「Risk Intelligence」 第6章 数字で考える その1 

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)


RQの基本は確率の理解だ.エヴァンズは本章で確率論の歴史を簡単に振り返る.確率論の歴史はヤコブ・ベルヌーイ*1がそれを1862年に考えつき,死後「The Art of Conjecturing」として出版されたときから始まる.エヴァンズは,それまで蓋然性に数字を当てるという発想はなかった*2のでこれは革命的だったとコメントしている.一旦数字で確率が表現できることがわかると後は数学的な手法がどんどん使えるようになる.さらに最近ではコンピュータの計算能力の進展で実用価値は増している.エヴァンズはこれを確率革命と呼び,世界に地動説や進化理論に匹敵するインパクトを与えたのだと評価している.


<ハイテクのハンディキャップ>


エヴァンズは確率計算の進展の例についてイアン・エアーズの「Super Crunchers(邦題:その数学が戦略を決める)」にある例をいくつかあげた後,競馬のハンディキャップに使われる例を紹介している.
まず1980年代にハンディキャップにかかる論文が出始め,ボルトンとチャップマンはハンディキャッパーにインタビューしてその直感的な計算を自動計算に置きかえる方法を具体的に示した.カードカウンティングでカジノから締め出しを食っていた名うてのギャンプラー,フランク・シンガー(仮名)はこの論文を読んで香港でビジネスとして実行した.100以上の項目のある競馬のデータベースを整備し,オッズの評価を行えるようにした.当初はそれほどの成績ではなかったが,データがさらに整備されるにつれて利益率は向上し,年間数百万ドルを得られるようになっている.さらに2000年に始まったBetfairはオンラインの賭仲介システムだが,わずか10年で歴史あるブックメーカーを危機に陥れているそうだ.

エヴァンズは同様の革命が見込める分野として,SNSが与える社会関係のデータとネットワーク理論を応用した金融周りの技術などを上げている.


GIGO


とはいえ,このような高度なモデルを使えば何でも解決するわけではない.入力情報がゴミなら出力される結果もゴミに過ぎない.また利用する人がバイアスに影響されていれば,やはりうまく使えない.モデルを利用するにもRQは重要なのだ.
エヴァンズは,リーマンショックの原因となった金融業界のモデルとそれを盲信した投資家,さらに英国における2001年の口蹄疫騒ぎを例としてをあげている.
2001年サセックスでブタの口蹄疫が発見され,欧州の大陸諸国は英国からの家畜の輸入をすべて禁止した.その際に使われた口蹄疫の感染予測モデルは,当該口蹄疫のウィルスの特徴を理解していない疫学者と数理生物学者によって作られたもので,この結果不必要に大規模な10百万頭にも及ぶ屠畜処分が行われてしまったというものだ.
口蹄疫と言えば日本では2010年の宮崎の騒ぎが記憶に新しい.マスメディアの報道はどちらかと言えば初期対応の不手際で被害が拡大したのではないかという趣旨のものが多かったが,あのときはどのような感染モデルが使われたのだろうか.


<確率論のわな>


ではRQをあげるために確率論を勉強すればいいのだろうか.エヴァンズは必ずしもそうではないという.確かに確率の理解はRQの基礎だ.しかし巷にあふれている確率パズルのたぐいは大変楽しい頭の体操だが,実際のリスクマネジメントにはあまり関連がない.
なおパズル問題の例として次のような問題が挙げられている

フレッドは仕事に行くために毎日バスに乗る.8時のバスは10%の確率で8時より前に発車してしまう,また10%の確率で8時10分より遅れる.ある日フレッドは8時に停留所について8時10分まで待った.8時のバスがこの後来る確率はいくらか.*3

確かにカジノのばくちは確率論で判断できる.ゲームのルールがわかれば後は計算すれば最善手を見つけることができる.しかし例えば競馬はそうは行かない.問題はトリッキーな確率計算ではなく,様々なデータを頭に入れて判断しなければならないという部分なのだ.ハンディキャッパーはそれを(確率論を駆使するのではなく)直感的にうまくやっている.そして人生において実際に必要なリスクマネジメントはほとんど後者のケースだ.「ブラックスワン」の著者タレブはカジノは物理学実験室のようなもので,実際に世界はそのような純粋な確率論が適用できる世界ではないとコメントしている.さらにエヴァンズは実際のカジノですらそうではないという.1873年モンテカルロのカジノにあるルーレットの癖を見抜いたギャンブラーは一晩で(当時の金額で)7万ドル稼いだという記録があるそうだ.


確率論の進展とコンピュータは様々な革命を起こしているし,それは役に立つ道具になり得るが,それに頼るだけではリスクマネジメントはできない.1人1人のRQが重要だということだ.エヴァンズは続いてRQを高めるためのキーに進む.


関連書籍


確率論の利用というよりは回帰分析,ネットを利用した無作為抽出実験,AIやニューラルネットワークによるアルゴリズム利用などが主題の本だが,これらの結果の意味を理解するには確率の理解つまりRQが必要になるということなのだろう.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20071219

その数学が戦略を決める

その数学が戦略を決める



原書

Super Crunchers: Why Thinking-by-Numbers Is the New Way to Be Smart

Super Crunchers: Why Thinking-by-Numbers Is the New Way to Be Smart



オンラインブックメーカー


Betfairのページはこちら.確かにメジャーな欧米のスポーツは何でも賭けられるようだ.日本のプロ野球は無いようだが,サッカーはJリーグの他になんとJ2まで扱っている.ちなみに現在開催中のツール・ド・フランスの総合優勝については,7月14日の15ステージ,モン・ヴァントゥで脅威の山岳パフォーマンスを披露し,2位に4分以上の差をつけている大本命フルームのオッズが1.1程度になっている.
http://www.betfair.com/GBR/en/



 

*1:弟にヨハン・ベルヌーイ,その息子(つまり甥)にダニエル・ベルヌーイがいて,いずれも傑出した数学者.私も本稿を書くときに調べてみるまで3人もいるとは知らなかった.ヨハンはロピタルの定理の導出に関わり,ダニエルは微分方程式の解法や流体力学の法則などに関わっているということだ.

*2:ロンドンの保険のロイズは1688年創設だが,当時はリスクについて確率計算ではなく,直感で引き受け料を出していたそうだ.

*3:正解は章末にあるので次回ご紹介しよう