ダーウィンの「人間の進化と性淘汰」 第17章


ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

The Works of Charles Darwin, Volume 21: The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex (Part One)

The Works of Charles Darwin, Volume 21: The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex (Part One)




第17章 哺乳類の第二次性徴


長大な鳥の章が終わって次は哺乳類だ.哺乳類には鮮やかな色とかはあまり見られない.私が思いつくのはマンドリルのオスの顔ぐらいだ.これは哺乳類の多くが夜行性であって視覚に頼るものが少なく色覚も持たないものが多いことや,飛べないことから保護色のメリットが大きいからということだろうか.ともあれダーウィンも哺乳類全体のオスの傾向は「魅力の誇示」より「戦い」だといっている.


<武器>
ダーウィンは武器を取り上げる.
まず多くの動物のオスにのみ武器があることを紹介している.シカ,ゾウ,ウシ,イッカク,カモノハシ(前肢に蹴爪があるそうだ)などが取り上げられ,全体の傾向として草食動物が多いことをあげている.肉食動物は既に爪や牙などを持っているので特別の武器は必要ないのではないかという推察もあげられている.なかなか細かいところだ.この関連では武器を2種類持つ動物もいないと指摘している.作るのにコストがかかることからある武器が発達し始めるとそれに集中するような進化が生じるのだろうとある.

メスにも武器がある例(トナカイ)の説明は例によって遺伝発現様式がもともと異なっているためだとし,多くの動物間でメスの武器の程度には連続性が見られるとしている.


<使用目的>
オスにしかないのだから基本はオス同士の闘いのためだろうとしながらも,オス同士の闘い以外の目的があるのではないかということも詳しく考察していて面白い.ヤギには崖から落ちたときに角を盾をして使うものがあるそうだ.

野生のヒツジやヤギは鋭い角で相手を殺すことがある,キリンは首を大きく振って角を使う,ある種のレイヨウの後ろ向きの角は前足の膝をつき,頭を下げて相手に鋭い先を向ける形にして使うと指摘している.キリンは角というより首全体と頭を使ってオス同士の闘いをしているわけで,恐らくダーウィンは実際にキリンのオス同士のファイトを見たことはないのだろう.もし見ていれば,キリンの首の長さ自体を性淘汰形質と主張したのだろうか?ちょっと興味深い.


ここでシカの枝分かれ角について考察がある.武器ならまっすぐの方がよいのではないか.また絡みやすく捕食者からの逃走の際にも不利に見える.ダーウィンはこれは盾として使われていることもあるが,むしろ飾りとしての形質ではないかと推測している.


いずれにせよ角や大きな牙は作るのに材料コストがかかるだけでなく,逃走などにとっても不利であり,よほど大きな利益があったはずだと指摘している.


<身体の大きさ>
ダーウィンは哺乳類はオスの方が大きく,逆転種は見あたらないとしている.これは珍しくダーウィンのデータが足りなかったところで現在ではメスが大きいものもあることがわかっている.面白いのはイヌの一種スコッチディアハウンドで大きさに性差があることで,ダーウィンは狩猟にオスしか連れて行かないという形で育種淘汰がかかったことにより性差が生じた例ではないかと紹介している.


<オスの闘いにおける防御としての形質>
なぜか特に防御に限ってダーウィンは様々な形質を紹介している.
シカの枝角,イノシシの肩の軟骨質の皮膚,バルビーサの上方に突き出て大きく湾曲した上あごの牙,イボイノシシの「イボ」,ライオンのたてがみなどのオスにだけ見られるふさふさの毛が紹介されている.
ライオンのたてがみについてはより黒い方が暑さに弱いためにハンディキャップシグナルとして効いているのだという説明を読んだことがあるが,戦いにおける盾としても効用があるのだろうか.興味深いところだ.


<メスの選り好み>
ダーウィンは野生動物の観察からこれを調べるのは非常に難しいだろうと言い,家畜の例や育種家の証言をいくつか紹介している.イヌやウマについては明らかに選り好みをする個体があるのは確かなようだ.ウマはオスが選り好むともあるが本当だろうか.
ダーウィンは全体の傾向からメスがより選り好むのは間違いないとまとめている.