
Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)
- 作者: Dylan Evans
- 出版社/メーカー: Free Press
- 発売日: 2012/04/17
- メディア: Kindle版
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単純にパズルのような確率計算ができたり,高度な数理モデルがあるからといって毎日のリスクマネジメントには役立たない.では何がキーになるのだろうか.エヴァンズは,意識的な知識に加えて,フィーリングが重要だと主張する.
<認識的感情>
エヴァンズは,デカルトこそ「知識の基礎は『それが正しい』と感じる心にあると」主張した最初の人だとコメントしている.エヴァンズは「Cogit ergo sum」の議論自体,それが隠れた前提にあるとまでいっている.このあたりはやや疑問もあるが,次にそれを主張して「epistemic feeling:認識的感情」という用語を作ったのはデ・ソーサだそうだ.認識に感情が必要であることを示すよい例としてカプグラス症候群が取り上げられている.この症候群の人々は,顔を知性的レベルにおいて認知してもそれが(例えば)自分の父親だとは感じられないのだ.
そしてエヴァンズはRQも全く同じだと主張する.高いRQを持つには,意識的な確率の知識に加えて,それがどれぐらい生じやすそうかを感じることが必要なのだ.それは意識的な計算(確率計算)と無意識の計算(直感的に様々な証拠や状況の重みづけをする,ある種の重回帰を行う)のやりとりを可能にし,また最終的な結果が表現される場所ともなる.
そして高いRQは次の2つの要因に依存する.
- よく調整されたフィーリング(実際にある知識ベースとどれぐらい確実だと感じるかが合致している)
- そのフィーリングを数字で表す能力
エヴァンズは,前者については次章で議論すると予告し,後者についてここで扱う.
エヴァンズは後者はいわゆる「数字リテラシー」に属するものだとコメントしている.これは数学的能力や数学の成績とは少し角度が異なり,「物事を数字で表した方が理解しやすい」と感じるかどうかの問題だ.エヴァンズはこれは連続スペクトラムで,一方の端にはエルドシュのような数学者がいて,一方の端にはいわゆる数字音痴の人々がいるのだといっている.そしてこれらの両極端な人の間のコミュニケーションは誤解に満ちあふれることがあることを指摘する.数字リテラシーの高い人は低い人のことを,頭脳が明晰でなく,つかみ所が無いと感じ,低い人は高い人のことを,冷酷で非共感的だと感じるためだ.典型的な会話は以下のようなものになる.
このスペクトラム上の分布は一様ではない.数字を嫌う人の方が多いのだ.たとえば産業廃棄物などの危険性を説明する際に,それが有害である証拠は無いことを示すのに数字を使うが,ほとんどの人にとって数字は意味をなさず,実際に数字はパニックを引き起こす可能性を高めるだけのように思われるとエヴァンズは語り,数字があるだけで恐怖に駆られる母親の様子を描いている.
数字リテラシーは簡単に測定できる「主観的な数字リテラシーテスト」で予測できる.これは以下のようなアンケート項目(1から6までのスケールで答えてもらう)からなる.
- あなたは分数を扱うことがどのぐらい得意ですか
- あなたはパーセンテージを扱うことがどのぐらい得意ですか
- あなたは15%のチップを計算することがどのぐらい得意ですか
- あなたは25%オフのバーゲン価格の計算がどのぐらい得意ですか
- 新聞を読むときに数字の入った表やグラフがあるとどのぐらい理解の助けになると感じますか
- 何かが生じる可能性を説明してもらうときに,あなたは確率の数字の方がいいですか,それとも「それはまれにしか起こらない」などの言葉による説明の方がいいですか
- 天気予報を聞くときには,降雨確率の方がいいですか,それとも「雨が降る可能性は小さい」などの言葉による説明の方がいいですか
- 数字による説明が有用だとどのぐらい頻繁に感じますか
エヴァンズは,多くの人読み書きできない(リテラシーが無い)と非難されたくないが,数字リテラシーが無いという非難ならまあいいかと考えているようだ(あるいはむしろ数字リテラシーが無いことに誇りを持つ場合もある)と皮肉っぽくコメントし,しかし実生活においては同じようなハンディキャップになると指摘している.数字リテラシーの低い人は失業リスクが2倍もあり,(投薬指示に従うことに困難を感じるため)健康状態も悪い.
だからパズルのような確率計算はできなくてもどうということはないが,「自分の数字に対する弱さに対してどう振る舞うか」は重大な結果につながるのだ.そしてそれによりRQを改善できる.具体的にどうするかについては次章以降に扱われる.
エヴァンズは最後にちょっと前のバス問題についての解答を提示している.
フレッドは仕事に行くために毎日バスに乗る.8時のバスは10%の確率で8時より前に発車してしまう,また10%の確率で8時10分より遅れる.ある日フレッドは8時に停留所について8時10分まで待った.8時のバスがこの後来る確率はいくらか.
最初にオスロ大学の心理学の学生にこの問題を解かせたときには,彼等は混乱して90%と答えたり,10%と答えたりしたのだそうだ.バスが定刻前に来た可能性が10%,10分以上遅れる可能性が10%,この2つは排他的であり,かつ残りの80%の可能性はフレッドが10分間停留所にいたことで排除されたから,正解は10%/(10%+10%)で「50%」ということになる.エヴァンズの解説はこの程度だが,確率論の教科書的にいうとこれは条件付き確率,ベイズ風にいうと事後確率の計算問題ということになるだろう.
エヴァンズは「不正解でも気にしなくてもいい,次章で説明する態度の方がはるかに重要だから」と書いて本章を終えている.読者のうち多くの人が不正解であることを予想しているようだ.
関連書籍
数字リテラシーを扱った本として引用されているのはこの本

The Tyranny of Numbers: Why Counting Can't Make Us Happy
- 作者: David Boyle
- 出版社/メーカー: HarperCollins Publishers Ltd
- 発売日: 2001/01/15
- メディア: ハードカバー
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数字リテラシーとは少し異なるが,数字への感覚「数覚」に関して進化的な議論を行っている本としては これ
私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100913

- 作者: スタニスラスドゥアンヌ,Stanislas Dehaene,長谷川眞理子,小林哲生
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/07/01
- メディア: 単行本
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同原書

The Number Sense: How the Mind Creates Mathematics
- 作者: Stanislas Dehaene
- 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr
- 発売日: 1997/11/06
- メディア: ハードカバー
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