「Sex Allocation」 第7章 条件付き性投資2:個体群の性比とさらなる複雑性 その5

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)



7.4 ESDの複雑性,特に爬虫類において


最初に導入が置かれている,有名な爬虫類の温度依存性性決定は進化生物学にとってなかなかの難問であることが解説される.

  • 第6章では環境条件による性決定(ESD)について,エビと魚の例を取り上げた.なお謎が残されているにしても,これらの生物のESDは,TW仮説をESDに応用した適応度差異モデルによってかなりうまく説明できる.
  • しかしながらESDの理論的説明には大きな問題が残されている.それは爬虫類の温度依存型性決定(TSD: temperature-dependent sex determination)の説明だ.一部の学者はこれを「進化の謎」と呼び,最大の論争の一つを巻き起こしている.30年以上にわたって,生物学者たちはこの現象を適応度差異モデルによってうまく説明することができないのだ.これはその他のエリアにおけるTW仮説の有効性と著しい対照をなしている.

エストはここで論争にかかる多くの論文を並べている.論争の激しさが忍ばれるところだ.


7.4.1 適応度差異モデルに対する代替説明


TW的な適応度差異に変わる代替説明には3つあるがどれも受け入れがたいとウエストは整理している.

  • 「系統的慣性」祖先型の性決定方式が最近の環境には適応的でなくとも何らかの系統的制約のために残っているというもの:しかし様々なケースで性決定方式が温度決定型TSDと遺伝子決定型GSDの間を容易に転換していることから見てこれはありそうもない.ただし個別のケースで系統的制約が一部の要因として聞いていることはありうるだろう
  • 「近親交配回避」温度依存によりすべてのクラッチが同じ性になるので,近親交配を避けられるというもの:これもありそうにない.(1)実際にクラッチが単一の性になる例は多くない.(2)また多くのTSD生物では長寿で子供が成熟するまでに長くかかるものが含まれている.このような生物では異なるコホート間でも配偶が生じるので,TSDで近親交配のリスクがなくなるわけではない.(3)そもそも近親交配リスク回避でTSDが進化するには性比が大きく歪まなければならない.(4)そしてGSD生物がTSD生物より近親交配的であるということもない.(5)さらに同クラッチを同じ性にするのはほかの方法でも可能だ.
  • 破局的状況への対処」破局的な状況の後では気温が下がっているだろう.TSD生物ではそのときにはメスが多くなり集団レベルで回復が早まるというもの:典型的なナイーブグループ淘汰的議論であり受け入れられない.とはいえTSDには環境の変動により性比を調整するメカニズムであるという側面はあるだろう.


7.4.2 爬虫類における適応度差異モデル


代替説明がうまくいかないとして,なぜそもそも適応度差異モデルは爬虫類の温度依存性決定をうまく説明できないのだろうか.ウエストは適応度差異モデルを使った多くの説明を3つにグルーピングした上で解説を行う.


<温度環境がオスとメスに異なる適応度効果を与えるという説明>

  • 例えば温度が高い方がより成長に有利で,それは卵生産を上げるメスに有利だ(あるいはハレムを持てるオスに有利だ)といった説明がこれに当たる.あるいは成長に適した温度がオスとメスで異なるという説明もあり得る.
  • この仮説が支持されるかどうかは論争になっている.実際にリサーチは多く,結論は分かれている.メタアナリシスの結果は「少なくとも強い支持はされない」というところだ.
  • 特にカメなどの長寿で成長を続ける生物は,成長の差異要因において孵化時の環境の占める比率が小さいのでこの仮説が成り立つのは難しいと考えられる.


<環境条件は直接適応度を左右するわけでないが,それに影響を与える別の要因のキューになっているという説明>

  • 例えば温度が,繁殖シーズン,土壌湿度,捕食率などのシグナルになっているという場合だ.これは実際に繁殖シーズンが年に複数ある爬虫類の場合(そしてそれが短寿命である場合)には当てはまりうる.


