The Gene’s-Eye View of Evolution その34

 

第2章 「利己的な遺伝子」の定義と洗練化 その8

 
概念の整理を行う第2章.テーマは遺伝子の定義.遺伝子視点による「違いをつくる遺伝子」とは,自然淘汰が働くに十分な世代間保たれる染色体の部分ということになる.最初に問題になったのは,具体的にどの程度の長さの配列をさすのか(厳密な長さの定義が出来ないではないか)ということだった.ウィリアムズやドーキンスはこの点に関しては柔軟で当該適応を考えるのにたる程度一体化して世代を越えるものであれはよいとしている.ここでオーグレンは別の角度からの批判を取り上げる.
 

2-2 利己的な遺伝子とは何か その5

 

2-2-1 利己的な遺伝子の長さはどれほどか その2

 

  • 遺伝子視点の遺伝子概念に対するもう1つの批判は正反対の方向からなされた.もし組み替えが徹底的になされたなら,どのような染色体の部分も淘汰単位として働くのに十分な世代保たれないだろうというものだ.これを極端に突き進めるなら遺伝子として扱えるのは単一の塩基だけということになる.

 
オーグレンはこのような批判の出典としてグリフィスとステレルニーの「Sex and Death」を挙げている.ただし実際に当該部分を読んで見ると,誰かが実際にそう批判したというより,「延長された表現型」の中でドーキンスが仮想的な批判として持ち出しているものであるようだ.

邦訳についての私の書評は
shorebird.hatenablog.com

 

  • ドーキンスはこのような批判を「利己的な塩基理論」と呼び,遺伝子の「違いを作るもの」という側面を強調して反論した.単一塩基は表現型を持ちえないが,より長いDNA配列は持ちうるのだから,「遺伝子」を議論することにはなお意味があるのだと主張したのだ.(延長された表現型からの引用がある)

 

  • 「利己的な塩基理論」へのもう1つの反応の仕方は,それを認めて受け入れることだ.アレックス・ローゼンバーグは最近の生物学哲学を特徴づける考え方を「理不尽な二元論」として批判している.
  • ローゼンバーグがここで問題にしている二元論とは,多くの生物学哲学者,進化生物学者が「宇宙にあるすべてのものは物理的な実体であると信じている」と同時に反還元論の立場に立ち「生物学的現象の説明を物理や化学ではなく,遺伝子,生物個体,集団のレベルで求めること」を指している.実際にしばしば「生物学を物理学に還元できないこと」が生物学が独自の科学的原則を持つ根拠とされる.ローゼンバーグはこのような二元論が,インテリジェントデザイン論や生気論(生物は何らかの非物理的構成要素を持ち,非生物と根本的に異なっているという考え方)に道を開くのだと批判しているのだ.

 
ローゼンバーグは徹底的な還元論支持者で知られる.遺伝子についても機能の視点持つプログラムの最小単位として核酸の塩基構造を捉えるべきだと主張しているようだ.

 

  • ローゼンバーグは還元主義を強烈に擁護する.ここで特に関連性があるのは彼の「自然淘汰については,集団の1つあるいはもっと下のレベルで働く物理法則を考察しなければならない.最も基礎的なレベルにおいて,淘汰は最も安定的で複製効率の高い原子と分子の集合体にかかる.原理的には同じプロセスが上部の細胞,個体,集団にも適用される」という主張だ.
  • ローゼンバーグの論理の筋道をたどれば「利己的ヌクレオチド」という考え方が最初に感じられるほど馬鹿げているわけではないことがわかる.彼の議論は科学,特に生物学の還元主義についてのより大きな議論の一部となっている.
  • これと全く異なる見解についてはニコルソンとデュプレ(2018)を参照してほしい.

 
ニコルソンとデュプレ(2018)とは彼らが編集した「Everything Flows」という「プロセス的生物学哲学」についてのアンソロジーで,オープンアクセスとなっている.(Kindle版は無料)

 
「プロセス的生物学哲学」というのはどうやらすべてはプロセスとして捉えるべきだという存在論であり,ローゼンバーグの還元論とはまさに真逆の立場であるようだ.遺伝子についても発達システム論と親和的で,すべては文脈依存という立場のようだ.まさに遺伝子視点とは相いれない哲学的立場ということになるのだろう.