「Natural Security」 第11章 対反乱戦略にかかるポピュレーションモデル

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


第11章はドミニク・ジョンソンとジョシュア・マディンによる反乱軍の制圧に生物学のポピュレーション動態モデルを使うという考察だ.これまでの章と違って思い切りプラグマティックな論考になっている.


ドミニク・ジョンソンは,進化生物学からスタートして政治科学へ転向したというキャリアを持つ.最近のリサーチフォーカスは,戦争における進化動態,進化心理が戦争に与える影響というあたりらしい.本章は前者に関するものだが,後者については第13章で論じている.これに関する著書もいくつかあるようだ.
ジョシュア・マディンは珊瑚礁の生態などをリサーチエリアにする数量生態学(computational ecology)が専門のようだ.本章もかなりcomputationalな論考になっている.



では早速内容を見てみよう.
反乱軍の制圧のためには早期の根絶が目標になる.これは害虫の根絶などのケースと同じ数理モデルが使えるだろうというのが発想だ.要するに反乱軍を数的に殲滅しようというのだからドライな発想だ.導入部では,イラクについて単純化したモデルを作って計算してみた結果は以下の2点になると紹介している.
1)2006年時点で計算した結果,ほかの条件が同じで,米国が現在の軍事的な改善傾向を続けるならば,あと4.5年で反乱は終結する.
2)もし反乱軍のリクルート率,死亡率を少し変えられるならその終結を0.5-1年に縮めることができる.


導入部のあとは,まず生態モデルの理解のポイント,その歴史が語られる.反乱軍について生態モデルを適応することにより,集団の維持,消滅にかかるパラメーターがなんなのかを理解できること,そして反乱軍の発生事態を防ぐことも可能になると説明している.


続いてモデルの概略を説明する.
(1)集団の初期サイズにはクリティカルマスが必要だとおく.
(その状態に達しなかった例として第二次大戦後のギリシアにおける共産主義ゲリラが挙げられている).この初期のうちは,小さな集団が絶滅しやすいのと同じで制圧が容易になる.だから反乱軍に対しては,できるだけ早く,強くたたくというのが戦略の基本になる.この戦略の問題点として,どのグループが反乱軍なのか,どれだけ危険なのかを見分けることが難しいこと,政治的な説明が困難なことが挙げられている.

(2)集団の増加要因としてリクルートを考える.
リクルートの効率性は様々な要因があり,そこから推測することは困難になる.モデルを作って,そこにデータを当てはめることによりある程度推定できる.

(3)集団サイズの抑制要因として最大キャパシティがある.
いわゆる生態モデルのKにあたる.これにも様々な要因があるが,概して何らかのリソースの供給のボトルネックが問題になる.関連事例としては,英軍がマラヤにおいて50万人の中国ゲリラをジャングルから出てこさせて要塞にこもらせて供給を絶った事例が挙げられている.またベトナムでは非常に小さな供給でもゲリラが機能し続けたことが知られているという.(なおこの密度効果は超大国の軍事行動にも当てはまるという)
供給を絶つには一定領域に押し込めるという手法も有効だ.完全制圧できなくても地域を分断するだけで効果がある.

(4)集団サイズの減少要因として死亡率がある.(もうひとつは集団からの離脱率になる)
考えているような時間サイズでは,死亡の大半は戦闘による殺戮によるものになる.(疫病も時に重大になる)結局リクルート率より高い殺傷率を保てば集団はつぶれると言うことになる.


モデルは次の形式になる.

N_{t+1}=N_{t}+r(1-\frac{N_{t}}{K})N_{t}-m_{t}  


ただしrはリクルート率,Kは最大キャパシティ,mは死亡数


これに実データを放り込み,パラメーターを推測し,さらに操作できるパラメーターを変えてみて将来の反乱軍の集団サイズをシミュレートし,その結果から政策提言を行うという作業を行うことになる.

実際のデータ,シミュレーションとしてはマラヤ反乱のものと,現在のイラクの状況のものが多数図示されている.


このあと本章ではシミュレーション結果を基に延々と議論がなされている.イラクの場合殺戮数を倍にすれば10ヶ月でつぶれるはずだとか,マラヤでは裏切りに報酬を与えて離脱率を上げたことが大きいとか,なかなかすさまじい.全体のトーンとしては殺戮数を上げるより,リクルート率を下げる方が効率的だという結論だ.人道的にはどうだとか言う議論はかけらもないところがいかにもアメリカ的だ.厳しい現実に直面しているのだと言うことだろうが,まずすさまじいとしか表現できないという感じだ.




関連書籍



ドミニク・ジョンソンの本

Overconfidence and War: The Havoc and Glory of Positive Illusions

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戦争において,私達ヒトの認知におけるオーバーコンフィデンスバイアスが如何に重要な影響を与えているかについての本らしい.



Failing to Win: Perceptions of Victory and Defeat in International Politics

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  • 作者: Dominic D. P. Johnson Alistair Buchan Professor of International Relations Department of Politics and International Relations,Dominic Tierney
  • 出版社/メーカー: Harvard University Press
  • 発売日: 2006/10/30
  • メディア: ハードカバー
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これもヒトの認識が,戦争遂行において合理的でないバイアスを与えていることについての本のようだ.