「Sex Allocation」 第7章 条件付き性投資2:個体群の性比とさらなる複雑性 その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


次は双方向転換について解説がある.


7.3.2 双方向性転換


双方向性転換は問題を複雑にする.この問題が注目されるようになったのは,最近魚類において多様な生活史を持つものの実例が多く報告されるようになったからだとして,桑村をはじめとする日本人研究者たちの操作実験を含む数多くのリサーチが紹介されている.
エストはまず双方向性転換を説明する仮説を3つ紹介する.

  • ポリジニーの配偶システムを持つ先メス種では,ドミナントオスが劣位になったときに逆方向性転換が生じるだろう(Sunobe and Nakazono 1993).ウエストはこの須之部と中園の説明を「優位喪失仮説」と名付ける.これらは別のオスによる群れ乗っ取りなどで生じる.ホンソメワケベラでこの状況下での逆方向性転換の観察例がある.また最近オスが2匹で隔離されると小さいオスがメスに転換することが示された.ウエストは,これは6章で議論した植物のサイズが増減したときの双方向性転換の例に似ているとコメントしている.
  • モノガミーの配偶システムを持つペア形成型の種では,もし異性個体を見つけるべく移動することにリスクがあるなら双方性転換が生じるだろう.(Nakashima et al. 1996,Munday et al. 1998)ウエストはこの説明を「移動リスク仮説」と名付けている.珊瑚礁のハゼ類では一つの珊瑚に1ペアしかいないことがよく観察される.低密度や移動時の高死亡率や巣場所の飽和などで配偶機会が極端に小さいなら性転換が生じるだろう.
  • 同じくモノガミーの配偶システムを持つペア形成型の種では,成長率に性差があれば双方性転換が生じるだろう.(Kuwamura et al. 1994)ウエストはこれを「成長率アドバンテージ仮説」と名付ける.小さい個体が成長率が高い方の性になる方が双方にとって効率的であれば*1そういう性転換が生じうるという考え方だ.一部のハゼがこれに当てはまると主張されている.

これらの仮説の提示に対してウエストは以下のようにコメントしている.

  • 最初の仮説はポリジニー種に対するもので,基本的に6章で解説したギーシュリンのモデルに従っている.2番目と3番目の仮説はモノガミー種に対するもので,ギーシュリンのモデルには当てはまらない.
  • とはいえ,2番目,3番目の仮説の力学はポリジニー種にも当てはまるだろう.結局この3つの仮説は互いに排他的ではない.
  • では双方向性転換を説明するのにこれらの仮説はどれほど重要なのだろうか.この分野のリサーチのほとんどは双方向性転換が生じることを示すことを主眼としており,これらの仮説のどれが重要なのかを評価しようとしたものは少ない.
  • ポリジニー種では「優位喪失仮説」は当てはまりそうだが,フィールドで生じたことはまだ示されていない.モノガミー種のリサーチではどの仮説が重要か,あるいは両方効いているのかを巡ってリサーチは割れている.

これらの仮説は,基本的には繁殖価が高い方の性への転換が生じるとして,どのような状況下でそのような条件が生じるのかを説明しようとしているものだろう.そういう意味では理論的というよりも実証的な問題意識ということになるのかもしれない.このあたりは「魚類行動生態学入門」でも詳しく議論されているし,前回の進化学会でも熱心に発表があったところだ.桑村たちの熱意はこのウエスト本に影響されている部分もあるのだろうか.ウエストは最後にこうコメントしている.

  • 双方向転換が自然条件下でどれほど普遍的かについては情報が少ない.現在あるリサーチを総合するときわめてまれなようだ.
  • 双方向性転換の理解の基礎は,性転換のコストとメカニズムの吟味だ.コストとメカニズムによりいつ転換が起きるかが決まる.コストは転換にかかる時間,前の転換との時期,転換の方向などのより異なるし,種間でも大きな差があるだろう.
  • 多毛類のOphryotrocha puerilis(イソメの一種)は面白い双方向性転換を行う.基本的には先メス生物なのだが,個体は何度も性転換するのだ.オス→メスの転換は,飢餓やダメージ,また社会的条件によって生じる.興味深いことに,ほぼ同じ大きさの2匹のメスを同じ水槽に隔離すると小さい方がオスに転換してペア形成し繁殖を始めるが,しばらくするとこのペアの個体は両方とも性転換し,役割交換の上,繁殖を続ける.そしてこのパターンは繰り返される.この繰り返しパターンは卵の生産に非常にコストがかかるなら交代する方が双方にメリットがあるということで説明できるが,なお謎が多い.隔離が別のペアリングの機会を奪っていることが要因になっているのか?転換のシグナルがコミュニケートされているのか?どのようなコンフリクトが潜在的に存在し,サイズ差はどう影響を与えるのか?いくつかのペアが同時に同所存在するとどうなるのか?

