公開シンポジウム「最新テクノロジーが繋ぐ霊長類のゲノム,発生,生態,そして進化」 その1


第34回日本霊長類学会(7月13日〜15日)の最終日に公開シンポジウムがあったので聴講してきた.場所は武蔵大学江古田キャンパス.霊長類学会では中高生ポスター発表,中高生セミナーなども企画していて,聴衆には中高生の姿も多い.
テーマは「最新テクノロジーが繋ぐ霊長類のゲノム,発生,生態,そして進化」.霊長類学者もゲノムシークエンサーやビッグデータ解析などの最新テクノロジーを使っていることを一般の方に知って欲しいという趣旨だそうだ.当日はかなり暑かったが,会場は地下で,空調が効いていて快適だった.


「先端技術とフィールド調査―面白い研究ってなんだろう?―」 松田一希

最初はテングザルの研究者の松田一希.最初にお題をもらってゲノム解析やら機械学習などの最新技術の話をしなければとも思ったが,実際に自分は熱帯林の霊長類についてフィールドで双眼鏡とノート主体の研究をしており,まず話でできる研究の話をして,それに最新技術の話を付け加えたいとのこと.

  • 私のこれまでの研究対象はウガンダのアビシニアコロブス,コロンビアのクモザル,そしてマレーシアのテングザルだ.この中で長いのはテングザルで,2005年から現在まで研究を継続している.
  • テングザルはボルネオ島のみに生息する葉食のコロブス類で.オスの鼻が長く,腹がぷっくり太鼓腹になっているのが特徴だ.川に向かって謎の飛び込みをすることでも知られる.社会はハーレム型でオス一頭,メス数等,その子供たちで群れを作る.生息域はマングローブ,泥炭湿地,川辺林.彼等は夕方は必ず川に沿った樹木の上で寝るので発見は容易.夕方か朝にボートで川辺の樹木を探索すれば簡単に見つけられる.しかし朝起きたあとは林の中に入ってしまうので観察は難しく,私が調査し始めるまでその生態はほとんどわかっていなかった.
  • これは何としても見てやろうと,覚悟を決めて院生時代に奨学金で設備を揃え片道切符でボルネオに渡った.結局追跡に1年半を費やした.結果オス1968時間,メス1535時間,合計3503時間の観察を行えた.これを元に博士号をとることができたし,その後もこの時のデータをいろいろ利用している.
  • ここではオスの鼻が長くなっている理由を解説したい.調べると,オスの鼻の長さは体重,睾丸の大きさ,声の周波数の低さとも相関している.そしてハレムのメス数とも相関している.これはメスが身体が大きくて繁殖能力の高いオスを声の低さで選んでいることを示唆している.だからメスの選り好み型性淘汰でオスの鼻が長くなっているのだ.
  • しかしこれだけではない.実はテングザルは霊長類では例外的に重層社会を作っている.(出合うと喧嘩する群れのみの単層社会が基本.例外はヒトを含めて10種程度)いくつかのハーレムが同じ地域に隣接しているのだが,群れ間で献花が観察されないのだ.おそらく鼻の長さをオスの強さのシグナルとして使って闘争を回避しているのだろう.
  • ここまでで,形態と音と社会を合わせた新しい性淘汰モデルを提示できたのではないかと思っている.さらにこれに認知も組み合わせていきたいと思っている.そのときには先端技術の出番になるかも知れない.
  • またテングザルでは霊長類で初めて反芻行動を確認した.コロブス類は葉食で胃が4つに分かれているのは知られていたが,反芻はしないものだと考えられていた.4つの胃の中で最大の前胃にはセルロースや毒素の分解のための微生物が住んでいる.ここではこの菌叢の分析にシーケンサーによるゲノム解析を利用した.川辺林,マングローブ,ヒトの餌付け個体,動物園個体で比較すると川辺林個体が最も菌叢が多様だった.
  • 最後に強調したいのはフィールドの持つ力だ.新しい技術でいろいろなことがわかり,新しい世界につながるが,それに使われてはつまらない.まずフィールドで自分の知りたいテーマを見つけ,それに新しい技術を使っていきたいと思っている.


楽しいテングザル講演だった.長い鼻はメスの選り好み型性淘汰形質であり,同時にオスオス競争のバッジにもなっているという解釈になる.しかし相手が自分より強いことがわかるから闘争を回避しているということが実際に群れ間で喧嘩が起こらないことの要因としてどのくらい重要なのかはよくわからないところだ.ほかの霊長類にも利用可能なバッジ形質はありそうにも思われる.むしろテングザルは生態的に喧嘩しない方が良いのでたまたま利用可能なバッジを利用しているということかもしれないのではないだろうか.

「霊長類の味覚―味覚に関わる遺伝子とその多様性―」 今井啓雄

現在の先端技術では,動物がどのような視覚や味覚を持つのかをDNAからある程度判断することができる.それを利用して霊長類の味覚の進化について調べた内容についての講演になる.

