Virtue Signaling その3


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第2エッセイ ハンディキャップ原理

 
第2エッセイはザハヴィが提唱し,グラフェンが数理モデル化して世に受け入れられたハンディキャップ原理が採り上げられている.オリジナルはザハヴィの本への書評文であり,この書評についての解説はこうなされている.

  • スタンフォードの院にいたとき(1987~1992),私は配偶者選択型の性淘汰の理論とリサーチに取り憑かれていた.それはとても魅力的で力強く刺激的な進化プロセスに思えた.私はピーター・トッドと性淘汰のコンピュータシミュレーションアルゴリズムを開発し,共著で論文を書き,学生に性淘汰を教え,1993年にヒトの脳の増大を性淘汰で説明する論文を書いた.この論文はその後「The Mating Mind」につながった.
  • 性淘汰の様々な理論を吟味しているときにアモツ・ザハヴィのハンディキャップ原理の論文(1975)に出合った.それは非常に反直感的な議論でその真偽は当時進化生物学の大きな論争になっていた.しかしそれは私に突き刺さった.一旦ザハヴィのアイデアになじむとその適用範囲はあらゆる場所に広がることが実感できる.1990年代の中頃にはザハヴィのアイデアは最も深い進化理論の1つだと考えるようになっていた.それは進化心理学だけでなくゲーム理論,信号理論,消費理論,政治にも適用可能だ.そしてそれはヒトの「Virtue Signaling」のコアにあるのだ.
  • だから私はザハヴィ夫妻が1997年にハンディキャップ原理を解説する本「The handicap principle」を出版したときには大変嬉しかった.そしてEvolution and Human Behavior誌にこの書評を書いた.
  • 1年後この原理に関するカンファレンスをロンドンで開いた.そしてザハヴィその人を講演者の1人として招くことができた.ザハヴィは「ハンディキャップ原理が,単に性淘汰装飾だけでなく,私たちの行動についての理解を深めるかについての素晴らしく刺激的で野心的な講演をしてくれた.そしてそのヒトの行動には「Virtue Signaling」も含まれるのだ.

  

The Handicap Principle: A Missing Piece of Darwin's Puzzle (English Edition)

The Handicap Principle: A Missing Piece of Darwin's Puzzle (English Edition)

生物進化とハンディキャップ原理―性選択と利他行動の謎を解く

生物進化とハンディキャップ原理―性選択と利他行動の謎を解く

  • 作者: アモツザハヴィ,アヴィシャグザハヴィ,長谷川眞理子,Amotz Zahavi,Avishag Zahavi,大貫昌子
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 2001/06/10
  • メディア: 単行本
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Book review of ‘The handicap principle’ by Amotz & Avishag Zahavi Evolution and Human Behavior, 19(5), 343-347 (1998)

 

  • 進化は効率性を最大化する.でしょ? 自然淘汰は適応度を最大化し,コストを最小化するように働くはずだ.このダーウィニアン効率性原理は明白で普遍的に思われる.
  • しかしこの重要で魅惑的で突飛な本はこの効率性原理が成り立たない状況を指し示す.それはとても特異的で限定的状況のように思われるかもしれないが実際には非常に広い.ハンディキャップ原理は,ある生物個体が別の生物個体に自分の「質の高さ」を示そうとするときに,唯一の可能な方法はそれを大きな適応度コストとして示すことだと主張するものだ.つまり「効率的な」シグナルでは質の高さを伝えられないのだ.馬鹿げた無駄遣いでしかそれを示すことはできない.(クジャクの羽の例をあげて具体的な説明がある)
  • この考えは奇妙で反直感的に思えるが,しかし私は正しいと思う.そしてこれは進化心理学とヒトの行動について非常に広いインプリケーションを持つ.
  • この原理はダーウィンの性淘汰理論,ハミルトンの血縁淘汰理論,トリヴァースの互恵性理論に比肩できるほど重要だ.そしてそれは配偶者選択リサーチの基礎となり,利他行動について血縁淘汰に対するラディカルな代替理論を提供する.本書には推測も多く含まれ詳細には誤りも含まれるだろう.しかし本書は進化生物学者と心理学者にとっては必読書だ.

