日本進化学会2013 TSUKUBA 参加日誌  その6 


大会第3日 午後


午後はB会場での一般口頭発表に参加.


エピジェネティックな擬態? テリカッコウ類による宿主雛擬態と宿主利用 田中啓太


カッコウのような托卵鳥がホストの卵に似た卵を産むことがあるのはよく知られている.卵擬態の場合には卵の模様は母親の形質であり伴性遺伝するので,それぞれの母系で自分が育ったホストを憶えていれば,種内多型が維持できる.
これに対してテリカッコウのようなヒナ擬態を行う托卵鳥の場合には,擬態はヒナ自身の形質であり,両親の遺伝的影響が出るので,種内多型を維持するのが難しいのではないかと思われる.
しかし片方でホストを固定してしまうとホストの絶滅やアームレースの罠に陥りやすいというデメリットがあるだろう.
ここでテリカッコウの一種では,ヒナの外形がばらばらというケースが観察される.これはどのように説明できるのだろうか.モデルを作って回してみるとメンデル遺伝では双安定で多型は生じない.ゲノミックインプリントを仮定しても多型は生じないという結果になった.今のところ伴性遺伝以外では難しそうだというもの.


Q&Aでは,ヒナの表現型可塑性の可能性が質問されていたが,形質発現のタイミングから見て難しそうだということだった.なかなかミステリアスだ.ただホストを固定するとホストの絶滅やアームレースの罠に入るというデメリットがあるというのはナイーブグループ淘汰的で(一種の種淘汰としてあり得ないわけではないだろうが)ややいただけない議論のように思う.


托卵鳥の宿主による雛排除行動が進化した要因を探る 佐藤望


昨年の日本進化学会(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20120910参照)の延長的な発表.
温帯ユーラシアのカッコウの托卵とホストのアームレースについてはリサーチが進んでおり,ホスト側は巣の隠蔽,攻撃,長時間防衛,卵識別,卵排除,巣の放棄を,托卵側は短い産卵時間,卵擬態,激しい餌ねだり,(ホスト卵・ヒナの排除による)巣の独占を行うことがよく知られている.
しかしテリカッコウなどの熱帯の托卵鳥のリサーチが進むと,卵排除・卵擬態なし,ヒナ排除・ヒナ擬態ありなど温帯のカッコウと少し様相が異なっていることが明らかになった.
卵排除を行わないのは,托卵鳥ヒナによる巣の独占がなく多重托卵圧が強くクラッチサイズが小さな場合に,ホスト親が卵排除を行うと,何度も托卵されるときに自分の卵がどんどん棄てられてしまい不利になるからだと考えられる.ニュージーランドからソロモン諸島の様々な托卵鳥とホストについて比較したところ,ニューカレドニアではホストクラッチが2-3卵でヒナ排除が見られ,ニュージーランドでは4卵でヒナ排除が見られないなど仮説を支持するデータが得られた.なおニュージーランドの場合テリカッコウ類が渡りを行い,不在の季節があるので,ある種のホストではそれもヒナ排除の有無に効いているようだとのこと.


リスキーな赤い羽色を拡大するための遺伝子 新井絵美


ある種の鳥ではメラニン色素がオスの強さを表す正直なシグナルとして機能している.なぜ正直さが保たれるかについては(1)社会的制裁のコスト(2)酸化ストレスに対する免疫上のコスト,という2説ある.
ここでは後者に関連して茶色や赤色を出すフェオメラニンについて考察する.フェオメラニンは生理的にはフリーラジカルを発生させ合成のために抗酸化物質を多く必要とする.
ツバメでは尾羽や喉の赤色がフェオメラニンの発色になる.これをシグナルとして使っているツバメがどのようにしてこのコストを克服しているかを調べてみたところ,オレドキシン(TRX)遺伝子が有意に高く発現しており,これでコストを下げているものと思われるというもの.


発表ではこれで無理なく正直なシグナルを出すことができると示唆していたが,もしコストがあまり小さくなると信号の正直さそのものが失われてしまうはずだ.ある程度和らげてはいるが基本的にコストは残っていると考えるべきだろう.


トランスクリプトーム解析で迫るエゾサンショウウオの表現型可塑性の分子機構 松波雅俊


エゾサンショウウオの幼生は,生息地に捕食者のオタマジャクシがいると頭部が巨大化し,捕食者のヤゴがいると体高が高くなるという表現型の可塑性を示す.これがどのような分子的な仕組みで可能になっているのかをトランスクリプトーム解析で調べてみたところ,いくつかの遺伝子発現が異なっていることがわかった.知覚関連遺伝子,コラーゲン関連遺伝子が関わっているようだ.


ヤツメウナギにおける口部発生の解析と第1咽頭弓の進化 吉村美穂


ヤツメウナギの顎の発生について詳細を調べたという報告


硬骨魚の側線配列は系統と生態のどちらに影響を受けるか? 中江雅典


硬骨魚の側線パターン(鰓から後の身体の真ん中にあるだけでなく頭部にもいろいろなパターンを作っているのを初めて知った)が,生態の影響と系統の影響の両方の影響を受けて決まっているようだという発表


生息環境の異なるタモロコ属魚類で分化した体型関連形質の遺伝的基盤 柿岡諒


魚類では,近縁種間において河川環境に住むものは身体が短く体高が高く,湖沼環境に住むものは細長く低い傾向がある.これは太い方が機敏で細い方が省エネタイプだと考えることができる.これについて遺伝的基盤がどうなっているかを,琵琶湖に住むホンモロコと琵琶湖流入河川に住むタモロコを交雑させF2をつくりQTL解析を行った.
この結果多数の効果の小さい遺伝子が見つかったというもの.


