Language, Cognition, and Human Nature 第1論文 「言語獲得の形式モデル」 その16

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VII アンダーソンの言語獲得システム:LAS その3

 

<LASの評価> その2


(2)自然言語は「意味論に誘導される一般化」を許容しているか

  • ツリーフィッティングヒューリスティックスは文のツリー構造を決める以外の機能もある.このヒューリスティックスは枝に意味論的ラベル付けをする.そしてこのラベルは意味論に誘導される等値ヒューリスティックスの手がかりになる.
  • 確かにこれらのヒューリスティックスはうまく働いた.しかしそれはアンダーソンが選んだ英語文のサブセットとHAM構造のサブセットが非常にうまくマッチしていたからに過ぎない.例えば,文を名詞句と動詞句として叙述する文法規則は,主部(主辞)と述部(賓辞)に分解するHAMにマッチする.述部を空間を示す前置詞と名詞句に分ける文法規則は,述部(賓辞)を関係と対象に分解するHAMにマッチする.
  • しかし文法と意味論が分かれればLASは失敗するのだ.これからそれを見ていこう.


(3)意味論に誘導された一般化が不十分になる例

  • LASが多くの文を一般化できる力は,いろいろな例を1つのクラスに統合できる能力にかかっている.
  • だから英語にあるすべての名詞句を一般化できれば良いと考えるだろう.しかしそれは(サンプルを一定範囲に制限したとしても)うまくいかない.
  • 例えばLASはaboveを使った主部名詞句とbelowを使った主部名詞句の一般化にすら失敗するだろう.何故ならaboveとbelowは意味論的に全く同じ命題の中で使われるが,そこで現れる名詞句は片方で主語だったものはもう片方では述語になってしまうからだ.するとLASはこれらを別の文法ユニットとして扱ってしまう.
  • アンダーソンはこの特別な例については解決法を示している.しかしこの問題はそこら中に見つかる.なぜなら自然言語はしばしば同じ構成要素を別の論理的機能において用いるからだ(これこそが表層構造と深層構造を区別する変形文法を提唱する主要な動機になる).結局意味論に誘導される等値ヒューリスティックスは以下の文例における「the cop」を一般化できない.LASはそれぞれの文例にあわせてアドホックな規則を作るだろう.

(a) The cop frightens the thief.
(b) The cop is frightened by the thief.
(c) The cop tends to like thieves.
(d) The cop who arrests thieves …
(e) The cop who thieves frighten …

  • この問題を解決する1つの興味深い方法は,ある動詞が取ることのできる異なる文法的な構造に対応するそれぞれの明確な心理的な述部を記述することだ.そうすると“FRIGHTEN,” “IS-FRIGHTENED-BY,” “TENDS-TO-FRIGHTEN,” “IS-EASY-TO-FRIGHTEN,”などの心理的述部があることになる.するとこれらの文の主部はすべて意味論的にも主部(主辞)になるので一般化可能になる.
  • 残念なことにこの解決法は,学習者はどの心理的述部を使えばよいかをどう知るのかという別の問題を引き起こす.例えば“It is easy to frighten the cat,”を聞いて“FRIGHTEN,”を,“That cat is easy to frighten”を聞いて“IS-EASY-TO-FRIGHTEN,”を使うべきだとどのようにして知ることができるのだろうか.これはエンコード問題と呼ばれる.これについてはIX節で扱う.


(4)意味論に誘導された一般化が過剰になされる例

  • 意味論に頼っているのでLASは過剰な一般化も引き起こす.たとえばあるものが正方形であることを記述する命題の場合,その「もの」は文においては「正方形:the square」「正方形の物体:the square thing」の両方で現れる.しかしあるものが赤いことを示す場合には,そのものは「赤い物体:the red thing」という形でしか現れない(「赤い」は「もの」自体を示さない:「the red」とは言えない).しかし2つの命題が同じフォーマットを持てばLASは一般化し,「the red」を受け入れ,「赤い」をものを示す語として扱ってしまう.
  • アンダーソンはこの問題について名詞句についての生得的なスキーマ「名詞句は少なくとも名詞を1つ含む必要がある」を導入して解決しようとした.しかし実際の英語の名詞句は名詞を含むとは限らない.(例としては “Jogging exhausts me,” “It is a total bore,” “That he chortles is irritating.”などがある.)だから本当に生得的な名詞句のスキーマがあってもそれはアンダーソンが提唱するような形になるはずがない.
  • 似たような過剰一般化の問題は,類似した意味論を表す動詞が異なるケース構造(異なる数の名詞句を要求するなど)を持っている場合にも生じる.
  • 例えば英語の「give」は,give+recipient+giftという構造とgive+gift+to+recipientという構造の両方をとれる.この両方を聞き,さらにtransfer+object+to+placeやdonate+object+to+recipientの構文を聞いたLASはgiveとtransferとdonateを一般化し,*“Rockefeller donated the museum a Wyeth,”  *“The IMF transferred Ghana a billion dollars,”などの非文を生成してしまうだろう.
  • アンダーソンは動詞のケース構造を学習することに役立ちそうなヒューリスティックスを提唱している.しかしながら,それでは似たような意味の動詞が別のケース構造を取る場合は解決できない.そして英語はこのような例にあふれているのだ.


この最後の例は英語は語順で格が決まりケースマーカーがない場合があることから深刻な問題になるのだろう.日本語の場合には格助詞がケース構造の手がかりになるのでLASを使ってもこの手の過剰な一般化は起こりにくいだろう.とはいえ「は」のようにいろいろな格に現れる格助詞もあるので一般化が起こる場合もあるだろう.