 

本書について

 

  • 本書はザハヴィ夫妻によって書かれ,その娘夫妻によってヘブライ語から英語に翻訳されている.美しいクジャクの羽の絵がデザインされたカバーが掛かり,素晴らしいイラストにあふれている.
  • 4ページのイントロダクションで彼等の議論が簡潔に要約されており,例としてはガゼルのストッティングが使われている.この例は生物学的なゲームで真にゼロサムであるものは非常に少ないことをよく示していると思う.捕食者と餌動物でさえ時に共通の利益を持ち,それがコミュニケーションの基礎となるのだ.
  • 本書ではハンディキャップ原理を用いた信号の例が広く何百も紹介されている.その中には警告色,オス間の儀式的闘争,配偶者選択,親子コンフリクト,社会性昆虫のフェロモンシステム,鳥の共同ねぐら,そして粘菌の細胞間のシグナルが含まれる.
  • いくつかの章の議論は非常に説得的で,いくつかの章のそれはやや怪しげだ.しかし通説に挑戦する著者の気概は新鮮だ.読んでいくとなお多くの動物行動がまだグループ淘汰的なフレームで理解されていることに気づかされる.ザハヴィはそのような(いかがわしい)議論を強い怒りと皮肉を込めてたたきつぶしている.本書の理論的明晰性と革命的オーラは大学のセミナーでのケーススタディにもってこいだろう.

 

ハンディキャップ理論の苦難

 

  • ハンディキャップ原理は最初1975年に(つまり20年以上前に)アモツ・ザハヴィによって提唱された.それは性淘汰を巡る理論生物学に論争を巻き起こした.そしてごく最近1990年代になってから受け入れられ始めた.それでもまだ多くの生物学者にとってこの原理は,ネッカーキューブのように,あるときに自明に思え,そしてあるときには数理生物学の深い謎あるいは矛盾に思えるようだ.
  • 自明というのは校庭で子どもが何かを主張するにはとんでもないことをやらかすのが一番であるのは明らかだし,ウェブレンの顕示的消費の議論にも似ているところがあるからだ.
  • 片方で矛盾というのはこういうことだ.ハンディキャップ原理は信号が効率的な信号であるためには非効率的な無駄を要求されることを意味する.しかしこれは適応の基本的基準である効率性,安定性,種内普遍性,複雑性と相容れないように思われるのだ.ハンディキャップシグナルは非効率的で,安定性がなく(個体が少しでも弱ると信号は瓦解する),種内で異なるのだ.そして複雑である必要はない,単にコスト高であればいいのだ.
  • いずれにせよハンディキャップ原理の存在により適応の同定については新しい基準が必要になった.進化心理学のヒトの行動の適応を同定する基準にも改定が必要だ.
  • 1つの例は音楽だ.これまで多くの論者が音楽についてその才能に個人差が大きく,コスト高で機能がなさそうであるので適応ではないと見做してきた(ピンカーのチーズケーキ説はその1つだ).しかしハンディキャップ原理によるとこれはまさに質のシグナルとして期待される特徴になる.
  • 実際に本書は方法論的な悪夢であり,多くの論者にとって受け入れがたいかもしれない.ザハヴィは本書において様々な戦略の共進化を提示しているが,正式なゲーム理論モデルとそのナッシュ均衡の形を用いているわけではなく,示している均衡がただ1つであることも示していない.多くは反直感的な機能的仮説の形で示され,実験的証拠や信号の変異が機能にどう影響を与えるかの議論を提示していない.フィールドの観察とその機能についての推測が述べられているだけだ.
  • 著者については読むものの視点によって(1)ドーキンスを超えるハイパー適応主義者(2)フロイトのような興味深いエセ科学者(3)ヴィクトリア朝博物学者(4)動物の信号理論,性淘汰理論,血縁淘汰理論,利他行動理論に新しい活力を吹き込む情熱的で創造的な生物学者など異なって見えるだろう.私はこの最後の視点をとる.

 

  • しかしながらヒトの行動に適応主義を適用することに懐疑的な生物学者は次のようなことを指摘するだろう.「それはいかにもパングロス的だ.もしヒトの心の特徴が効率的で安定性がありユニバーサルであればそれをダーウィニアン適応と呼び,しかしそれが非効率的ですぐに瓦解し個体差が大きいのならそれはザハヴィアンハンディキャップと呼ぶというのだから.適応とハンディキャップの基準が完全な相補性を持つ以上,それは何も説明できていないだろう」
  • この非難を避けるために進化心理学者は適応を認識するための方法論的基準を持たねばならない.
  • ハンディキャップ原理は,個人差は大きく,遺伝性が高く,多くのヒトの社会的経済的文化的求愛的行動は互いに自分の質の高さを広告しているものだということを示唆している.これはコスミデスたちのヒトの心のユニバーサルな特徴についての標準的な見方と異なるものになる.ハンディキャップ原理は個人差について進化心理学に再考を促しているのだ.おそらくハンディキャップ原理は進化心理学と行動遺伝学の奇妙な愛と憎しみの関係の橋渡しをすることができるだろう.

