「ダーウィニズム」

ダーウィニズム―自然淘汰説の解説とその適用例

ダーウィニズム―自然淘汰説の解説とその適用例


本書は自然淘汰学説をダーウィンと独立に組み立て,その草稿をダーウィンに送ったことにより,リンネ学会での共同発表,さらにダーウィンによる「種の起源」出版のきっかけを作ったアルフレッド・ラッセル・ウォレスによる自然淘汰学説の解説本である.ウォレスは,自然淘汰説はダーウィンの学説だとしてその提唱者としての名誉を終生自分のものだと主張せず,ダーウィンを敬愛し続けたことで有名だ.本書の題名でもある「Darwinism」もそれを強調するウォレスの造語だということだ.


原書の出版は1889年.「種の起源」出版から30年後,ダーウィンの死から7年後に当たる.30年間の知見の集積と論争を踏まえて,一般の読者にダーウィン学説をわかりやすく紹介したいという趣旨で書かれている.そういう趣旨から様々なイラストも収められていてなかなか楽しい作りだ.いわば「種の起源」解説本ということだろう.(ダーウィンの「種の起源」は当時の一般の読者にとっても難解で晦渋だったということだろう)なお本書自体は1897年の第2版から訳されている.
本書は「種の起源」出版150周年ということもあって訳出されたということかもしれない.私にとっては「種の起源」を最近読んだこともあり,なかなか面白い読書体験になった.


ウォレスは本書の前半で,ダーウィンの「種の起源」の説明の順番を変えて,ダーウィンの説明要旨を繰り返しながらその内容を補足している.前半ではダーウィンの主張をきちんと伝えながら,30年間の知見の集積部分については特に自然における変異の大きさ,頻度が非常に大きいことがわかってきたことを強調している.これによりダーウィン理論では方向性のある進化が生じる理由が理解できないという批判に有効に反論できると考えていたようだ.


後半ではウォレス自身の様々な意見も表明している.特に動物の色については詳しい.ダーウィンと意見の異なった性淘汰,人間の進化についても解説されている.動物の体色についての解説は様々な動物のいろいろな例がイラストとともに取り上げられていて,ナチュラリスト振り満載で大変楽しい.擬態についての様々な議論もなかなか面白い問題が多く啓発的だ.


本書を良く読むと,性淘汰についてダーウィンが正しくてウォレスが間違っていたという単純な受け取り方は誤りだということがよくわかる.ウォレスは確かになぜクジャクやフウチョウのオスがあれほど鮮やかで風変わりであるのかを説得力を持って説明できなかった.しかしダーウィンもなぜメスがそんなものを好むのかを説明できなかったのだ.ウォレスが性淘汰を信じなかったのは,メスが選り好みをしているという証拠がなかったということもあるが,理論的には,メスがそんなものを好んでいればその子孫は厳しい生存競争から脱落するだろうと考えていたことが大きいことがわかる.それはダーウィンの議論の弱点をまさに正確に突いているのだ.結局この問題を解決するには,「メスは性淘汰形質を通じて真のオスの有利性を選んでいるのであり,それはハンディキャップシグナルだ」というザハヴィの洞察と「そのような信号が進化できる」というグラフェンの数理モデルが必要だったのだ.生物学者が後者の理解にまで行き着いたのはつい15年前であり,ダーウィンから135年,ウォレスの本書からでも100年近くの年月がかかったことになるのだ.


人間についてはウォレスの考えは時代の限界をあらわしているということもわかる.なおウォレスは自然淘汰では説明できないものとして,ヒトのいくつかの特質の起源(数学・音楽・美術などの能力,道徳能力)と並べて,生命の起源,意識の起源などをあげている.現在でもこれらがすべて解決しているわけではないことを考えると当時としては無理のない話だったのかもしれない.


本書は「種の起源」の副読本としても大変価値があるし,イラストも満載で様々な啓発的な事例も取り上げられていて読んでいて大変楽しい本だ.特にナチュラリスト振りは動物の体色についてだけでなく本書全体にちりばめられているもので,本書を大変魅力的にしてくれている.私のような歴史的な関心で読む読者でなくとも十分に読むにたる本であると思われる.



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  • 作者: アルフレッド・R.ウォーレス,Alfred Russel Wallace,新妻昭夫
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1993/08/01
  • メディア: 文庫
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伝記も出ているようだ.これは未読

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この本も一種の伝記だ.

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