Jerry Coyneによるグループ淘汰理論へのコメント「The Demise of Group Selection」


ピンカーの投稿には多くのコメントが寄せられている.しかしその前に,ジェリー・コインも自分のブログにグループ淘汰理論支持者への批判を載せている.これは6月24日に投稿されたものでタイトルは「The Demise of Group Selection」(グループ淘汰の終焉)というものだ.
http://whyevolutionistrue.wordpress.com/2012/06/24/the-demise-of-group-selection/
ピンカーの投稿へのコメントの前に時間順に従ってこれも見ておこう.


コインは,まず最近ポピュラーカルチャーでこの「グループ淘汰」が再流行しているといっている.そしてこれは多くの進化生物学者が,「グループ淘汰」によって何か自然をうまく説明できるようになるとは考えていない(そして遺伝子視点の考え方こそ非常に実り多い視点だと考えている)ことと好対照だと.
そしてグループ淘汰理論の有益性の欠如については,自分も何度も指摘したし,明らかだとし,先日のピンカーのエッセイの他,ウェスト,グリフィン,ガードナーの論文「Social semantics: how useful has group selection been? 」を引いている.なおこの論文については私のブログでも詳細に取り上げている(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110102http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110129


その後進化生物学者の間でグループ淘汰があまり人気がない理由について簡単にまとめている

  • 「グループ淘汰」が曖昧な概念であること
  • 「グループ淘汰」が理論的に可能ならば,それは包括適応度理論を用いて記述できる.そしてグループ淘汰理論を用いる方がはるかに扱いにくく,複雑になる.(ここでも先ほどのウェストたちの論文が引かれている)
  • 「グループ淘汰」にかかる多くの概念には理論的な問題が多い.特に単純にグループであるだけではグループのための形質は進化できない.そしてそれが可能になる条件は包括適応度理論や互恵的利他行為の理論を用いてよりエレガントにモデル化できる.
  • そして「グループ淘汰」を用いた方がよりうまく説明できる現象は,コインが知る限り1つもない.


このあたりはウェストたちの論文のやや冗長な要約というところだろう.


コインのこの投稿の真の主題は,何故このような無益な「グループ淘汰理論」が今ポピュラーカルチャーで取り上げられ,そして一部の支持者ががんばっているかの(社会的な)考察ということのようだ.


コインは最近グループ淘汰の人気が再燃している理由を2つあげている.

1. まず主唱者たちが騒いでいること
この主唱者たちには高名なE. O. Wilson,Martin Nowak,D. S. Wilson,Jonathan Haidtが含まれている.NowakたちはNatureに昆虫の真社会性についてグループ淘汰理論の方がよい説明だと主張する論文を掲載するのに成功した.さらにE. O. Wilsonは一般読者向けの新著の「The Social Conquest of Earth」において,その怪しい主張を繰り広げている.Jonathan Haidtはやはり一般読者向けの新著「The Righteous Mind」において同様なスロッピーなグループ淘汰の主張を行い,それをTED talkでもしゃべっている.
そして問題なのは,これらの主唱者たちの主張は一般向けの本に載り,進化生物学者の批判は専門的なペーパーの中に埋もれ,さらに(一般の人が敬遠する)数理的な議論になっていることだ.


2. 人々はグループ淘汰による説明を好む
ライフワークとしてグループ淘汰を主張しているD. S. Wilsonのような学者だけではなく,一般の人々がそういう好みを持っているのだ.人々は「宗教,協力,利他行為などはグループ淘汰の産物だ」という主張を好むのだ.それはそういう主張には「調和的で協力的なグループ」という概念が含まれるからだ.このような概念は特に「利己的な遺伝子」という概念を(利己的な個人のことを言っていると勘違いして)嫌う人々の心のフィットする.そしてこれらの傾向は宗教的でスピリチュアルな人々において顕著だ.


コインはここでKrista Tippett がD. S. Wilsonにインタビューしたことを引いている.Krista Tippett はアメリカで人気の宗教的なラジオ番組のキャスターだそうだ.要するにD. S. Wilsonは宗教のプロバガンダに利用されていると言いたいわけだろう.


そしてコインはこれらの背後には狡猾邪悪なテンプルトン財団(the insidious Templeton Foundation)の影があると糾弾している.彼等は何故かグループ淘汰理論を後押しすることに決め(おそらく何らかのスピリチュアルな関係を見たのだろうと皮肉っている),D. S. WilsonやMartin Nowakに巨額のファンドを拠出し,Jonathan Haidtのポジティブ心理学にテンプルトンプライズを与えているのだと.

そしてこのような巨大な金とメガホンによって,本来死につつあるはずの「グループ淘汰」が大衆の心に吹き込まれているのだというわけだ.


前回ピンカーの指摘では,包括適応度理論を等価であるにもかかわらず,あえて「新しいグループ淘汰理論」を使ってヒトの性質を説明しようしている試みは,実際にうまくヒトの性質を説明できていないとされているが,コインはこの裏には「隠れた(邪悪な)動機」があるからだと指摘しているのだ.
これは,宗教的な進化理論への攻撃に対して身体を張ってがんばっているコインならでは投稿だろう.かくも無益で怪しい理論が,邪悪なテンプルトン財団によって裏で糸が引かれ,理解の怪しいE. O. Wisonの名声や,グループ淘汰がライフワークになって引くに引けなくなったD. S. Wilsonが利用されていると憤慨しているのだ.


聞く限りではテンプルトン財団は,一旦出すと決めたら黙って金を出して研究内容には口を出さないという態度だそうだが,何に金を出すかは当然ながら彼等の恣意にまかされている.コインの目には「科学の世界に不当な影響を与える邪悪な宗教的勢力」に見えるのだろう.