Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その22


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Groupselection is not kin selection>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"


Traulsen A, N Shoresh, MA Nowak (2008). Analytical results for individual and group selection of any intensity. B Math Biol 70, 1410-1424


Nowakたちはマルチレベル淘汰理論と包括適応度理論は等価だという主張は誤りだと主張して,マルチレベル淘汰理論は強い淘汰条件に拡張できるのだといい,Traulsenたちの論文を引用している.そこでまず特定のアプデートを仮定し,ノンゼロサムゲームを行う集団において適応度がゲームのペイオフの指数関数になっていれば強い淘汰条件でもリスクドミナントな戦略の条件を導けることを示した.彼等は次にこれをマルチレベル淘汰に応用する.


このモデルは基本的に2006年論文と同じ形だ.再掲すると以下のような形になる.

グループ数はmで固定.グループ内の個体数は1〜nまでとれる.(つまり総個体数はm以上nm以下になる)ゲームはグループ内でのみ行われる.
この全集団の中から誰か1人が選ばれて(この選ばれ方が適応度の定義にかかわる)繁殖する.産まれた個体は同じグループに入るが,もしそのグループの個体数がn+1になるなら,確率qでグループは2つに分裂する(その際には全グループ数をmに保つためにどれか1つのグループがランダムに選ばれ死滅する)確率1-qでグループ内の1個体がランダムに選ばれて死亡する.グループ内淘汰は前回示したモデルで与えられる.グループ間淘汰はより個体数が増えたグループの方がより分裂しやすいという形で競争条件が定まる形になる.そしてq<<1の条件下で,全体の固定確率はグループ内固定確率とグループ間固定確率の積で求められる.


グループ内固定確率はq<<1の時には前回見たランダム集団の場合と同じになる.グループ間淘汰についてはまずA戦略をとっているグループ数がlから1増える確率P+(l), と減る確率P-(l)を考える.


P^{+}(l)=\frac{f_{A}(n)}{lf_{A}(n)+(m-l)f_{B}(0)}\hspace{3em}\frac{m-l}{m}
P^{-}(l)=\frac{(m-l)f_{B}(0)}{lf_{A}(n)+(m-l)f_{B}(0)}\hspace{3em}\frac{l}{m}


この比率は非常に単純な形になってlに依存しない.つまり頻度依存しない形になる.


\frac{P^{-}(l)}{P^{+}(l)}=\frac{f_{B}(0)}{f_{A}(n)}


すると戦略Aが1グループから全体に固定する確率は以下の通りになる.


\Phi_{A}=\left(1-\sum^{m-1}_{k=1}\prod^{k}_{l=1}\frac{f_{B}(0)}{f_{A}(n)}\right)^{-1}


1個体からの固定確率ρAは(グループ内の固定確率: φA)×(集団全体に特定グループが固定する確率: ΦA)となるので以下のようになる.


\rho_{A}=\left(1+\sum^{n-1}_{k=1}\prod^{k}_{j=1}\frac{f_{B}(j)}{f_{A}(j)}\right)^{-1}\times\left(1-\sum^{m-1}_{k=1}\prod^{k}_{l=1}\frac{f_{B}(0)}{f_{A}(n)}\right)^{-1}


<適応度に相加性のある場合>


ここでfが相加的になるように弱い淘汰δ<<1の条件を考える.
するとρAは以下のような近似解となる.


\rho_{A}\approx\frac{1}{nm}+\frac{\delta}{6nm}\left(-2a-b-c+4d+n(-2a-b-c-2d)+3(m-1)(a-d)\right)


そしてρA>ρBの式をその条件に当てはめると以下の式になる.これは2006年の論文の結論と同じものでより一般的なゲームのペイオフの形になっている.


2(m-2)(a-d)+n(a+b-c-d)>0


<適応度をペイオフの指数関数にした場合>


上記一般式にf_{A}(j)=e^{\delta\pi_{A}(j)}を入れ込む形になる.(なお原論文ではこの場合の淘汰強度をβで表している)するとP+(l), P-(l)は以下の形になる.


P^{+}(l)=\frac{le^{\delta\pi_{A}(n)}}{le^{\delta\pi_{A}(n)}+(m-l)e^{\delta\pi_{B}(0)}}\hspace{2em}\frac{m-l}{m}
P^{-}(l)=\frac{(m-l)le^{\delta\pi_{B}(0)}}{le^{\delta\pi_{A}(n)}+(m-l)e^{\delta\pi_{B}(0)}}\hspace{2em}\frac{l}{m}


この比はやはり頻度依存せず,以下のように単純な形になる.


\frac{P^{-}(l)}{P^{+}(l)}=\frac{f_{B}(0)}{f_{A}(n)}=e^{\delta(\pi_{B}(0)-\pi_{A}(n))}


この上記の固定確率が指数関数の形になっているので,グループ間淘汰の固定確率Φは総加記号や総乗記号を使わず以下のように単純な形になる.


\Phi_{A}=\frac{1-e^{-\delta(a-d)}}{1-e^{-\delta(a-d)m}}


またグループ内の固定確率は前回示したように

\phi_{A}=\left(\sum^{n-r}_{k=0}exp\left(\frac{\delta}{2}k(k+1)\frac{-a+b+c-d}{n-1}+\delta k\frac{a-bn+dn-d}{n-1}\right)\right)^{-1}

となるので全体の固定確率ρAはその積となる.


