「これからの進化生態学」

これからの進化生態学 ―生態学と進化学の融合―

これからの進化生態学 ―生態学と進化学の融合―



本書はピーター・メイヒューによる進化生態学の入門書.若手研究者4人による邦訳となっている.原題は「Discovering Evolutionary Ecology」.私の感覚では「進化生態学」と言ったときには,進化的視点を含んだ生態学の一分野のようなやや狭い部分を指すようなことが多い気がしているが,本書のスコープは大変広く,行動生態学を含んだ進化生物学の大きな分野を扱っている.そしてその広いスコープにもかかわらず非常に密度の高い書物に仕上がっている.実際には入門書と言うより,統一テーマに沿って見事に書かれた総説論文のコレクションという感じだ.


本書を貫く統一テーマは,生態と進化は相互に絡み合っていて,あわせて考察することにより,より深い理解が得られるというものだ.そしてテーマごとに章立てされ,それぞれのテーマにおいてもっとも興味深い問題は何か,さらにもっとも本質的な理解は何かを整理してくれている.


まず導入の第1章が刺激的だ.進化と生態の興味深い関係を,メイヒューがもっとも面白いと思う例を提示することにより示そうというもので,扱われているのはヴィクトリア湖のシクリッドの同所的種分化に関するリサーチだ.それまでの学説のさわりを説明したあとで,配偶者選択により同所的な種分化が生じたのではないかと示唆するシーハウゼンの研究が紹介されている.色彩決定遺伝子と性決定遺伝子の多面発現があれば性比淘汰を通じて分断的配偶者選好が生じ,生態分化なしの同所的種分化が可能だというものだとされている.入門というには高度な内容だが非常に面白そうな研究で,読者の興味をまずぐっとつかもうという意図だと思われるが,それは成功していると言えるだろう.少なくとも私は一気に引き込まれた.


第2章以降は様々なテーマごとの総説だ.最初は進化生物学の中でも特に興味深く,ここ数十年で大きく知見が増えた部分が取り上げられている.ここは著者の力量が非常によくわかるところで,どのテーマも極めて明解に整理されている.また解説書や参考書の多い行動生態学の有名なところ(性淘汰,利他性の進化など)はあっさりと流され,題材も植物を選んだりして工夫が窺える.


第2章は,メイナード=スミスとサトマーリによる「主要な移行」と進化生物学最大の難問とされた「有性生殖の維持」がテーマだ.この深遠なテーマをわずか16ページで見事に裁いていてほれぼれさせられる.ハミルトン,コンドラショフそれぞれの主張も見事に要約されている.最後にアルダス・ハックスレーの有名な文句「An intellectual is a person who has discovered something more interesting than sex.」を引用して,進化生物学者にとってはこれは反語であると結んでいてそこも小粋だ.

第3章は飛行などの生態の進化とあわせて取り上げている.昆虫の翅が鰓から進化した筋道とか,コウモリの場合とか,最近流行の酸素濃度仮説とかが楽しく紹介されている.一旦飛べるようになったことがその後の進化にどう影響を与えるかもあわせて考察されていて興味深い.

第4章は生活史の進化.様々な最適化仮説の説明のあと,メイヒューが本質的な仮説として興味深いと考えている「成体の死亡率」仮説を紹介している.そしてこれは代謝スケーリングの3/4スケーリング指数の問題と結びつく.指数の謎についてはウェストの仮説を本質的な理解だとして紹介している.このあたりはあまり知識がなかった部分なので非常に参考になった.

第5章は性比と性配分,第6章は「分散と休眠」.いずれも.様々な最適化モデル,そして現在までの証拠が紹介されている.(ESSは分散のところで紹介される)当然ながらハミルトンのエレガントな解決が強調されている.第7章は限界値定理,血縁淘汰,性淘汰を植物を例にとって簡略に扱っている.内胚乳の利他性や花粉間競争などはなかなか興味深い.



