日本進化学会2013 TSUKUBA 参加日誌  その3 


大会第2日 8月29日


2日目の午前中はプレナリーミーティング.全編英語によるもの.内容は倉石会長の肝いりでエヴォデヴォの話だ.テーマは「Bottleneck in evolution and development」
これは様々な脊椎生物の発生において,発生の当初は多様性が大きいが,途中で一様に収束し,さらに発生が進むと多様になるという現象についての議論になる.ミーティングにおいては「bottleneck」という用語は使われずに「hourglass」(砂時計)が使われていた.

 



Comparative gene expression analysis reveals vertebrate phylotypic period during vertebrate embryogenesis Naoki Irie


脊椎動物のボディプランはかなり厳しい拘束があって,例えば4つ足にくわえて手が4本あって頭が3つというような脊椎動物は発生できない.発生的な説明としては当初じょうごモデルも提唱されていたが,1990年代から砂時計モデルが有力になり,現在では発生途中に強い制約があるという理解になっている.実際に異なる脊椎動物グループについて発生過程での遺伝子発生を比較すると途中のステージで拘束があることがわかる.
ここではカメに焦点を当てて様々な遺伝子の発現を調べてみた.カメの発生も砂時計に従うのか?鳥の遺伝子発生と比較すると同じステージで同じような発現があり砂時計に従っていることがわかる.

残る課題

  • 何故このようなくびれた形になっているのか?:このステージでHoxが絡むベーシックなボディプランが作られるためではないかという仮説と,モジュラリティが絡んでいるという仮説の二つがある.
  • なぜそれ以前では拘束が緩いのか?進化が進むにつれて多様化したのか?しかしくびれ時点ではそれがキャンセルされるのか?


一旦ボディプランが完成すると,それ自体を変える適応よりそれを生かしたまま変更を加える適応の方がコストが小さそうなので,発生のある時点で強い拘束ステージがあることは理解しやすいが,それ以前が割と自由というのは不思議だ.Q&Aでは遺伝子発現だけでは収斂と区別できないのではないかとか,無脊椎動物ではどうなっているのか当たりが議論されていた.


Evolution of craniofacial developmental patterns in early vertebrates Shigeru Kuratani


倉谷会長自らの講演.なぜかスライドがスクリーンに対して小さく見にくく読みにくい.ぼそぼそしゃべる英語も難解で大物感たっぷりだ.
ヌタウナギ hagfish の胚を入手して(これはなかなか大変らしい)発生を遺伝子発現を含めて詳細に調べた.その結果ヤツメウナギ lamprey に比べてよりプロトタイプ的であったというもの.


Regulation of bottlenecks in alteration of generations: switches to start diploid and haploid generations Mitsuyasu Hasebe


多くの2倍体生物は減数分裂の後すぐに受精し,接合子が単細胞で発生的なボトルネックになる.しかしコケなどの生物は単数体単細胞の胞子を形成し,ボトルネックが2つの段階にあることになる.この2つの段階に何らかの収斂が見られるかというのがテーマ.遺伝子発現を含め詳細に比較すると,似ているところと異なるところがあったというもの.


A green perspective on the developmental hourglass concept Marcel Quint


招待講演者登場.これまで発生高速の砂時計モデルはまず脊椎動物について,そしていくつかの動物門についても議論されていたが,植物ではどうなっているのかというもの.シロイヌナズナで発生時の遺伝子発現を詳細に調べると植物でも砂時計型の拘束があることが明らかになった.
このことから砂時計型発生拘束の原因はHoxにあるのではなく,発生のロジック(何らかのレギュレーションのチェックポイントなど)そのものにあるのではないかということが強く示唆される.


Gene expression divergence recapitulates the developmental hourglass Pavel Tomancak


2人目の招待講演者.まずは格調高く発生学の歴史から.フォン・ベアー,ダーウィン,ヘッケル,グールドなどが発生と進化についてどう考えてきたかを振り返り,その中で,反復説の現代的なリフォームとして砂時計拘束を位置づける.
ここから昆虫類についての砂時計モデルの妥当性について遺伝子発現などの多くの証拠からの詳細が解説される.拘束ステージについては遺伝子の発現に強い安定化淘汰がかかっているからと考えられ,これを調べるには遺伝子の調節ネットワークからの解析が重要だと強調.生活史のあるところに重要なポイントがあることが示せるというもの.最後はこの段階こそが古くからある「ニワトリか卵か」の問題に対する解答だとコメントし,くびれのあるビールグラスの絵とともに締めくくった.


なかなか面白い講演だった.グールドの初期のエッセイなどを読んでいると発生学は当初から「個体発生が系統発生を繰り返す」という反復説に異常にこだわっているように見えるのだが,それも21世紀に入るとこのように生産的な議論になっているということが実感できた.


というところで午前の部は終了だ.今日はちょっと調べて博多ラーメンの昼食.