<環境条件は適応度と無関係だが,母親が性を操作するために利用しているという説明>

  • リソースの条件や周囲の性比に応じて操作するという主張がある.
  • しかし母がリソースに応じて性比を調整しているという実証的な証拠はほとんどない.
  • 全体性比に対する反応はいくつかのトカゲでリサーチされている.これについては第10章で議論する.


<実証の難しさ>

  • 温度は他要因と交絡しやすいので検証リサーチには困難がある.最近では閾値温度の周辺で操作実験する,ホルモンで性を操作する,GSD生物で実験するなどの手法が開発されているが,いずれの場合も解釈には注意が必要だ.
  • 種間比較アプローチも試みられている.より性的二型が強い生物の方がよりESDを行うかどうかが調べられたが,結果はこの予測を支持しなかった.
  • 系統的な慣性が影響を与えているかどうかも種間比較アプローチで調べられている.具体的には,より最近にTSDが進化した系統でより適応度差異モデルが当てはまるかどうかが調べられ,支持されているリサーチもある.しかしなおリサーチが足りないと評価すべきだろう.
  • 操作実験も検討されるべきだ.


エストは爬虫類のTSDについてはこうまとめている.

  • 適応度差異モデルが当てはまる事例(特に短寿命種において)もあるのはたしかだ.
  • しかしなお実証リサーチが不足している.そして実際に当てはまらない事例がある可能性が残っている.
  • また「なぜTSDが淘汰されてなくなっていないのか」という問題も真剣に考察されるべきだ.それは単純に系統的慣性ということかもしれないが,そうでない可能性(性比の進化と性決定の進化の相互作用,ネストサイトの保守性の要因,遺伝的コンフリクト,クラッチサイズの決定という要因などが何らかの影響を与えているかもしれない)が残っている.


爬虫類の温度性決定は有名だが,進化的な説明は難しいことがわかる.確かに考えてみればそれはかなりいい加減な性決定システムであり,なぜ素早く別の性操作システムに移行しなかったのかは難しい問題のように思える.今後の進展に期待したい.


7.4.3 間性(intersexes)


エストはここで間性の問題を扱っている.性転換を行う生物には間性が比較的頻繁に見つかるからだということのようだ.まず定義がある.ここでの間性とは個体がオスとメスの特徴(形態,生理,行動など)を両方とも持っていることをいう.ウエストはかなり丁寧にこの現象を取り上げている.どうやらこれも最近の議論になっているトピックの一つということらしい.

  • まず間性はオスとメスの連続体のどの位置のものも生じうる.
  • よく調べられているのは6章で扱ったエビGammarus duebeniだ.一部の個体群では間性は行動的にも機能的にメスだが精巣を持っている.そしてその他の個体群ではオスに近いものからメスに近いものまでさまざまだ.
  • Echinogammarus marinusヨコエビの一種)では,間性はオスに近いかメスに近いかのどちらかだ.
  • 間性の頻度は様々だ.G. duebeniでは10%,E. marinusでは5%-10%とされている.この頻度は個体群レベルへ何らかの影響を及ぼすのに十分大きい.
  • 間性になるには何らかのコストがかかっていると思われる.G. duebeniでは配偶の失敗や不妊がみられる.またE. marinusでは産卵数が10%減少,胚の生存率が20%減少,成熟期間の20%長期化がみられる.
  • 間性の説明にはいくつかある.ESD方式のコスト,寄生体による影響,有害突然変異,環境ホルモンなどだ.そして後ろ3つの説明も「ESDをとっているからこれらの要因に影響されるのだ」という主張だとするなら,やはりESDのコストとして捉えられることになる.
  • ダンたちはG. duebeniを詳細に調査した.(Dunn et al. 1990 1993 1994 1996)その結果,間性が生じる キューとして成長期の光周期があることをみつけた.またある種の寄生体は間性の発現に影響を与えていないことから,これはESDの直接コストだと結論づけた.
  • しかし別の寄生体はどうやら間性の発現に大きく影響しているようだ.そして様々な要因が相互作用している可能性もある.全体としては多要因であり,ESDの直接間接のコストを反映している可能性が高いとみて良さそうだ.