第2章 「利己的な遺伝子」の定義と洗練化 その10
概念の整理を行う第2章.テーマは遺伝子の定義.2番目に解説されるのは,遺伝子を物理的実体として捉えるのか,抽象的な違いを作るものとして捉えるのかという問題になる.オーグレンは遺伝子にはタイプ概念のものとトークン概念のものがあることを指摘する.ここから遺伝子視点にとってはどちらが親和的なのかをめぐる様々な立場が解説される.
2-2 利己的な遺伝子とは何か その7
2-2-2 利己的な遺伝子はトークンなのかタイプなのか その2
- タイプ概念とトークン概念のどちらがよりうまく遺伝子視点を定式化できるのかについては議論がある.
- ガードナーとウエルチ(2011)はトークン概念により好意的で,最適化理論の数学を使って遺伝子を包括適応度最大化エージェントとするモデルを作り上げた.そこでは遺伝子は物理的オブジェクトであり,DNA配列の一断片だ.この分析の中心的な結論は「遺伝子は必ずしも利己的ではない.それは他の遺伝子に対して利他的に振る舞うこともあるし,スパイトフルに振る舞うこともある」というものだ.彼らは,「利己的な遺伝子」を「利己的」にとどめるただ1つの方法は,「利己的であること」の定義を「進化的に成功するもの」というつまらないものにすることだと主張している.
ガードナーは著名な包括適応度理論家の1人であり,この論文も包括適応度,そして遺伝子視点支持の立場から書かれているものになる.
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- ヘイグは彼の戦略的遺伝子フレームワークにおいて遺伝子をタイプとして扱う.このアプローチはドーキンスの「利己的な遺伝子」にある「利己的な遺伝子とは何か」という描写を忠実に追求したものだ.そこでは利己的な遺伝子について「それは単なる物理的なDNA配列ではない.・・・それはある特定のDNA配列の複製体であり,世界にばらまかれているものだ」とされている.タイプアプローチの1つの結論は,遺伝子はある個体のある場所に物理的にあるわけではないということだ.ヘイグは,「そうではなく,戦略的遺伝子というのは,ある特定のトークンにより伝達機会が影響を受けるすべてのトークンの集合体なのだ」と主張している.このアクタートークンとレシピアントトークンは同じ生物個体にあるかもしれないが,そうでない場合でもこのアプローチはうまく働く.
前回も指摘したようにヘイグの「戦略遺伝子」は遺伝子をタイプ的に捉えている.ガードナーもヘイグも遺伝子視点支持者だが,微妙に力点が異なるのは興味深い.
あるいはヘイグは遺伝子を「過去から受け継がれた情報の蓄積(タイプ)」と見なし,その「意味内容」を重視し,ガードナーとウェルチ: 遺伝子を「次世代へコピーを送り込むための物理的な因果的ユニット(トークン)」と見なし,その「最適化の論理」を数理的に記述したいということなのかもしれない.オーグレンは次のようにコメントしている.
- タイプを好むかトークンを好むかはある意味趣味の問題だ.
- トークンアプローチには個体レベルの社会進化の数理モデルの伝統を生かせるというメリットがある.特にゲノム内コンフリクトを分析する際には,異なる包括適応度を持つ遺伝子トークンを考えることが役に立つ.
ここで参照されているのはガードナーとウベダによる論文
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
個体内に個別のトークンがあり,トークン間で相互作用があり,それぞれ別の包括適応度を持つというフレームでゲノミックコンフリクトを解析している論文のようだ
- これに対してタイプアプローチはドーキンスのオリジナルな議論に近い.「遺伝子の究極のゴールは集団の中での遺伝子頻度を高めることだ」という考え方は遺伝子をタイプとして捉えていないと意味がない.これは第1章で指摘したウィリアムズとドーキンスの議論のより正確な呼び方は「アレル視点」だという主張を強調するものでもある.
ここで参照されているのはサミール・オカシャの著書とそれに対するデネットの書評に対する返信になる.遺伝子のタイプ性とトークン性が哲学者同士の議論の場になっていることがよくわかる.
- ガードナーアプローチもヘイグアプローチもドーキンスが好んだ進化理論のエージェント的アプローチに親和的だ.エージェント概念については第3章で詳しく扱う.

