The Gene’s-Eye View of Evolution その40

 

第2章 「利己的な遺伝子」の定義と洗練化 その14

  

2-3 レプリケータとヴィークル その4

 
概念の整理を行う第2章.2番目の概念整理は「レプリケータとヴィークル」.この問題について整理した哲学者のエリザベス・ロイドは4つの問題を切り分けた.再掲するとこうなる.
 

  1. レプリケータとは何か?
  2. 相互作用子(ヴィークルと同義)とは何か?
  3. 適応はどこで生じるか?
  4. 淘汰の受益者は何か?

 
オーグレンは第3の問題まで概説した後,第4の受益者の問題を詳述する.

 

2-3-1 ロイドの4つの質問とレプリケータの不滅性 その2

  

  • 遺伝子視点は,受益者の問題こそ最も重要だという確信の上に構築されている.この観点から考えると,なぜウィリアムズやドーキンスがあのような曖昧な遺伝子の定義でよしとしているのかが理解できる.
  • 遺伝子視点は複雑な適応の進化的起源に興味を持っている.そして自然淘汰のロジックの解明のためなら,喜んで遺伝子の構造の分子的詳細を犠牲にする.このトレードオフのコストは,個体の視点から見ると意味のなさそうな現象(たとえば真社会性昆虫のワーカーの不妊性,ゲノミックコンフリクトなど)を自然淘汰で説明する時の威力により十分にひきあうものになる.逆に,発生生物学の問題のように分子的詳細が重要な問題に対しては,このコストは見合わないものになる

 
最初に包括適応度理論に触れたり,「利己的な遺伝子」を読んだりした時の,最大の知的感動はまさにこの受益者の問題だ.自然淘汰で形成される適応形質は,それを発現している生物個体の利益の最大化に必ずしも繋がらないというのは,自然淘汰の説明を聞いた直感的な理解者にとってまさに驚くべきことだ.そしてそれはウィリアムズやドーキンスが遺伝子の不滅性を強調することに繋がる.
 

  • ドーキンスやウィリアムズがなぜレプリケータのユニークな特徴をあれほど強調するかについても,彼らが受益者問題を中心に据えていることから理解できる.それらの強調されている特徴の中でも特に重要なのは,「レプリケータは潜在的に不滅だ」という点だ.

 
ここで編集者が「利己的な遺伝子」というタイトルに難色を示して,代案として「不滅の遺伝子」を提示したという逸話が紹介されている.これはドーキンスが「利己的な遺伝子」の30周年記念版の序文で触れているものだ.
 

 

  • 「レプリケータは不滅であり,だから自然淘汰の受益者である」というのは,それが進化プロセスを生き延びうる主体であるということを意味している.ウィリアムズもドーキンスも,個体はせいぜい数十年の寿命しか持たないが,遺伝子は千年単位,百万年単位の寿命を持つと書いている.単一世代では進化は起こらない,そしてレプリケータだけが世代を越えて生き延びうるのだ.
  • 世代を超えて系統を作れるレプリケータは生殖細胞の中にいるものだけだ.ドーキンスはそのようなレプリケータを「アクティブ生殖系列レプリケータ(active germ-line replicators)」と呼んでいる.体細胞で生じるどのような突然変異遺伝子も「行き詰まりレプリケータ(dead-end replicators)」ということになる.
  • アクティブ生殖系列レプリケータは繰り返し世代を超えて自然淘汰に晒される.しかしながら個体はそうではない.成功するレプリケータの突然変異は伝達されるが,個体の表現型の変化は伝達されない.芋虫に食われた植物の葉は次の世代に伝達されないのだ.結果として,レプリケータのみが,適応を引き起こすために必要な累積的淘汰をうける進化的な持続性を持つのだ.

 

  • 個体ではなくレプリケータのみがトレースバックできる系統をつくるというアイデアは,アウグスト・ヴァイスマンの「生殖細胞質の継続性」というアイデアに遡ることができる.精子と卵子に繋がる不滅の生殖系列細胞と,個体の死亡とともに滅びる体細胞の区別を最初に導入したのはヴァイスマンなのだ.このアイデアはラマルクの獲得形質の遺伝というアイデアの否定に重要な役割を果たした.
  • 今日振り返って考えてみると,この滅する体細胞と不滅の生殖細胞の区別というアイデアは,レプリケータとヴィークルの区別の早期のバージョンと見ることが出来る.ドーキンスはヴァイマンにヒントを得たことを「利己的な遺伝子」の中で明確に認め,のちにヴァイスマンを「利己的な遺伝子概念の父」と呼んでいる.

 
ヴァイスマンについては論文「Das Keimplasma: eine Theorie der Vererbung(生殖質:遺伝の理論)」が参照されている.
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