Enlightenment Now その80

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

第23章 ヒューマニズム その10

啓蒙運動のヒューマニズムの主敵ロマンティックヒロイズムについて.ピンカーはその思想の起源であるニーチェをこき下ろし,それが全体主義,さらにシオコンに影響を与えていると指摘した.ここからこれらの考え方がいかにめちゃくちゃかを見ていく.

 

  • トランプにあるパリ協定からの離脱,移民への憎悪,貿易戦争などの態度はバノンによる「他国との協力は偉大さへの競争における敗北だ」という思想に影響を受けているように見える.
  • 賭け金はとてつもなく高い.だからここでこのシオコン,ネオコン,反動ポピュリズム-ナショナリズムがいかに知的に支離滅裂かを見ておくのには意味があるだろう.

 

  • 私は既に宗教戦争,異端審問,魔女狩りを引き起こすような団体に道徳の規準を求めることがいかに馬鹿げたことなのかを指摘した.世界秩序が民族的に均一で互いに敵対的な国家間によって成り立っているというアイデアはさらにめちゃくちゃだ.
  • 第1に,「ヒトには国家にアイデンティティを求める本性がある」という主張は粗悪な進化心理学的主張だ.「宗教に属する本性」の主張と同じようにそれは脆弱性と必要性を取り違えている.人々は確かに自分の部族への団結心を持つ.しかし「部族」が国家である必然性はない.国家は17世紀以降の人工的概念に過ぎない.実際に認知的な部族,イングループ,同盟は抽象的で多元的なものだ.血族,故郷の街,生まれた国,育った国,宗教,民族,卒業校,学寮,政党,会社,スポーツチーム,愛用ブランドまで何でも対象になるのだ.もちろん政治セールスマンは宗教や国家を基本的なアイデンティティとして売り込み,洗脳と強制を付加できる.しかしそれはナショナリズムがヒトの本性であることを意味しない.同時にフランス人でありヨーロッパ人であり世界市民だと考えることは可能なのだ.
  • 第2に,「民族的均一性が文化的優越を生む」という主張はこれ以上ないほど間違っている.地方的(provincial, parochial)という単語が偏狭という意味を持ち,都会的(urbane),コスモポリタンという単語に洗練されたという意味があるのには理由がある.誰も単独ではできることが限られる.天才やそれを生む文化はアイデアを集め,互いにアイデアを流用し,その中でうまくいくものを集積するのだ.だからユーラシアはアフリカやアメリカより文明がより興隆したのであり,文化の発信地は交易都市であることが多いのだ.
  • そして最後に,そもそもなぜ国際機関やグローバルな意識が生まれたのかを考えてみよう.1803年から1945年まで,世界は偉大さを英雄的に競う国家を基本に世界秩序の形成を試みた.しかしうまくいかなかった.反動的右翼がイスラム主義者の対西側戦争を大げさに警告し,これに対処するために西側の国家同士が戦争していた時代に戻ろうと主張するのはどうしようもなく間違っている.1945年世界の首脳たちは,こんなことはもうやめようと考え,ユニバーサルな人権,国際法,国際機関を機能させ始めたのだ.そしてその結果は第11章で見た通りの70年以上の平和と繁栄の時代だ.
  • インテリ編集者たちの「啓蒙運動は『短い幕間』だ」という嘆きに関して言えば,『短い幕間』はネオファシズム,ネオ反動にこそふさわしい墓碑だろう.2017年のヨーロッパの選挙結果とトランプ政権の誕生はおそらくポピュリズムのピークだ.人口動態から言ってこの動きの先はない.リベラル的価値と民主制の長期的上昇傾向が瞬時に逆転するとは考えにくい.アイデアの交換フローが上がり続ける世界でコスモポリタン主義と国際協力のメリットを長く否定し続けることはできない.

 
ヒトの本性に部族主義があるとしてもその部族は国家である必要はない.そして民族的均一性は繁栄の視点から見て後退だというのがピンカーの指摘になる.そして続けてトランプ政権は確かに脅威だが,コホート効果を考えるとこの動きが長続きするはずがないし,インテリたちの悲観主義は間違っているとしている.
こう見ていくと若い世代ほど価値観がリベラルで,馬鹿げた反知性的主張から隔たっているというのは希望の星だ.おそらく日本でも同じようなコホート効果はあるだろう.希望を託したいところだ.