第8章以降はより「生態」が前面に出ているテーマが集められている.


第8章は個体群動態.ミヤコドリの越冬地域での個体群動態を「行動ベースモデル」(環境に対する動物の行動特性の変化をモデルに織り込む手法)で解析した例や,HIVのホスト内でのウィルス進化,ヒトによる漁獲に対する進化的応答をモデルにいれた北大西洋のタラの個体群動態予測などが取り上げられている.また最後では「適応ダイナミクス」として適応の動的な経路を分析することの重要性が強調されている.メイヒューはダイナミクスを考慮すれば,静的な分析では不可能だと思われる進化動態が可能であると主張している.

第9章はニッチの進化.ジェネラリストとスペシャリストはどのようなときに進化するのか,そのモデルと実証研究が紹介されている.

第10章は共生,ここでは病原体の毒性の進化が非常に簡潔に説明されている.また相利共生はどのような経路で進化するのか,どのような場合に安定するのかも興味深い問題として取り上げられている.前者は感染経路との関係が面白いし,後者は大きな意味の利他性の進化の問題となる.制裁,ポリシング,繁殖の公平性などが並べて取り上げられていて面白い.

第11章は共進化.様々な共進化を総説したあとで,種分化や絶滅との関係,種数の動態,敵対的関係の動態が取り上げられている.ここで相加的量的遺伝モデルと遺伝子対遺伝子モデルの差異,頻度依存関係がある場合などが解説されていて,なかなか複雑で面白い問題であることがわかる.共進化では興味深い拡張として,地理的な構造を加えたものとして「共進化の地理的モザイク理論」も紹介されている.これにより病原菌の毒性モデルを作るとハミルトンの有性種無性種の分布予想と一致するなどなかなか興味深いところだ.


第12章以降は「種」や「系統」の問題になる.


第12章は種分化.繁殖隔離,遺伝的分化,生態的分化は必ずしも一致して進むものではないので様々な面白い問題が生じる.ここでは種間交雑による種の誕生,性淘汰,生態的分岐,適応ダイナミクスによる同所的種分化がだんだん認められてきた学説の進展を中心に解説されている.もっとも適応ダイナミクスによる種分岐は具体的にはあまり生じるとは思われないところだ.性淘汰によるものはシクリッド,生態的分岐にかかるものはリンゴミバエの例が紹介されている.
またもう1つの学説の流れとして,非適応的な種分岐(偶然の生殖隔離,創始者効果)のみを認める風潮から適応的な種分岐があり得るという方向も説明されている.

第13章は絶滅.単に個体数が減少するだけでなく,減少に伴い様々な進化的な力が加わりうることが解説されている.

第14章は大進化.時間的な傾向,空間的な傾向など大進化のパターンにかかる興味深い問題が紹介されている.ここは集団遺伝学的な適応にかかる進化動態とは特性が異なる現象であり,なかなか興味深い問題があることがよくわかる.

第15章はマクロ生態学.個体数,分布,多様性などの統計的なパターンを説明しようとする分野だ.身体サイズと種分岐頻度・緯度勾配,種数にかかる緯度勾配,などが解説されている.まだデータが集まりつつある段階で,理論化はこれからのようだ.


最後の第16章でもう一度生態と進化の関係を包括的に解説し,様々な興味深い問題は多くのテーマと絡み合っていることを強調し,これからの展望を語っている.


いずれのテーマも極めて明晰に整理され,読んでいて快感である.そしてその本質を強調した記述と,結論の簡潔さは,興味深いテーマをより深く勉強してみたいと思わせるに十分であり,そういう意味でも大変啓発的な本だと言えるだろう.本文230ページ弱で4200円と書店店頭ではなかなか高価に感じられるかもしれないが,内容の充実振りを考えるとお買得だと思う.進化生物学に興味があり,一定の基礎知識がある人には特に推薦できる.