Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Penguin Books
- 発売日: 2018/02/13
- メディア: Kindle版
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第23章 ヒューマニズム その9
啓蒙運動思想の主敵であるロマンティックヒロイズムを扱うピンカーの考察は,その源となるニーチェの思想からどう発展してきたかに焦点を移す.ニーチェ思想は20世紀にはナチズム,ファシズムその他のロマンティックナショナリズムに取り込まれ,そして21世紀にはトランプ政権にも影響を与えているというのがピンカーの主張になる.
- ニーチェのロマンティックヒロイズムは単一の人類種の栄光を語っているが,それを部族,人種,国家に置きかえるのは簡単だ.この置き換えを経てニーチェ思想はナチズム,ファシズム,その他のロマンティックナショナリズムに取り込まれた.そしてそれは政治劇場において今日にまで続いている.
- 私はトランプ主義は純粋のイドであり,心理の暗黒面からの部族主義と権威主義の吹き上がりだと考えてきた.しかし権力を手にしたマッドマンはその狂気を数年前のアカデミアの書き物から得ているのだ.トランプ主義の知的なルートというのは撞着語法ではない.トランプは2016年,136人の「アメリカのための学者と作家」の手になる「統一のための声明」なるマニフェストから推奨され,自称インテリであるスティーヴ・バノンとマイケル・アントンのアドバイスを受けている.権威主義的ポピュリズムについて単なるパーソナリティ以上の分析を望むならこの背景にある2つのイデオロギー「ファシズム」と「反動」をよく吟味すべきだ.
- 「ファシズム」はイタリア語のグループを表す言葉が語源になっている.そして「個人」は単なる神話であり,人々は文化や血統や故地から不可分の存在だというロマンティックな概念から生まれた.初期のファシストインテリの思想はニーチェの影響を受けており,ネオナチやバノンやオルタネ右翼によって再発見されている.
- 今日のファシズムライトは時に「淘汰単位はグループであり,人類はグループのために自らを犠牲にするように進化した」という粗悪な進化心理学的議論による正当化が試みられる.その議論は「誰もコスモポリタンにはなれない.ヒトであるためには何らかの国家に属するしかない.他民族,多文化社会はうまくいかない.国家がその利益をインターナショナルな取り決めにより自制することは偉大になるという生まれながらの権利を放棄することだ.国家は有機的一体物であり,その偉大さは偉大なリーダーに体現される」という風に続く.
- 「反動」イデオロギーは「神権保守(シオコン)」だ.ネオコンという偽りのラベルに隠れているが,最初のシオコンは極左と極右から革命への熱気を受け継いだ1960年代のラディカルだった.彼等はまさにアメリカ政治の啓蒙運動的ルートを考え直そうとした.人権,自由,幸福追求などの目標は,道徳的社会の構築のためには生ぬるいと考えたのだ.(啓蒙運動の)貧困な考え方は(ポルノや堕胎を含む)社会の崩壊,快楽主義と不道徳の蔓延を産むだけであり.社会は(伝統的キリスト教の)権威から来るもっと厳しい道徳規準の下で団結を進めるべきだとしたのだ.
- シオコンは啓蒙運動こそ教会の権威を掘り崩し,西洋文明からソリッドな道徳基準を奪ったと考えた.60年代.クリントン政権,オバマ政権のたびに彼等はアメリカの道徳が地に落ちると煽り,さらにもしヒラリー政権になれば間違いなくどうしようもなくなると煽った*1.歴史家のマーク・リラが指摘するように,彼等は原理的なラディカルイスラム主義を敵視するが,考え方は驚くほど似ている.両方とも過去のやり方を復活させる英雄的指導者のみが社会をかつての黄金時代に引き戻せると考えているのだ.
粗悪な進化心理学的議論としてギンタスとボウルズの主張が取り上げられている.彼等のスロッピーな議論が現代のファシズムライトに影響を与えているなら,彼等に対するピンカーの辛辣な態度も頷ける部分だ.実際にスロッピーなグループ淘汰主義者はしばしばグループ淘汰による利他的傾向を「善」と扱うが,それと全体主義との関係についてどう考えているのかいつも疑問に感じるところだ.(なおピンカーの筋悪グループ淘汰主義者への反論についてはhttps://www.edge.org/conversation/the-false-allure-of-group-selection参照,このコメントについての私のブログエントリーはhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20120714/1342252016以降にある)
ギンタスとボウルズによるグループ淘汰を用いて戦争時の自己犠牲的傾向が人類の利他的傾向を生んだと主張する本.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20180314/1520983936
- 作者: サミュエル・ボウルズ,ハーバート・ギンタス,竹澤正哲,高橋伸幸,大槻久,稲葉美里,波多野礼佳
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*1:アントンはこの状況を911のハイジャック事件にたとえ,「今すぐコックピットに突撃しなければ死んでしまうぞ」と言うエッセイを書いているそうだ