味覚受容体を中心とする食草選択のしくみの解明 尾崎克久


アゲハチョウは食草選択を行う.ギフチョウはウマノスズカケを,アオスジアゲハはクスノキを,キアゲハはセリを,クロアゲハ,シロオビアゲハ,ナミアゲハはミカン類を食草にしている.母親は前肢にある味覚受容体で食草を識別することによって,適した食草に産卵できる.
ミカン科の植物を食草にするナミアゲハ,クロアゲハ,シロオビアゲハの受容体を調べたところ,それぞれ10種,5種,6種見つかり,共通のものは2つあった.このミカン類にあるシネフリンに特異的に反応する受容体にかかる遺伝子「PxutGr1」をRNAiを含む様々な手法で特定できたというもの.


チンパンジー野生集団における苦味受容体遺伝子の多様性と進化 早川卓志


若いチンパンジーの個体は未成熟果実を囓ったうえで棄てるという行動を見せる.観察者には苦味を感じて棄てているように見える.
苦味受容体関連遺伝子をして知られるTAS2Rは,飼育チンパンジーにおいては,ギアナやボッソウなど西アフリカに分布するチンパンジー集団とタンザニアやマハレなど東アフリカに分布するチンパンジー集団で分化している.これは西アフリカではアブラナ類や柑橘類が,東アフリカではキク類が食草となっていることと関連しているのではないかと思われる.
今回野生集団についても調査した.ボッソウとマハレのチンパンジーの糞を採集して調べた結果,やはり東西分化が確認できたというもの.


チンパンジーの糞からDNAを集めるというのはハミルトンの最期の旅にも出てくる話だが,実際の採集時の苦労話が印象的だった.


哺乳類の代謝酵素GSTの適応進化 –植物と草食動物のせめぎ合い – 齊藤真理恵


植物食の哺乳類においてもジェネラリストとスペシャリストが存在し,後者においては植物側の毒生産と動物側の解毒というアームレースが見られる.モリネズミは代表的なスペシャリストで,新奇毒物への耐性が低いことが知られている.
ここで代謝酵素の1つGTSはアブラナ科植物の辛み成分の代謝に関わっており,バクテリアから哺乳類まで様々な変異を様々な数で持っていることが知られている.この哺乳類のGTS群について,食性との関連を調べてみたもの.
結果は単純なものではないが,系統の影響を補正するといくつかの傾向が得られた.特に食性が広く毒に弱い齧歯目においては食性とGTSの数,多様化の間に関連が見られたというもの.


クモザル亜科にみられるL/Mオプシン多型の進化的改編がもたらした果実と背景葉の色識別能の向上 河村正二


新世界ザル類では旧世界ザル類と異なる独自の3色視システムを持っていることが知られているが,クモザルではさらに独自のミューテーションを起こしている.その特徴はオプシンの形からの感受性波長予測値が実測値とずれて,より分解能があることだ.
これをクロクモザル,ケナガクモザル,ウーリーモンキー,ムリキで比較しながらリサーチした.この結果クモザル特異的な3色視の改善の進化史が明らかになったというもの.


改善が新世界ザルに広く見られず,特定の系統群において生じているというのは面白い,なかなか得られにくい変異なのか,それ以外のトレードオフの条件が難しいのか,いずれにしても興味深いところだ


ホエザル属3色型色覚の多様性実証による霊長類における定向的色覚進化モデル妥当性の検討 松下裕香


ホエザルにおいて新世界ザルの3色視の遺伝子がどうなっているかを調べてみたもの.すると緑と赤のオプシンにおいて多型が見つかったというもの.


発表者はこれが正常3色視に向かう定向進化かどうかという観点から議論していたが,「定向進化」を持ち出すところは全く理解できない(結論は定向進化は支持できないということだが,そもそもそんなことがありうると考える方がよほどの証拠を必要とするだろう).
より改善に向かって進化している途中か平衡状態かをまず見定めて,平衡状態ならどのようなメカニズムでこの多型が維持されているのかを議論すべきだろう.そして多型が平衡ならその維持メカニズムは大変興味深いところだろう.


真骨魚類における2種類の緑型オプシンの相補的遺伝子重複による感受中波長域の拡大 蘆野龍一


魚類は一般的に4食型視覚を持つものが多いとされているが,実際に調べると様々な詳細がある.テトラ類では緑型RH2が重複無く単一座位でかつ発現がないが,別の緑型オプシンMWSがあってさらに遺伝子重複している.これをカージナルテトラでより詳しく調べると,果たしてRH2は偽遺伝子化しており,MWSは重複して異なる波長に分化していた.


色覚が様々な生態条件の影響を受けていることがまさに魚類の進化史に刻まれているというわけだ.淡水の水中では様々な条件があるからいろいろと変化しやすいのかもしれない.


眼の形態を環境に応じて変化させる魚の発見:東南アジア産コイ科魚類 Esomus metallicus における特異な表現型可塑性 岩田明久


Esomus metallicus(コイ科)は東南アジアに広く分布する一般的な魚だが,これについて干上がった水域では眼が上に突出する表現可塑性が見つかったという発表.おそらく鳥による捕食圧への適応(としての可塑性)だと思われる.




というところで3日目は終了だ.夕食はつけ麺など.