「進化心理学を学びたいあなたへ」 その18

進化心理学を学びたいあなたへ: パイオニアからのメッセージ

進化心理学を学びたいあなたへ: パイオニアからのメッセージ

 

6.2 生態学者が進化心理学者になるまで ボビー・ロー

 
ボビー・ローは進化生物学でキャリアをスタートし,1967年にオレンジヒキガエルの進化にかかる論文で博士号をとる.その後ヒトの研究に転身し,進化心理学というより人間行動生態学的なアプローチを用いたヒト社会の配偶や婚姻システムに関するリサーチを進めてきた研究者だ.Evolution and Human Behaviorなどの雑誌の編集者やHBESの会長も務めている.私にとっては進化心理学を学び始めた頃に読んだ「Why Sex Matters: A Darwinian Look at Human Behavior」が印象深い.ここでは自らの経験を中心に語ってくれている.
 

  • 私はヒトの行動を理解することに深い興味を持ってきた.しかし私の経歴は進化や系統のトレーニングから始まっており,心理学のトレーニングを受けていない.ある意味私は魅力的な分野に乗り遅れたのだが,この経歴故多くの心理学者と異なる視点から幅広い疑問を探求するようになった.

 

  • 子供の頃はパーソナリティ心理学や発達心理学の分野に非常に強い好奇心を抱き,医者になるのか獣医になるのかを迷っていた.しかし学部生の頃に河川の無脊椎動物の収集に取り組み,生物学者になることにした.しばらくは生物界の多様性に目を奪われて,ヒトの行動の多様性に気づくのに少し時間がかかった.
  • ヒトの行動の研究に方向転換したきっかけは息子が生まれたことだ.2ヶ月の息子を当時研究していたモンスズメバチの実験フィールドに連れて行ったが,息子はそれが大嫌いだった.そこで夜間に家でできる研究分野を探し,ヒトの装飾品が何のシグナルなのかについての比較文化研究を始めた.これは幸運をもたらした.人類学者は皆装飾品について一家言あったので大量のデータが集まったのだ.
  • しかしこのデータを分析し,それぞれの分野の学者がどのように世界を見ているのかを理解するのには時間がかかった.心理学者,人類学者,社会学者はそれぞれ世界の見方が異なっており,しかもそれは生態学の見方とも非常に大きく異なっていたのだ.ヒトの動機と行動をリサーチする際には心理学と人類学の間の微妙な境界を越える必要があると私は思っている.心理学は普遍性に興味があり,人類学は多様性に興味があるのだ.進化心理学者と進化人類学者はほとんど重なっているが,皆このギャップに敏感でこれを乗り越えようとしている.
  • 時間がかかったもう1つの理由は,私が当時学部(ミシガン大学天然資源環境学部)の初めての女性教官だったことだ.さらにヒトの行動への学際的アプローチをとっていたこともあり,私は変わり者としてテニュアを得る前に厳重に監視されていた.幸いなことにこの障壁は現在では崩壊しつつある.
  • ミシガン大学は異なる学部間の研究者のコミュニケーションが盛んで,この点では素晴らしい学術拠点だった.私たちは非公式のセミナーを行い,そこにナポレオン・シャグノン,ビル・アイアンズ,マーゴ・ウィルソンとマーティン・デイリーが加わって学際グループが生まれた.これは楽しい集まりだったが,ある日仲間からこれは排他的ではないかを批判され,より幅広い会議を主催することにした.それが数年間続き,さらにランディー・ネシーの勧めもあり,ハミルトンを会長に迎えてHBESを立ち上げることにつながった.

 

  • このような中で私はヒトの行動を理解するための多くのアプローチを手に入れた.私のアプローチはまだいくらか生物学に基礎をおいている.ヒトの行動を理解しようとする際に,まず哺乳類としての生活史,配偶問題,適応問題と制約条件を考える.その上でヒトの行動の持つ大きな多様性と可変性,文化的伝達を組み入れて複合的に考えるのだ.
  • これは心理学から見ると普通でないアプローチであることはわかっている.しかし18歳で結婚して8人の子どもを産んだ女性と,大学院を出て35歳で子どもを1人だけ産んだ女性とでは,世界の見え方や文化は異なり,その心も異なっているだろう.
  • 私は心理学と人類学の相互作用に関心がある.資源コントロールや性差についてヒトが自分たちのやり方をどう考えているか,それに文化的多様性がどう影響を与えているかに興味を持ち続けている.またヒトは多様な配偶システム文化を持ち,父親の育児参加の程度も多様だ.わたしはこのテーマについての文化比較研究も行ってきた.時には偶然面白いテーマに巡り会うこともある*1
  • だから私の研究テーマは多種多様になっている.これらをまとめて一冊の本「Why Sex Matters」にする仕事は楽しかった.自分の論文を元に学び直すことは,そのテーマについてより広くより深く理解することにつながる.
  • 進化心理学の今日の問題の多くは新奇環境へのミスマッチに関連している.第二次世界大戦後,アメリカ社会では女性の社会進出が進んだ.これにより男女双方にどのような心理的修正が求められたかを考えてみよう.

 

  • 若い研究者への助言は(どのような問題に直面しているかを知ることができないので)難しいが,私にとって有効だったのは自分の情熱に従い,興味のある問いに取り組むことだった.偶然出合った夢中になれることを研究することでアカデミアの世界で生き残ることができた.ただし情熱に従うことは,あなたを新しい領域,まだ専門知識を持っていない領域に連れて行くことにつながる.周りは皆自分より物知りで自分が初心者だと感じるだろう.出世が遅くなることもあるかもしれない.でもそれは私にとっては,興味のあることを学び続けられることの代償として安いものだった.


ボビー・ローの本

なんといってもこの一冊.私が読んだのは初版本(1999)だが,現在は2015年の改訂版が出ている.

Why Sex Matters: A Darwinian Look at Human Behavior - Revised Edition (English Edition)

Why Sex Matters: A Darwinian Look at Human Behavior - Revised Edition (English Edition)

*1:息子の誕生日パーティで19世紀のスウェーデンの人口統計学データを知ったことから家族形成と資源,地位と結婚見込み,人口転換のテーマが得られた経緯が述べられている