このイソメの例は大変興味深い,このような例はほかの多毛類生物にもあるのだろうか.またその後のリサーチの進展はあるのだろうか.また細かいところでは,先メス生物であることとこのような生活史戦略の関係はあるのだろうか.


7.3.3 性転換と生活史の不変定数


ここでウエストは性転換生物のリサーチ手法にかかる最近の論争トピックを扱っている.内容は深くて難解だ.


生活史の不変定数(Life History Invariants)とは,生活史におけるキーになる無次元の重要パラメータが異なる種間系統間で一定値をとる場合のそのパラメータをいう.これが存在する場合には背後の淘汰圧に何らかの基本的な類似性があることを示唆している.そして生活史理論を統一できる可能性を見せてくれるのだ.
シャノフとスクラドティールは性転換において不変定数アプローチが有効であることを示した.(Charnov and Skuladottir 2000)

  • 彼等は性転換ポイントを予測する最適化モデルを組み,予測をいくつかの無次元量で表した.これらの無次元量は相対的成長率k,瞬間死亡率M,最初の繁殖齢α,オスの繁殖性とサイズの関係を表す方程式の係数δなどのいくつかのパラメータやその組み合わせで作られている.(ウエストはそれぞれを丁寧に説明している)
  • 彼等は次にこれらの無次元量について同じ値を持つ種や系統は,いくつかの同じ予測値(不変定数)を持つことを示した.それらの不変量には「最大サイズ比の性転換時サイズ」「最初の繁殖齢比の性転換齢」「繁殖性比」などがある.
  • これらの予測は検証され,多くの魚類やエビのデータで支持されている.これらの支持は(特にδは種間で大きく異なると考えられていただけに)驚きだった.

この不変定数アプローチに対しては主に二つの批判があった.

  • 第一の批判は配偶システムや様々な生態要因には非常に大きな多様性があるので不変定数があるとは考えられないというものだ.しかしこれは比較リサーチのポイントがわかっていない批判というべきだ.そのような中での一般則を見つけようとする試みにこそが意味を持つのだ.
  • 第二の批判はテストに使われたモデルに関するものだ.批判者たちは,「例えばA/Bという比cが不変定数かどうかを検証する手法としてAとBの対数値の回帰スロープが1.0になっているかを見るという方法が使われているが,生活史パラメータは基本的に自己回帰する傾向があり,c自体にばらつきがあっても回帰スロープはおおむね1.0に近くなる.」と主張した.

第二の指摘は統計的な議論で難しいが,ウエストはこの批判の正当性を認め,ではどうすれば検証できるのかをかなり専門的に議論している.

  • cがランダムかどうかを直接検証するという方法もあるだろう.しかし帰無仮説モデルを作るのは難しそうだ.
  • まずcの分布を観測し,それからそれが他の変数にとってどういう意味があるかを見るという手法もある.
  • 第3の道は無次元の生活史変数を予測し,その分散を説明しようと試みることだ.

エストはこの議論の中でガードナーたちによる様々な試みを丁寧に説明している.難解な議論で私の手には余るところだが,かなりホットなトピックだと考えていることがわかる.ウエストは最後にこう付け加えている,その熱意がわかるところだ.

仮に生活史不変定数の主張が成り立たないとしよう.それでも無次元アプローチは理論の新しい検証として大変有用であり得る.例えば,「なぜ性転換種の個体はそうでない種の個体よりより早く成熟するのか」などについて説明するのに有用だろう.さらに一般的にいえば,そもそも性比は無次元の変数だ,そして本書を読んでいる人ならその価値を疑うべくもないだろう.

 

*1:エストはコメントしていないが,これはゲーム戦略的状況なので,厳密には「ESSであれば」ということになるだろう