HBESJ 2010 KOBE 参加日誌 その1

shorebird2010-12-09


今年のHBESJは神戸大学での開催である.ちょうどルミナリエとも重なってホテルの確保には手こずったが何とか三ノ宮で確保できた.会場の神戸大学は阪急六甲駅から10分ほど坂を登ったところにある.六甲駅前のケーニヒスクローネで名物のクローネ(購入後にクリームを詰めてくれる)を買い求めて食べながら坂道を登る.さすが関西で食べ物は何でもおいしい.神戸大学は神戸の街が見下ろせる素晴らしい立地で会場の文学部館も何となくおしゃれだ.


初日 12月4日


開会挨拶のあと口頭セッションが2つ,その後ポスターセッションという日程


口頭発表セッション 1


チンパンジーでの累積文化進化の可能性: 道具使用テクニックの創出・改変・社会学習  山本真也


これまでチンパンジーに文化のあることは知られていたが,累積的に文化進化が生じうることの報告.
まずフィールドで,ある特定個体のこれまで観察されたことのない樹上のアリ釣りが発見される.2年後この個体のアリ釣りは道具が改良されていた.つまり行動の変化が累積的に起こりうることを示している.
次に実験室でジュースをストローで吸うという行動が,他個体の行動を見て触発されるかどうかを調べると確かにそういうことが生じうることが示された.だからチンパンジーでも累積的な文化進化が可能な能力は持っているというもの.
ただ実際には必要性が乏しく,同じ道具で二通りの使い道があるものがないのでそういう事象は観察されないのだろうということだった.

Q&Aではなぜ今頃樹上アリ釣りが生じたのかという疑問に,そもそもこれはあまり効率が良くないし,同個体もその後観察されなくなっていると聞いているとの答え.さらにアリの種は違うのか,サスライアリとそうでないもので異なるという解答に,アフリカ経験のある某先生から「ああそれは味が違いますね,地上のアリの方がおいしいです」というご託宣があって面白かった.実際にご賞味されたのだろうか?



記号コミュニケーションのプロトコル形成実験を通じた言語進化の考察  橋本敬


先日のVCASI公開研究会(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101003)の後半と同じ協調ゲームを使った発表.
4マスの空間で上下左右しか動けないときに6種類のシグナルのうち2種類を非同期的に送って同じ場所に移動することを目指すというゲームで,実験室で被験者21ペアにやってもらったというもの.
成功のためには,信号の純粋な意味の前に前提となる暗黙の状況認識(役割分担,待ち合わせ方策)が共有されることが重要であること,原始的なシンタックスが生じうることなどが報告されていた.



グループメンバーを選別するためのルール(Peer selection rule)について ー頼母子講を例にー  中丸麻由子


昨年(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091227)に引き続いて頼母子講を題材にした発表.昨年はグループメンバーにそれぞれもらい逃げの履歴に関する評判スコアがあり,参加者は講を選べ,講も参加希望者を拒否できるとすると,もらい逃げの生じにくい講が成立するという発表だった.
今年は講側の参加拒否評判基準や参加者の参加希望評判基準を決める際に,評判について参加メンバーの最高スコア,最低スコア,平均値,代表値(最頻値のことか?)のどれを使うかによって講の維持にどう影響するかが報告された.
それぞれ厳しいほど成功率が高くなる(ただし講のメンバー集めは難しくなるというトレードオフはあるのだろう)様子が示されていたが,興味深かったのは,どちらの基準についても平均値と代表値で大きく結果が異なっていたことだ.なぜなのだろうか?
昨年も書いたが,実際には講の参加拒否以外も含む広範なグループ内のパニッシュメントによって維持されているのだろうが,講の参加拒否というパニッシュメントだけでも成立するという結果はなかなか面白いと思う.

なおQ&Aで参加者にとっての講の利益が議論されていたが,あまり明確な説明がされていなくて気になった.単に受け取る金額が問題なのではなく,基本は金融を受けられることの利益だから(時間割引率と利息の問題以外に)一時期に大きな金額が得られることにより,講なしには不可能な利益率の高い事業が興せるというところにあるはずだ.



Computer simulation experiments of “Crying to your hearts” games- Another important constant number on the human societies added to “Dumbar’s Number”? :心でっかちの進化的由来  櫻井芳生


これは山岸先生の「心でっかちの日本人」という書物に触発されての発表.山岸先生の議論は「すべての困難な問題は良心で解決可能だという日本人の認識は合理的ではない」というところにあるが,実際にこういう心理があるとするなら,その適応的な説明は可能かという問題意識を扱っている.
そこで,「協力・非協力」とは別の次元で「叫ぶ(協力を呼びかける)・叫ばない」という組み合わせ4戦略が可能なゲームを作って進化シミュレーションを行う.
協力の進化は空間構造によるもので,近隣の協力率に対応して自分の協力率を決める,近隣の叫び率に対応して自分の協力率を決めるという2つのパラメータを設定する.そして近隣叫び率に応じて自分の叫び確率を決める別のパラメータを設定する.ペイオフは近隣の協力率に比例して得られ,裏切りボーナスと叫びコストがそれぞれ少しかかる.
これをシミュレートしてみると設定によっては叫びコストがかかるにもかかわらず叫ぶ個体が頻度依存的に現れる状態が得られるというもの.

