大会第3日 8月30日
今日の午前中はワークショップとシンポジウムが6つもあってどれに参加するかなかなか悩ましい.前半には「形と進化」後半には「Sexual selection of hermaphroditic animals」に参加することとした.
形と進化
Morphological change of fish in a captive environment Saemi Wechsler
飼育環境下での魚類の形態変化にかかるもの.これは淘汰圧が大きく変わって急速な進化が生じているとみることができる.実際には数世代で大きさが40%も縮小したり,体高が高くなったりすることが観察されている.
ここでスイスの湖のブラウントラウトについては,人工孵化,飼育,放流を続けたところ漁獲が減ってきたという問題がある.そこで幼魚の形態を飼育下で産卵したものと,野生で産卵をしたものとで計測し,比較したもの.結果主成分分析で両者に差があり,成長するにつれて差は減少する,しかし明瞭で一貫した差は無いという結果が得られたというもの.
Q&Aでは行動差があるのかが議論されていた.観察ではあるように見えるが,計測方法が難しいとのこと.
Evolutionary stability of left-right dimorphism in tree snails Takahiro Asami
動物には様々な左右非対称性が観察されるが,巻き貝の場合には巻きが異なると身体の構造すべてが入れ替わる.また陸上のカタツムリにおいては巻きの向きと交尾の容易さに関連があり,強い正の頻度依存淘汰が予想される.実際に多くのカタツムリは右巻きに偏っているが,中には多型のものがある.これまで3属で多型のカタツムリが知られているが,ハワイとポリネシアのものはここ50年で絶滅してしまった.しかし東南アジアに1属残っており,どのようにこの左右の多型が維持されているのか調べてみた.
左右の比率は右が0.35で多型が見られる.交尾行動を観察すると左右で交尾しているのを発見.どうやら相手により交尾行動を変えられるようになっている.データは当初同じ向きより左右での交尾の方が多いように見えたが,もしそうなら負の頻度依存で右比率は0.5に近いはずだ.そしてデータを再検討するとどうやら同じ向きか異なる向きかで特に交尾についての有意差は無いようだった.
ここからは右利きの捕食者の存在,左右比の地域差,左右形質が母親の遺伝型に支配される効果,振動の有無などについて様々な議論が紹介された.
なかなか単純では無いことがわかって面白い発表だった.
哺乳類の頭部相同性を再考する 小薮大輔
哺乳類の頭部の骨の数は祖先の脊椎動物に比べて減少している.ユーステノプロンは143,イクチオステガは82だが,ヒトでは27となっている.顎の骨が耳骨に変化した経緯はよく調べられていて相同がはっきりしているが,実はそれ以外はあまり相同関係がはっきりしていない.
ここでは interparietal bone (IP:頭頂間骨)について調べてみた.哺乳類の胎児300について調べた結果.IPがまず発生し,隣の骨と融合していく様々なパターンを発見できたというもの.
Developmental constraints and costs of adaptation as determinants of life-history evolution Masaki Hoso
発生拘束と適応コストと生活史について.
巻き貝の入り口の耳たぶのような形は対補食防御だと解釈できる.そしてその形には防御効果と成長の難しさのトレードオフがあると考えられる.
またカタツムリには襲われたときに足を自切して逃げるという防御法もあるが,これには成長へのコストとのトレードオフがあると考えられる.そして近隣の島々でその分布が異なることがあり,おそらく捕食に関する微妙なパラメータに反応しているのだろうというもの.
午前中の次のワークショップは雌雄同体生物の性淘汰にかかるもの.
Sexual selection of hermaphroditic animals: One further step from "So what?"
ワークショップの趣旨説明
多くの生物の特徴が性淘汰から説明できる.しかし雌雄同体生物ではどのような性淘汰がかかるのだろうか.実はこれらの雌雄同体生物は,しばしば興味深い交尾行動を示し,性淘汰のリサーチに大きく貢献しているのだ.
興味深い交尾行動としては,しばしばゲーム的な状況を示し,互いに操作を試みたり,また互いに攻撃し合うような交尾方法が知られている.そして雌雄同体生物では性的二型無く性淘汰が生じるのでより性淘汰の一般則への洞察が得やすいことが期待できる.
Mate manipulation and sexual conflict in simultaneously hermaphroditic land snails Kazuki Kimura
雌雄同体のカタツムリにおいては,配偶者への操作と,性的コンフリクトが同時に生じる.
ある種のカタツムリでは交尾時にdart shootingが生じることが知られている.これはペニスとは別のメスのような剣で互いに攻撃し,特別な液体を相手に注入しようとするものだ.これは相手の精子貯蔵器官からの輸精管に形質的な変化を引き起こすもので,自分のオスとしての成功をあげる効果があると考えられる.また相手の再交尾を抑える効果もあるようだ.
もしこのshootingが既に貯蔵した精子に絡むものであるなら,相手がバージンかそうでないかでshootingの様相が異なっていることが予想できる.調べてみると相手がバージンである方が卵数が有意に多くなる.刺されたことが渡したり受け取ったりする精子数に関係するのかと思って調べてみたが,それには有意差がない.だからこれはshootingによる毒性効果のためだと思われる.
つぎにこのようなshootingにより操作されることへの対抗進化が生じているかが問題になる.そして一部の生理的な反応はその可能性を示唆している.
なかなかシビアな性的コンフリクトで面白い.但し雌雄同体かそうでないかにより特に大きく様相が異なる性質のものではないような気もするところだ.
Sperm as a paternal investment: sex allocation and mate choice in sperm-digesting hermaphrodites Sachi Yamaguchi
ウミウシは雌雄同体生物で,交尾時には同時に産卵し,精子を交換する.そしてもらった精子は受精に使うことも消化して自分の栄養にすることもできる.このような場合にどのような投資の性比がESSになるかを考察したもの.
数理モデルを立てて解析すると,精子の消化がない場合に(n-1)/(2n-1)がESSとなり,ほぼ1:1になる.精子の消化がある場合にはよりオスに傾くことになる.
次にオスが精包をギフトとして渡す現象について考察する.この進化的な理由には「これによりメスの再交尾確率が下がる」「精子競争上有利になる」「消化されオスに夜こそ育て投資となる」という3つが考えられる.これも数理モデルを立てて解析すると,再交尾確率が下がる場合,メスの選り好み形質になる場合に進化しやすいということがわかった.
Transition from hermaphroditism to androdioecy in barnacles Yoichi Yusa
フジツボにおける性システムの進化について.フジツボでは「雌雄同体」,(ダーウィンの研究で有名な)「矮性のオスと雌雄同体」,「矮性のオスとメス」という3つのシステムがある.これがどのような場合にどういう方向に進化するのかを考察した.
リソースインプットに対してメス機能は線形になり,オス機能はサチュレートすると仮定する.そしてどのような性投資をアロケーションしたときに最も適応度が高くなるかを解析すると,オス機能の投資効率が緩くサチュレートする場合には雌雄同体に,すぐサチュレートする場合にはメス投資に大きく傾くことが予想される.これに各個体のリソース量に差があるとすると,リソース量の少ない個体は矮性のオスになる方が適応度が高くなる.また(メスの選り好みなどで)オスの大きさに対する適応度がサチュレートせずに下に凸になるとオス機能かメス機能に特化するというかたちになる.
最後はグラフを用いた教科書的な解説になりわかりやすかった.
というところで午前の部は終了だ.とにかく外は暑いので,この日はコンビニで買ってきたサンドイッチを控え室でいただくという昼食にすることにした.一切外に出なくてよいので快適だ.