Virtue Signaling その4


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第3エッセイ なぜわざわざしゃべるのか

 
次のミラーのエッセイは言語について
 

  • 1990年代,私はポピュラーサイエンスの雑誌である「New Scientist」誌の大ファンだった.私の最初の本「The Mating Mind」に対しては好意的な書評を掲載してくれたし,執筆者や編集者に知り合いもできた.2002年に彼等は「科学におけるビッグクエッション」という特集を組むことにし,私に寄稿するようにいってきた.
  • 当時何がビッグクエッションなのかはよくわからなかったが,言語と信号理論についてはしばらく考えていた.「The Mating Mind」においても言語について1章をさいたし,1994年に出たピンカーの「The Language Instinct」,1996年のダンバーの「Grooming, Gossip, and the Evolution of Language」,1997年のディーコンの「The Symbolic Species」に魅せられていた.それまで100年間も評判が悪く単に思弁的であるに過ぎないと思われていた「言語の進化」への興味についてのルネサンスが1990年代に始まりかけていたのだ.
  • しかしこれらの言語進化理論はキーイッシューを見逃していると思った.これこそビッグクエッションだ.これらの理論はみな人々がなぜ情報を持っている他人の話を聞くのかを説明していた.しかしこれらはそもそもなぜヒトは内容のあるコンテンツを話すのかについて説明していなかった.それがこのエッセイの焦点だ.

 
確かにこれらの本はみな90年代に出版され,非常に刺激的だった.ピンカーとダンバーについては出版直後に入手して読んだことを思い出す.
 

The Language Instinct: How The Mind Creates Language (P.S.) (English Edition)

The Language Instinct: How The Mind Creates Language (P.S.) (English Edition)

言語を生みだす本能(上) (NHKブックス)

言語を生みだす本能(上) (NHKブックス)

  • 作者: スティーブンピンカー,Steven Pinker,椋田直子
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 1995/06/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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Grooming, Gossip and the Evolution of Language (English Edition)

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ことばの起源―猿の毛づくろい、人のゴシップ

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The Symbolic Species: The Co-evolution of Language and the Brain (English Edition)

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ヒトはいかにして人となったか―言語と脳の共進化

ヒトはいかにして人となったか―言語と脳の共進化

 

How did language evolve?   In H. Swain(Ed.) Big Questions in Science, pp. 79-90 (2002)

 

  • 私たちはしゃべる.チンパンジーはしゃべらない.なぜだろうか.言語を説明することはヒトの進化におけるビッグクエッションであり,進化心理学にとってもキーになるチャレンジだ.しかし動物のコミュニケーションを調べれば調べるほどヒトの言語は謎めいて見えるようになる.
  • 25年前には言語を説明するのは容易だと思われていた.ジョン・ファイファーは1960年代の後半に「言語は後期旧石器時代革命と同時に進化したに違いない」と論じた.ヨーロッパで4万年前に生じた突然の洞窟絵画や彫刻や埋葬儀式や複雑な道具の出現と同時に言語も現れたと説明したのだ.フィリップ・リーバーマンは1970年代の初めに喉の化石の構造から見てネアンデルタール人は言葉をしゃべらなかったと主張した.そしてコンラード・ローレンツのような動物行動学者は「動物は世界についての有用な情報を共有する」というさらにナイーブな見解を持っていた.
  • これらの主張を合わせるとこぎれいな物語になる.「言語はヒト以外のどの種にも現れなかった.それはヒトにおいてのみ4万年前にグループ内で情報を共有するために進化した.一旦言語が進化すると私たちはすぐに文化,文明,そして引用カウントを発明した」

 