なかなか面白いが,解釈は難しい.直感的には,叫ばない集団(そして近隣叫びに無反応な集団)に叫ぶ変異は侵入できないだろう.近隣叫び頻度に対する協力率パラメータの初期値が高いと,空間構造を作る助けになるということだろうか.

心でっかちな日本人―集団主義文化という幻想

心でっかちな日本人―集団主義文化という幻想





口頭発表セッション 2



ショウジョウバエ繁殖行動における性フェロモン合成酵素の役割  野島鉄哉


ショウジョウバエの求愛にはオスが翅をふるわせるという行動があり,これは同種のメスに対してだけディスプレーする.(これは鳴鳥のさえずりと同じで性淘汰形質として面白い)
オスはどうやって同種メスを見分けているのかを調べて,表面炭水化物にかかる遺伝子を特定できたというもの.ヒトの進化とはあまり関係なかったようだが,座長のフォローもあり会場は和やかだった.


第三者の近親相姦行動に対する道徳的評価について  露木玲


ヒトにおける近親相姦回避についてウェスタ―マーク効果を前振りにしたあと,幼児期の異性兄弟との接触が,単なる自分の性的対象規定だけでなく,他人の近親相姦に関する道徳的嫌悪感にも関係するのかを調べたもの.
6つの大学でのアンケート調査により異性兄弟との同居,親しさ,一般的道徳観と近親相姦にかかる道徳観などを調査.
結果は一貫せず,あまり関係ないのではというものだった.

着眼点は面白い.ややデータの整理が甘いのとサンプル数が少なくうまい結果が出ていないのかもしれないという気がする.


島は私を呼ぶ声を聞くか  宮腰誠


脳機能の発表.
名前というのはヒト特異的で認知的になかなか面白い特徴がある.たとえば自分の名前を呼ばれたときと書かれた自分の名前を見たときの反応も異なっているそうだ.
ここで話し相手から呼ばれた場合とまったく別のところの会話から自分の名前が聞こえてきた場合を区別してfMRI脳画像を調べると,その反応差分は後部島皮質に現れることがわかった.

そしてこの島皮質は哺乳類において分化が激しく,ヒトの個人差も大きいことがわかっている.これらのことから以下の仮説を立てているというもの
1.島は事務局で様々な部位(視覚野,聴覚野など)からの仕事が回ってくる.
2.自己認識は進化的には新奇な機能で,社会認知上の重要性は高いが,モダリティを必要とするような専門性は低い.むしろ部門間の高度な協調が必要になる.
3.島は私を呼ぶ声を聞き分け,自分の名前だと認識し,それからの処理を前頭前野に回す.つまり多くの情報の中での選択を行っている.


私的にはあまりなじみのない分野の話で面白かった.


初日の発表はここまでで,夕方からはポスターセッションになる.いくつか面白かったものを紹介しよう


ポスターセッション


1966年丙午の出生率減少と方言間距離の相関 田村公平


丙午に出産を控えるという(迷信に影響される)行動と方言の距離に相関が見られたというもの.迷信を信じていたかどうかというより,(そんな年に子供を産むのはみっともないという)周囲との軋轢を気にした,あるいは子どもが将来結婚市場で不利になるのを避けたかった(つまり周囲に丙午生まれの女性と結婚することを問題視するという状況があることを気にした)のかもしれず,そうであるなら文化と相関していたという結果はある意味当然だが,方言の距離との相関という手法がなかなか面白かった.


二次的ジレンマ問題に対する罰の過大視の効果 松本良恵


囚人ジレンマゲームに罰を導入して,「どの程度の割合の人が罰を行使するか」の予測に応じて協力に転じるかどうかを調べたもの.結果は予測通りで実際より多くの割合で罰が行使されると考えたプレーヤーほど協力に転じていた.ある意味当然だが,明確に示せているところが面白い.
罰行使の割合だけでなく,その分散の予測とリスクアバージョンの傾向まで調べられるとかなり興味深くなるだろう.


モテない男性は利他的か? 小島由起子


自己申告でモテるかどうかを答えさせただけでなく,筋力やIQを使って客観的にモテそうかどうかも調べているところが面白い.(むしろ複数の女性による評価のアンケート調査の方が正確だという気もするが)
結果は利他的ではないというものだが,解釈は難しいように思う.(基本的には自分の状態に合わせた条件付き戦略ということになろうが,利他的なディスプレーの成功確率は単にモテるかどうかだけで決まるようには思われず複雑そうだ)


平等主義者に評判維持戦略としての自己罰 渡辺えすか


意図せず非協力的に振る舞ってしまったプレーヤーに自己罰の機会を与えて,実際に自己罰を課するかという傾向と平等主義的傾向に正の相関があったというもの.興味深い相関だ.


パニッシュメントの利己者は移籍効果がみち顔記憶に与える影響 森本裕子


パニッシャーは利己者が寄りつかないために,相手を見極める必要が薄いだろうという予測の下に,他者の顔を覚える傾向とパニッシュメント傾向を調べたところ相関があったというもの.
予測通りの美しい結果が出ていてエレガントだ.



というところで初日は終了だ.夕刻のキャンパスからは神戸の夜景が美しい.



神戸まで来た以上これを見逃すわけにもいくまい,ということで新長田まで足を伸ばした.
「神戸鉄人プロジェクト」この全高18メートルの勇姿を見よ.



ついでにそばめしとだし汁につける神戸風タコ焼き(明石焼きとはまた別物)も