計算しに行くもので,計算できる場合が限定されているのでNowakたちのいう「標準自然淘汰理論」とは異なる手法ということになると思われる.)



Traulsenたちはこのモデルについて,通常のマルチレベル淘汰モデルと異なり「グループ間競争の淘汰圧の設定」を不要にしているモデルだと説明している.
このモデルでは分散と移入が生じないのでグループには移入個体がいない.これによりグループ内淘汰は通常の淘汰モデルと同じになる.グループ間淘汰はより個体数が増えたグループの方がより分裂しやすいという形で競争条件が定まる形になる.
通常協力個体はグループ内で不利だが,偶然どこかのグループで固定できれば,そこからはグループ間同士の競争になり,どのグループが分岐するかを(個体のペイオフだけから)計算できるようになるというわけだ.



ここでこの2006年モデルでは,個体の繁殖機会はペイオフに比例して選ばれ,それは弱い淘汰条件を前提にしている.さらに実はこのままでは解析的な計算ができないので,まず速い速度でグループ内淘汰が進み,グループ内で固定が生じてからゆっくりグループ間競争が生じるようにパラメーターを定める.ここではq<<1という条件になる.そうすると戦略Cの全体の固定確率ρCは(グループ内の固定確率: φC)×(集団全体に特定グループが固定する確率: ΦC)という確率のかけ算で得られることになる.

具体的な計算方法は2008年の論文のところで説明するとして,弱い淘汰条件でかつqが小さいときに,戦略Cが進化する条件式は以下のように求まった.


 \frac{b}{c}>1+\frac{n}{m-2}


そしてこれはm>>1のときには以下のようになり,グループ淘汰における重要な原則だろうと主張している.


 \frac{b}{c}>1+\frac{n}{m}


さらにTraulsenたちはこれを移入個体がある場合に拡張している.具体的には確率λでランダムに選ばれた一個体が別のグループに移動するとする.移入がある場合,(やはり計算可能にするための,グループ内淘汰が速く進み,その上でグループ間淘汰が起こるための)λ<<1という条件下で,条件式は以下のようになる.


 \frac{b}{c}>1+\frac{\lambda}{q}+\frac{n}{m}


なかなかきれいな結果というべきだろう.


包括適応度と等価かどうかに関して私のコメントとしては以下の通りだ.

  • まずこの2006年の段階ではこのマルチレベル淘汰モデルは「弱い淘汰条件」を前提にしている.弱い淘汰条件のところでしか近似計算ができないということだ.
  • またこのモデルはさらに非常に特殊な条件がついている.それはq<<1, λ<<1というもので,そうしないと計算ができないのだ.(シミュレーションのみ可能ということになる)
  • モデルの前提自体も特殊だ.個体数が一定の閾値に達したかどうかだけで分裂できるかどうかが決まるという状況は一般的なものからは相当離れているだろう
  • 私の評価ではだからこれは「一般化」されたモデルとは到底言えないだろうということになる.


いずれにしてもここまではなかなかエレガントな論文だ.しかしTraulsenたちはここで「マルチレベル淘汰理論と包括適応度と等価かどうか」という論争にコメントを始める.
まずこういっている.
「グループ淘汰と血縁淘汰に関してはこれまで長い論争があった.しかしこの私たちの結果は純粋に文化的な進化モデルとしても見ることが可能だ.・・・そのような解釈には血縁淘汰は不適切だろう.」


ここは完全に包括適応度理論を誤解しているとしか思えない.包括適応度理論は遺伝的なものでなくとも(淘汰にかかる複製子があるなどの前提を満たせば)完全に適用可能だ.


この後はこういっている.「もちろん私達のモデルは遺伝的なものと見ることもできる.すると同じグループ間ではより血縁度が近いということになるから,包括適応度的なメカニズムも適用できるかもしれない.」


これ自体に問題はない.しかし最後にこのようなコメントをつけている.

It would be interesting to see how the mathematical methods of kin selection can be used to derive our central results given by Eqs. 1–3 and what assumptions are needed for such a derivation. The problem is that the typical methods of kin selection are based on traditional considerations of evolutionary stability, which are not decisive for games in finite populations


「一体包括適応度理論でどうやって私達と同じ結論を得られるのか,そしてそれにはどんな前提条件が必要とされるのかは見物だ.典型的な血縁淘汰理論の手法は進化の静的な考察によっていて,有限集団のゲームの問題を解決できないだろう」というわけだ.最初の一文が仮定法になっているのはできるはずがないという含みがあるということだろう.
このあからさまな挑発*1に対して包括適応度陣営は当然ながら敢然と挑戦を受けた.それがLehmannたちの論文ということになる.

*1:このようなあからさまな挑発があるということは,この因縁にはさらに前段があるのかもしれない.