「ねずみに支配された島」

ねずみに支配された島

ねずみに支配された島


本書は「捕食者なき世界」でトッププレデターが消えた生態系がどんなに無惨な姿になるかを描いたサイエンスライター,ウィリアム・ソウルゼンバーグによる著作の第2弾.今回は外来進入生物そのなかでも特にネズミ類によって絶滅に瀕する(鳥類を中心とする)島の生物と,その救出作戦が描かれる.原題は「Rat Island」


捕食者のいない島の固有生物は,それへの対抗進化を経ていないために,大陸で進化した優れた捕食者が一旦侵入するとあっという間に絶滅の危機に追い込まれる.このことはある程度生態学保全に関心があればある意味では常識的な知識であり,マングースにより絶滅の危機に追い込まれるヤンバルクイナ,ヘビに飲み込まれるグアム島の鳥類相,そしてたった一匹のネコのために絶滅させられたニュージーランドのスティーブンイワサザイ*1の物語はよく知られているところだ.しかし我々は進行する悲劇の真の姿を知っているわけではない.本書はその実態はどのようなものか,そしてそれを救う試みはどうなされているのについての迫力あるルポルタージュになっている.


物語はニュージーランドのカカポとアリューシャン諸島の海鳥繁殖コロニーの危機と保全の物語を縦軸に,様々な侵入・絶滅イベントとその保全に関わる人々の物語が横軸になって進む.
最初はポリネシア人の海洋拡大と彼らが連れていったネズミが引き起こした悲劇が扱われる.ハワイの固有種絶滅のうち西洋人の引き起こしたものはその最後のエピソードにすぎず,最初にポリネシア人が住み着いたときに多くの固有種が失われていることが明らかになっている.そこには多くの飛べないクイナ,ハトがいたのだ.そしてその最大の悲劇はニュージーランドのものだ.モアは絶滅し,その他の多くの貴重な固有種が絶滅の危機に瀕している.そして現在は西洋人が持ち込んだウサギ,ネズミ,ネコ,イタチ,オコジョが固有の鳥類にとって圧倒的な脅威になっている.
そこからカカポの物語が始まる.19世紀後半,リチャード・ヘンリーは数奇な運命にもてあそばれた便利屋で変人だったが,その後半生をカカポの保全に捧げる.しかしすべてを賭けた彼のカカポ・レゾリューション島移住計画は,海峡を越えて数匹のイタチが渡ってきたことにより水泡に帰す.
次はアリューシャンの物語だ.シュテラー海牛の悲劇の絶滅エピソードを挟みながら,列島へのキツネの導入(毛皮を取るための商業的繁殖飼育,毛皮の価値が下がるとすぐに放棄されキツネたちは野生化した),ネズミの侵入が海鳥コロニーに圧倒的なダメージを与える様子が描き出される.第二次世界大戦後,キツネについては一部の島でライフルによる絶滅作戦が成功するがネズミについては手つかずだった.
同じ頃ニュージーランドでは,カカポ保全プロジェクトが復活し,最初のネズミ駆除作戦が始まる.カカポは絶望的に数が減っていたが,何とか最後の一群を見つけることができる.彼等はネズミのいない島に移されることになる.ネズミ駆除作戦開始の経緯は込み入っているが,進捗には保全意識の高まりのほか,ネズミの与えるダメージの途方もなさが学問的にも受け入れられるようになり,片方で遅効性*2の殺鼠剤が開発されたことが大きく効いている.ネズミ駆除作戦の有効性(本当にネズミのせいなのか),さらにその実行可能性(ネズミを全滅させるなんてことが本当にできるのか)をめぐる学界内の対立と「有効性がありかつ実行可能である」ことがコンセンサスになっていく経緯は面白い*3.そして責任回避意識*4の強い官僚組織との対決という人間的なドラマも始まる.そしてニュージーランドのネズミ駆除作戦はいくつかの島で実行され成功する.成功した後の島でかつての自然がよみがえっていく描写は感動的だ.
そのような外来生物駆除作戦はメキシコのバハカリフォルニアの島でも行われるようになる.ここではネズミだけでなくネコやヤギも対象になる.ネコの駆除をめぐる技術的詳細は面白い.そしてカリフォルニアまで北上したときに今度は一部の狂信的な動物愛護家が立ちふさがる.彼等は「鳥を守るためだとしても,人間の勝手な価値観でネズミを大量に殺戮することは許されない」と信じているのだ*5.著者は深入りしていないが,ここは価値観の問題なのでなかなか難しいところだろう.作戦は,より人道的なネズミの殺し方を開発し,人々の理解を得ようと努力することにより継続される.
ここで著者はちょっと回り道をしてイースター島の謎の話題を振っている.ジャレド・ダイアモンドはそれは長期的な展望を考えないイースター島民が森林破壊したからだと説明した.著者はここでもポリネシア人が連れ込んだネズミが樹木の種を食い尽くしたからではないかという考えを紹介している.
そして最後にアリューシャンのコウミスズメコロニー救出のためのネズミ駆除作戦が語られる.本命はキスカ島だが,その前の実験プロジェクトとしてのラット島での作戦の顛末が語られる*6.作戦実行までの苦労,悪天候のすさまじさ,そして電撃的な毒薬投与により見事にネズミ駆除に成功する.しかし40羽ほどのハクトウワシがネズミの死体を食べて死んだことによりプロジェクトは大きな課題を抱え込むことになる.しかしそれを越えて今後本命のキスカ島に向けて前進していかねばならない.ここは執筆時において現在進行中だということだ.そして最後にカカポ保全の現状を説明して本書は終わっている.


本書はとにかく外来侵入生物の破壊的な被害の一般向けのアピールとして秀逸だ.特にその破壊の描写は具体的かつ迫力があって説得的だ.そして外来生物の駆除により解決できる問題もあることも実証的に語られていて,悲観だけで終わっていないところが(この手の人間の手による絶滅を扱った啓蒙書の中では)読後感としても救われる.適度の物語仕立てが読者を飽きさせないし,様々な立場や価値観からくる人間ドラマもよく書けている.一般向けとしていい本だと思う.


関連書籍

原書

Rat Island: Predators in Paradise and the World's Greatest Wildlife Rescue

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前著
捕食者なき世界.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101119

捕食者なき世界

捕食者なき世界


同原書

Where the Wild Things Were: Life, Death, and Ecological Wreckage in a Land of Vanishing Predators

Where the Wild Things Were: Life, Death, and Ecological Wreckage in a Land of Vanishing Predators



  

*1:このイワサザイの物語は本書にも出てくる.真実は,貴重な標本の入手に血眼になる動物商人の競争などもあって,流布している物語よりも複雑で醜いものであるようだ

*2:速効性の毒物に対しては,ネズミは警戒してすぐに食べなくなる.体調の不良との連想が働かない遅効性の毒物投与が重要なのだ

*3:この中で面白いのは,なぜムカシトカゲは本土で絶滅していないのかという問題だ.爬虫類学者のウィテカーは,ネズミは卵と幼個体を喰いまくっているが,ムカシトカゲは非常に長寿(200歳以上)なので大きい個体がまだ残っているだけだと説明する.実際に20センチ以下のムカシトカゲ個体は観察されないのだそうだ.

*4:作戦を行わずに放っておいた場合の不作為による被害は責任を問われにくく,何かを具体的にやって生じた被害には責任を追及されるという社会的な現実がある以上当然の現象だろう

*5:なお一部の反対は殺されたネズミをハクトウワシが食べて死ぬかもしれないというところからきている

*6:本書の原題はこの島の固有名詞が元になっている.だから冠詞が付かない単数形なのだ