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第15章 Darwinism Applied to Man ダーウィニズムの人間への適用
さて最終章はウォーレスが晩年神秘主義に走ってしまったと批判されることの多い人間の進化の問題だ.ウォーレスは人間の精神は自然淘汰により得られたものではないと主張したのだ.
まずウォーレスは人間の身体は自然淘汰による進化の産物だと認めている.証拠としては,頭皮を動かすことのできる筋肉を持つ人がいること,耳たぶにある耳介結節,盲腸,尾てい骨などの痕跡器官の存在,ほかの動物との胚発生の類似性,共通の感染症があることなどをまずあげている.また大型類人猿と良く類似していることをあげて,彼等が人間にもっとも近縁だろうと主張している.
もっともこの分岐は中新世であると推測しているのは致し方ないことだろう.しかし最初に直立が生じ,脳の増大は後だと推測していてなかなか鋭いところも見せている.起源地については肌の色の中間形が見られるアジアだろうと推測しているが,これは残念ながら粗雑な推測としか言えないだろう.あまり証拠もない時代のおおらかな推測という部分だ.
さてウォーレスはここから人間の知的性質に話を進める.
まず敬愛するダーウィンはどう言っているのか.ダーウィンは人の心的能力も自然淘汰により得られたと主張しているが,しかしその論拠を見ると動物との連続性を示すのみで,具体的にどのような淘汰が働いたかを説明していないとまとめている.確かにダーウィンは「感情」において自然淘汰的な説明をあまりしていない.
ウォーレスはまず数学的能力が直接の適応ではあり得ないと議論する.確かに農耕文明までは実用的な数学はなかったのだから,この主張は正しいだろう.
そしてウォーレスはそれを音楽的才能,美的才能についても同じだとする.これについては現代でもいろいろな議論があるところだ.私は性淘汰形質と考える方向に傾いているが,性淘汰を否定しているウォーレスにとってはこれも直接の適応性質ではないということにならざるを得ないだろう.
ウォーレスはそれらが適応でないことの傍証として,その変異が極端にばらついていること,文明化して初めて能力が開花することをあげている.ここでは適応としての潜在能力とトレーニングによる能力の向上,文化的な問題を混然と扱っていてちょっと議論が雑になっている.また時代の限界ということだろうが,「未開人」の能力についての偏見も少し見えるところだ.
そして適応性質ではないのだから,別の起源があるはずだという結論に飛びついている.ここでは何らかの適応としての能力の副産物ではないかという視点が飛んでいて残念なところだ.数学能力は読み書き能力などと同じく実際にはそのように説明されるべきものだろう.
そして同じように自然淘汰で説明できない特徴としてヒトの心の道徳性,利他性(殉教者の貞節,慈善家の無私,愛国者の献身)をあげている.これも実際に理解されるようになるのは1960年代のハミルトン革命の後だから,ある意味時代の限界なのだろうか.しかしダーウィンは少なくとも「コミュニティ」に利益があることは自然淘汰として進化しうるといっているのだから,ウォーレスとしてはこれに真摯に対峙すべきであっただろう.神秘主義に走ったといわれても無理ないところではある.
ウォーレスはさすがに気後れしたか,このような突然の別の原因としてしか理解できないものとして「生命の起源」「意識の起源」「ヒトの道徳性」をあげている.確かにこれらは現代でも完全に解決しているとは言えない問題であり,これに「言語の起源」を加えてみると様々な「創発論者」が跳梁跋扈している領域だ.当時未解決問題としてくくろうとしたウォーレスの立場も少し理解できる.
ウォーレスはこのようにヒトの道徳性を考えることにより,すべてが自然淘汰により進化したと考えたときに落ち込む虚無主義から逃れることができるのだと最後に本音を述べている.この問題(進化を認めることは虚無主義につながるのではないか)は今でも時折論争に影を落とす根の深い問題であり,ウォーレスはその深淵を垣間見たのだと評価することもできるのだろう.
さすがにこの最終章はちょっと残念な章だ.しかし創造論を別にしても,未だにこのウォーレスをも超えられない創発論者や進化教育否定論があることも考えると,本章は,ウォーレスが陥った虚無主義の罠が如何に人々にとって陥りやすいものであるかを示しているものでもあるのだろう.
ウォーレスのダーウィニズム 完
関連書籍
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人間の感情についてのダーウィンの本.動物との連続性が強調されている.
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