ここで弱い淘汰条件δ<<1の場合にはρAは先ほどの近似解と一致する.
\rho_{A}\approx\frac{1}{nm}+\frac{\delta}{6nm}\left(-2a-b-c+4d+n(-2a-b-c-2d)+3(m-1)(a-d)\right)
これは前項が中立的な固定確率になっていて,淘汰の強さはそれとの比較の形になっている.だから先ほどはρA>ρBの形で条件式を考えた.


ここでTraulsenたちは,強い淘汰条件の場合にはグループ内で偶然固定することが非常に小さい確率になるのでこのような比較の形で議論するのは意味がないといい,差の形でなく比の形で条件式を考える.このあたりは難解だが,まず比は以下の通りになる.


\frac{\rho_{B}}{\rho_{A}}=exp(-\delta\left(\frac{n}{2}(a+b-c-d)+(m-2)(a-d)\right))


そしてρA>ρBについて最終的に弱い淘汰条件と同じ条件式が導き出せる.


2(m-2)(a-d)+n(a+b-c-d)>0


このようにしてTraulsenたちは強い淘汰条件でも成り立つマルチレベル淘汰理論が得られたと主張している.


結局この定式化を見ると,非常に不自然な「ゲームのペイオフの指数関数の形で適応度が決まる」という前提のもとではマルチレベル淘汰理論は強い淘汰条件でも定式化できることを示しているに過ぎない.だから私の評価も前回通りだ.


ややくどいが再掲しておこう.

  • まずNature論文でNowakたちが指摘しているように,適応度をペイオフに関してある形式で定めようとしても最終的に相対的に決まることになるから厳密にはそこからずれてくるという問題がある.だからもしこのゲームがペイオフの指数関数に比例して誰が繁殖するかを決めるという形式であれば,この適応度は強い淘汰の下で指数関数からずれてくるはずだ.厳密にずれないように適応度を決めることはできるのだろうか?できるのかもしれないが,それは非常に複雑なモデルになるのではないだろうか.
  • 次にこのような形で実際に適応度が決まるということがあるだろうか.ペイオフがマイナスになる場合には確かにそういう形もあるかもしれない.しかしペイオフがプラスになるとどこまでも指数関数的に適応度が増えるという状況はまず考えられない.通常は何らかの別のボトルネックによって逓減的になるのではないだろうか.要するに相加性の前提より現実性に乏しいのではないだろうか.
  • より現実性の乏しい関数型を仮定することによって強い淘汰条件で厳密に解析できることと,より現実性のありそうな関数型の仮定で弱い淘汰条件で解析するのを比べて前者になにか理論的な優位性があるだろうか.Traulsenたちは方向が同じなら指数関数でもいいはずだといっているようだが,それなら弱い淘汰条件で考察すれば十分なように思われる.
  • 仮に意義があるとしても,この拡張は非相加性一般に対して行ったものではない,指数関数型についてのみの拡張(改変?)だ.また固定確率が計算できる形式に限られているという制限もあるだろう.要するに決して汎用的な結果ではないと思われる.

この後のディスカッションで,Traulsenたちはもともとゲーム理論的な状況ではディスクリートな2戦略の挙動を見ているのであって強い淘汰条件の下での挙動を考えるものだと主張し,包括適応度理論は弱い淘汰条件でのみ成立するから,それは混合戦略を前提にしているが,実際の状況では混合戦略は意味がない場合が多いのだと攻撃を続けている.


この攻撃もあまりポイントを突いているとは思えない.この論文での取り扱いが特殊な形式に限られているという問題を置いておくとしても,このような前提条件を攻撃するのなら,強い淘汰条件で成り立つ拡張により弱い淘汰条件では得られない洞察が得られるか(逆に言うと弱い淘汰条件で得られた結果がロバストであるか)どうかが問題にされなければならないだろう.Traulsenたちは強い淘汰条件のごく一部について拡張して,結局同じ結論を得ているに過ぎない.



今回のNature論文に戻っていえば,このような不自然な特殊なモデルで強い淘汰条件の下で成り立つ定式化ができたからといって「包括適応度理論とマルチレベル淘汰理論は等価であるというのは間違いである」といってみてもあまり意味があるとは思えない.


マルチレベル淘汰理論には統一的なフレームがないために,どんな奇妙なものでも「こういうマルチレベル淘汰理論もある」と主張することができるだろう,そしてそのような奇妙な変種が包括適応度理論と等価でないことはあり得るだろう.ここではまさにそういうことが主張されているに過ぎないように思われる.
正面からNowakたちの議論に反論するなら以下のようなことになろう.

  • 少なくとも弱い淘汰条件の下ではマルチレベル淘汰理論と包括適応度理論は等価になる.(そして多くの場合使われているマルチレベル淘汰理論は弱い淘汰条件で物事を考えているのではないか)
  • 包括適応度理論が同じようなことができないということは示せていない.(そんなことをやっても意味がないからやっていないだけではないか)
  • そしてそもそもこのような定式化に何の意味があるのか?不自然な特殊な前提でのみ当てはまるモデルがあっても生産的であるようには思えないし,その特殊な状況下でも単に弱い淘汰条件と同じ結論を示しているに過ぎない.


Nowakたちは,ここで「In the light of what we have shown here, we hope to settle this debate. 」と述べているが,その望みは叶えられるはずもないというのが私の素直な感想だ.