  • 長野のニホンザルは冬にはほとんど樹皮のみにたよって食いつないでいる.あんなに苦いものをなぜ平気で食べられるのかが今日の話のテーマになる.
  • 味覚は舌の上のセンサーで感じる.その中には甘味受容体,苦味受容体,旨味受容体などがあり,これらは300〜1000のアミノ酸がつながったタンパク質でできている.そしてその遺伝子を解析することにより機能解析が可能だ.
  • やり方は受容体遺伝子を特定し,それを培養細胞に埋め込んで発現させ,さらに版の氏に発効するように細工しておく.そしてそれに糖や苦味を投与してやると反応が生じたものは一瞬光り,そしてカルシウムイオン濃度が上昇する.これを計測することによりある遺伝子配列によって作られた受容体が特定物質に対して持つ感受性を測定できる.さらに得られた結果は動物に餌や水を選択させる実験で確認可能だ.
  • 実際にヤナギの樹皮の苦味成分であるサリシンについての感受性をニホンザルの受容体とヒトの受容体で比較するとヒトの方が10倍敏感であることがわかった.だからサルは平気で樹皮を食べることができる.
  • また甘味についても調べると,ほとんどの糖についてニホンザルとヒトで感受性に差が無かったが,麦芽糖についてはサルの方が敏感だった.これは葉や種にあるデンプンを分解して得られるもので,サルの方が葉っぱをもぐもぐしたときにより早く甘味を得られるようになっている.
  • さらに雑食ではなく葉食に特化しているコロブス類を調べると,やはり苦味には鈍感で,さらに雑食のマカク類に比べると甘味も鈍感になっていることがわかった.系統分析とともに調べるとそれぞれの鈍感さがいつ進化したかもわかる.分岐の初期に鈍感になっているようだ.
  • また味覚は舌だけにあるのではなく,遺伝子発現を調べることにより,胃や腸の一部でも感じることができるようだ.

ニホンザルの苦味鈍感性はよくわかるが,なぜコロブス類は苦味だけでなく甘味にも鈍感になっているのだろう.これは早速フロアからも質問が出ていたが,実際にコロブス類は果実を嗜好しないので不要なのだろうという回答だった.浮動により壊れたということだろうか.

「ゲノム解析が明かす種分化の謎―スラウェシ島のマカクの種分化と二次的接触―」 寺井洋平

スラウェシ島のマカク類の地理分布と交雑障壁についての講演.簡単に種分岐と二次的接触,その結果の交雑が拡大すると単一種に戻ることなどを解説したあと具体的な話に入った.

  • マカク属は全世界で20〜22種存在し(アフリカに1種,あとはアジア),霊長類の中では2番目に大きな属になる.セレウェス島には7種のマカクが分布する.そしてこの7種はきれいに地域的に分かれて1地域1種になっている.ではこの分布の境界ではどうなっているのか.このうちMacaca tonkeanaMacaca heckiで調べると調べると境界地域には交雑個体がいるようだがその幅はわずか10キロメートルと狭い.
  • そこでDNAを解析して,1.いつ分岐したのか,2.どこで分岐したのか,3.交雑拡大を抑えている遺伝子はどんなものか,4.それはどのようなメカニズムで可能になっているのか,を調べることにした.
  • Macaca tonkeana11個体,Macaca hecki11個体から麺棒で口腔内の粘膜を採取し,塩基配列をそれぞれ50回読み込んで調べた.系統解析における外群はアカゲザルを使用した.読んだ塩基は280万,そのうち変異があるのは34000あまり.Macaca heckiのみに見られる変異は12864,Macaca tonkeanaのみが17842,両方にあるのが3644だった.この双方にある変異割合はかなり多く,交雑があることを示している.遺伝子の浸透方向を見るとMacaca tonkeanaからMacaca hecki側に流れていることがわかる.
  • 分岐について解析すると,それまでの実効個体数が11万ぐらいから35万年前に1500個体になるボトルネックがあり,その直後に両種に分岐し,分岐後の2次接触でMacaca tonkeanaからMacaca heckiに9.5%ほど浸透していることがわかった.7種の分岐図を書くときれいに分かれるが分岐はいずれも35万年前からすぐあとに生じているようだ.セレウェス島の各部分が合体したのはそれより遙かに昔なので,この7種は別々の島で進化してから島が合体したのではなく,35万年前に別の土地から海を越えて少数個体が移入し,そこから分岐分散したことを強く示唆している.
  • 交雑拡大を防いでいるのはどの遺伝子なのか.浸透のない遺伝子を見るとメスの繁殖形質,臭覚,毛の形成にかかるものが多い.配偶選択や種の識別にかかっているものが多いと考えられる.具体的な交雑回避のメカニズムの解明はこれからの課題だ.


種分岐と交雑帯拡大制限要因のリサーチでなかなか面白かった.ここで一旦休憩時間に

(この項続く)