Enlightenment Now その45

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

第17章 QOL その2

QOLの上昇,雇用労働時間の面での進歩をまず見た.さらにピンカーは家事労働時間の減少も取り上げている.

  • 第9章では冷蔵庫や掃除機や電子レンジの普及を見た.さらに電力,水道が整備され,家事労働時間も大きく減少している.アメリカの家事労働は1900年代には週58時間だったのが,2011年には15.5時間になっている,洗濯だけ見ても1920年の11.5時間が2014年には1.5時間に減っている.

 
ここでアメリカの1900年から2015年までの様々な家電の普及率と家事時間の推移グラフが掲載されている.ソースはOur World in Data
 
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  • 家事時間の減少は,(歴史的な現実から見ると)女性の解放の実現の1つだ.家事を女性に押しつけることの問題は18世紀から議論されていたが,それが実現するには技術の進展が必要だったのだ.(トーマス・エジソンのコメントが紹介されている)


ピンカーは余暇時間の増加の次に照明を取り上げる.
 

  • 技術の向上による生活の質の向上は家事時間の減少のみではない.灯りもそうだ.
  • 光は人々に力を与える.だからそれは優れた知性と精神への選択についてのメタファー(つまり「Enlightenment」)として使われている.元々ヒトの生活の半分は闇の中だった.人工的な灯りが生まれて初めて夜に本を読んだり外出できるようになった.ノードハウスは照明の単価の下落「進歩」の指標として使っている.インフレ調整後で比較すると中世から現代まで照明単価は1/12000まで低下している.

そのグラフが掲載されている.イングランドにおける百万ルーメン時間(80ワット電球で833時間)のコストは1300年頃には35000ポンドだったのが.現在では3ポンド程度になっている.ソースはOur World in Data
 
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Our World in Dataには照明消費の推移もある.

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  • 照明の単価の貨幣価値の低下は進歩を過小評価しているだろう.なぜなら本当のコストはその金額を得るための苦労やリスクだと考えるべきだからだ.ノードハウスは1時間読書するための照明エネルギーを得るために何時間働かなくてはならないかを試算している.BC1750年頃のバビロニアではオイルランプの油を得るために50時間,1800年頃の英国ではその分のロウソクを得るために6時間,1880年には灯油ランプの灯油のために15分,1950年には電球の電力を得るために8秒,1994年には蛍光灯用の電力を得るために0.5秒働くことになる.これは1/43000の改善だ,そしてその後LEDによりさらに改善しているはずだ.*1
  • 電力や食糧を得るための必要時間の減少は一般原則に従っている.テクノロジーの専門家ケビン・ケリーはこういっている.「テクノロジーの進展が続くなら,時間と共にそれらのコストはゼロに近づく.」 生活必需品が安くなり,それらをまかなうための必要労働時間が減り,それ以外に使える時間と金が増えていく.


1929年から2016年までのアメリカの消費に占める生活必需品の割合推移グラフが示されている.60%程度から35%程度に下がっている.ソースはHuman Progress(https://www.humanprogress.org/
これはエンゲル係数とよく似た話だが,食糧だけでなくより広く生活必需品としているので「進歩」が見えやすいという趣旨なのだろう.日本のエンゲル係数は戦後すぐの時期の65~60%程度から着実に下がり続け,2000年頃23%まで低下し,その後横這となっている.リーマンショック以降25%に小幅上昇したのが話題になったのも記憶に新しいところだ.


ここまで余暇と生活必需品以外に回せる収入が増えてきたことを見てきた.ではそれは本当にQOLの上昇につながっているのだろうか.進歩懐疑主義者の主張はここに集中する.

  • では人々は自由になった時間と金を何に使っているのだろうか.生活を本当に豊かにしているのだろうか,それともゴルフクラブやブランドハンドバッグをたくさん買っているだけなのか.
  • 何が高い質の生活かを(他人が)決めるのは図々しい限りだが,多くが賛成できることもある.それは愛する人や友達とつながること,自然の豊かさや文化的な豊穣さを経験すること,知的芸術的な成果物にアクセスすることが豊かな生活につながるということだ.
  • メディアがしばしば取り上げ多くの人が信じているのは「現代人は時間に追われて家族団らんの夕食を楽しめなくなっている」という話だ.しかしこの話は,現代化が人々に与えた毎週24時間の余剰時間を考慮に入れて考察すべきことだ.
  • 人々は自分たちがいかに忙しいかについて不満を言いつのるが,時間に注目して調べると別の姿が浮かび上がる.2015年,アメリカの男性の平均レジャー時間は週42時間で50年前に比べて10時間増えているのだ.女性のそれは36時間でこれも6時間増えている.西欧でも同じ傾向だ.

(その推移グラフが示されている.ソースはアギアーとハースト2007)
 

  • そしてアメリカ人はよりせかされているわけではないことも示すことができる.社会学者ジョン・ロビンソンは「いつもせかされているように感じる」と答える人の比率の1965年から2010年までの時間的推移を推計した.最低は1976年の18%,最高は1998年の35%だが,時系列としての継続的なトレンドは見いだせない.そして家族のそろう夕食の比率も1960年と2014年ではほとんど違いはない.
  • それどころか20世紀を通じて親は子どもとより時間を過ごすようになっている.1924年,1日2時間以上子どもを過ごす母親は45%,1時間以上子どもと過ごす父親は60%だった.1999年にこの比率はそれぞれ71%,83%になっている.今日のシングルマザーは1965年の専業主婦の母親より子どもと接しているのだ.おそらく人々は60年代の黄金時代の家族団らんの実情について思い違いをしているのだろう.

日本での余暇時間はどうなっているだろうか.総務省の社会生活基本調査にその数字があるが,残念ながら1976年以降のデータしかないようだ.それを見ると1976年から2016年にかけて余暇時間はほぼ横這い(男性が週112時間から107時間に減少,女性が105時間から106時間に増加)となっている.週休2日制が大きく進展したのは1990年代だからこの数字は意外だ.この面では日本のここ40年間はあまり進歩がないのかもしれない.現在の働き方改革政策の実効性が期待されるところだ.

*1:本当は電灯や蛍光灯やLED機器の耐久時間に見合った償却費も加味すべきだろう.そうしても照明単価の驚異的な低下自体は動かない