 

利他性

 

  • 本書の目玉は第12章におけるアラビアチメドリの観察を元にしたザハヴィの互恵性利他仮説への力強い批判だろう.ザハヴィはこの群集性の鳥を30年にわたって観察し,多くの利他行動を見つけた.彼等は捕食者に対する見張り役(歩哨)として行動し,非血縁個体と餌を分け合い,共同営巣し,捕食者にモビングする.
  • 互恵性利他仮説は彼等が(他個体に利他行動を押しつけようと)騙し合おうとすることを予測する.しかしチメドリたちは逆に利他行動を行うことを競い合うのだ.優位個体は積極的に歩哨役を務め,それを代わって行おうとする劣位個体を攻撃する.ザハヴィは優位個体は利他行動をハンディキャップシグナルとして自分の質を広告しているのだと主張している.
  • 特に興味深いのはザハヴィがハンディキャップ原理を利他行動についての(ゲーム理論的な精査にも耐えうる)グループ淘汰的議論に用いていることだ.
  • ザハヴィは2つの鳥のグループを想定し,質の広告のハンディキャップシグナルとして片方のグループは浪費的な餌の散財を,片方のグループはコストの高い利他行動を用いた場合を議論している.どちらのシグナルもゲーム理論的にはパレート最適な均衡になっていて,グループはそこから動けない.しかしグループ間では利他行動をシグナルとするグループの方が有利になる.
  • これはよくある伝統的なグループ淘汰とは異なり,(利他的行動シグナルは結局その個体の利益につながっているから)グループ内での個体利益とグループ利益のコンフリクトは存在しない.しかしながらそれは(ヒトに見られるような)純粋の利他行動への橋渡しをすることができるかもしれない.それは性淘汰を受けたハンディキャップ型利他主義ということになる.

 
 
私がハンディキャップ理論を最初に知ったのはドーキンスの「The selfish gene」の邦訳初版(当時の邦題は「生物=生存機械論」というひどいものだった.1980年)で,こんなとてつもない議論があるのだと(やや懐疑的に)紹介しているのを1986年頃読んだときだ.そしてその後「利己的な遺伝子」に改題された第二版(1991年)で,それはおそらく正しいのだとグラフェンの数理モデルの要旨と共に註において解説されていた.そしてそのグラフェンの数理モデルが論文として出版されると共に行動生態学で受け入れられていく.このグラフェンの数理モデルは大変重要な仕事だと思うが,日本語で数理的な詳細が解説されているものは私が知る限りない.大変残念なことだ.
 

利己的な遺伝子 (科学選書)

利己的な遺伝子 (科学選書)

  • 作者: リチャード・ドーキンス,日高敏隆,岸由二,羽田節子,垂水雄二
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 1991/02/28
  • メディア: 単行本
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提唱者ザハヴィ自身による「The handicap principle」は出版直後にニューヨークの書店で発見してそのまま読み始めた記憶がある.様々なイラストと共に説得的な議論が展開され非常に面白かったのを良く覚えている.私が手にしたハードカバーも表紙カバーはクジャクだった.ミラーが「Virtue Signaling」の表紙にやはりクジャクの羽を使っているのは,このザハヴィ本へのオマージュでもあるのだろう.
 
アラビアチメドリの見張り役に関するザハヴィの議論も印象的でよく覚えている.現在ではハンディキャップ原理による利他性の説明は,血縁淘汰や直接互恵性,間接互恵性を補足するものとして捉えられていることが多いと思う.グループ間で異なるシグナルが用いられたときの利他行動がシグナルになったグループの有利性の議論がこの本にあったことは忘れていた.この議論はまさに「協力的な種」でボウルズとギンタスが得意そうに「弱いグループ淘汰」として定式化していた議論そのもので,彼等があそこにザハヴィを引用していないのはまたも醜悪な取り扱いだといわざるを得ないだろう.

 
いろいろ問題含みのボウルズとギンタスの「協力する種」.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20180314/1520983936

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

  • 作者: サミュエル・ボウルズ,ハーバート・ギンタス,竹澤正哲,高橋伸幸,大槻久,稲葉美里,波多野礼佳
  • 出版社/メーカー: NTT出版
  • 発売日: 2017/01/31
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