  • 問題は新しく得られた証拠に照らし合わせるとこれらの主張はなり立たないということだ.
  • 言語が4万年前に進化したのなら,サブサハラアフリカの人々やオーストラリアアボリジニが言語を持っているのをどう説明するのだろうか.言語がヒトのユニバーサルで,サピエンスが少なくとも10万年前にアフリカに出現したのであれば,その時点で言語はあったはずなのだ.古生物学者はネアンデルタール人についてのリーバーマンの主張も覆した.確かに彼等はサピエンスの言語の母音のいくつかを発音しにくかったかもしれないが,その喉の構造は全くしゃべれないというものではなかったのだ.
  • 最も重要なのは1978年にドーキンスとクレブスが動物コミュニケーションについての考え方を革新してしまったことだ.彼等は動物たちが有用な情報をライバルである同種個体に広く共有しようとするはずがないと指摘した.そのような共有は利他的であって進化するのは難しいのだ.
  • このドーキンス/クレブス革命以降,生物学者は動物たちが送っている信号のほとんどは世界についての情報などではないことを見いだしてきた.それは送信者の情報だったのだ.
  • 多くの動物信号は送信者の種,性別,年齢,場所を示す.それ以外では送信者のニーズというものもある(鳥のヒナが餌をねだる場合はそうだ).そして最もありふれているのは送信者の質を示すものだ.その健康,エネルギーレベル,頭の良さ,優れた遺伝子を示して,捕食者をあきらめさせ,性的ライバルを撤退させ,求愛するのだ.それは例えば「僕は健康なオスだよ,交尾しよう」といっているのだ.シグナル自体は込み入っているいることもあるが,そのメッセージは驚くほどシンプルなのだ.
  • 動物は滅多に世界のありようについての情報の交換をしない.確かに働き蜂は餌のありかをダンスで示すし,警戒コールを行う動物もいる.これらの信号であっても,それはシンプルで定型的だ.そしてそれ以外の場合動物たちは世界の情報に対しては非常に寡黙なのだ.
  • これらを考えると,ヒトの言語は進化的視点から見て謎に満ちている.なぜ私たちは真実でもなく,誰かに関わり合いがあるわけでもないことをわざわざしゃべるのだろう.ここで進化的に見ると,誰かのためやグループのためにしゃべるというのは説明にならないこと,言語が何らかの突然変異で一気に現れたりしないことを理解しておくのは重要だ.
  • 心理学,言語学,遺伝学の証拠からみてヒトの言語は複雑な適応産物だ.それは漸進的に進化したはずであり,発言者のメリットがコストを(平均して)上回り続けたことを意味する.コストとは有用な情報をライバルに与えてしまうことだ.では発言者のメリットは何だろう.多くの議論は発言者のメリットを考察していない.これはピンカーやビッカートンやディーコンの議論の弱点だ.そしてこれは(言語の理解のみを調べる)類人猿言語リサーチプロジェクトの弱点でもある.
  • ロビン・ダンバーの議論はこのメリットを考慮している.彼は言語は類人猿の毛繕いの延長だと主張した.グループ内での社会関係を築くことができるのは発言者のメリットでありうる.
  • ダンバー説の問題は,なぜおしゃべりにコンテンツがあるのかを説明できないことだ.毛繕いの延長なら単に意味のない声を出して歌っていても十分なはずだ.ダンバーは毛繕いの延長だからこそ私たちの会話のほとんどは無意味なのだと冗談めかして語っているが,しかしその内容が無意味だとしても,そもそも天気やカリフォルニアの電力事情について話すのはなぜなのだろうか.

 

  • この問題を解決するには1986年に人類学者のロビンズ・バーリングが提唱した理論をアプデートする必要があると考える.バーリングはすべての社会で男たちはその発話能力で社会的地位を得るのであり,その社会的地位は魅力的な女性たちとの繁殖機会で報われるのだと主張した.つまり言語は鳥のさえずりを同じく性淘汰産物だということだ.
  • 問題はバーリング説はなぜ女性もしゃべるのかを説明していないことだ.多くの性淘汰装飾はオスのみに発現する.多くの動物ではオスが求愛アピールを行い,メスが選ぶからだ.鳥のメスはさえずらない.ではなぜヒトの女性はしゃべるのか.
  • 「The Mating Mind」において私はなぜ男性も女性も面白いことを言おうとするのかを理解しようと試みた.多くのほかの霊長類と異なり,ヒトは長期的性的関係を形成し,その中で子どもを作り育てる.ヒトの男性はどの霊長類のオスよりも子育てに投資するので,長期的相手を選ぶときにより選り好もうとするのだ.祖先の男性が女性の相手をしゃべる能力に基づいて選り好んだら,女性もしゃべるように進化するだろう.つまり双方向配偶者選択が言語能力が両性に見られることを説明する鍵になる.
  • バーリング説はダンバー説と同じく,コンテンツの問題を解決できていない.私は脳の大きな動物は求愛時に何を見せびらかすようになりやすいのかを考えるといいと思う.知性が生存と社会生活にとって重要ならそれを求愛相手に広告するのは良い考えだ.そして言語は豊富なコンテンツを扱えるのでそのインディケーターとして特別に優れている.私たちは思考やフィーリングを言葉に込める.だから求愛相手はその思考やフィーリングに触れることができるのだ.私たちは言語を通じて相手の心を読むことができる.だから(単に身体や装飾ではなく)その心によって相手を選り好むことができる.ほかのどんな動物にもこんな事はできない.
  • 言語は,私たちの祖先が配偶相手を相手が考えていること,覚えていること,想像できることを元に選んだからこそ進化したのだ.先史時代のシラノやシェラザードは(口べたな)ホーマー・シンプソンよりうまくやれただろう.彼等はいつも真実をしゃべっていたわけではない.しかし彼等の言語能力は彼等自身について,その質の高さやパーソナリティについては真実を語っていたのだ.そしてそれこそ配偶相手を選ぶ上では重要なのだ.
  • 現在言語は単に求愛に使われているだけではない.しかしその起源は,その他の動物の複雑なシグナルと同じく.祖先たちが恋に落ちたやり方にあるのだと考えている.

 
改めて読んでみて,この言語起源性淘汰産物説は説得的だと思う.言語はしゃべっている内容の真実性を担保するようにはデザインされていない.しかし発言者の質については確かに真実を語っているのだ.今日この説明は言語進化周りであまり聞くことはないが,再考に値するものだろう.おそらくミラーもそう考えてここに収めたのだと思う.