ダーウィンの「人間の進化と性淘汰」 第16章


ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

The Descent of Man and Selection in Relation to Sex

The Descent of Man and Selection in Relation to Sex


第16章 鳥類(続き)


第16章は,もともとのオス,メス,幼鳥に色彩や模様に差がなかったとして,どのような順序でどう変わっていったのかという問題を考察する章になっている.これは現代から見るとなぜそんなにこだわるのかよくわからない問題意識だ.


結局これは前章でも問題になったウォーレス説との論争が問題になっていると思われる.ダーウィンは「まず祖先型はオス,メス,幼鳥とも同じ色彩・模様だっただろう.そして性淘汰によりオスが変容し,その変容にかかった形質がどのような遺伝発現様式だったかによってメスや幼鳥の色や模様が影響を受けただろう」と主張することで,ウォーレス説(ダーウィンはこれを「まず何らかの理由によりオスメス幼鳥すべて同じような鮮やかな色彩・模様を持つようになり,その後保護の必要性からメスや幼鳥に保護色が進化した」ということだと捉えている)に反論できると考えているようだ.前回も書いたが,これは問題の核心ではないだろう.どのような淘汰メカニズムが働いたかの「力」の本質にかかる議論をすべきであったのであり,それがどんな順番だったかは些末であるように思われる.


さて,ダーウィンはどうやって上記のことを説得しようとしているのか.ダーウィンはいかにもダーウィンらしく膨大な観察事実を積み上げて議論しようとしている.まず鳥のオスとメスと幼鳥の色彩・模様について6パターンに分け,それぞれについて議論していく.

  1. オスがメスより鮮やかで,幼鳥はメスに似る
  2. メスがオスより鮮やかで,幼鳥はオスに似る(いわゆる性役割逆転種)
  3. オスメスは両方とも鮮やかでよく似ていて,幼鳥はどちらにも似ていない
  4. オス,メス,幼鳥とも似ている.
  5. オスとメスは夏羽で異なる.幼鳥は冬羽に似る
  6. オスメスは異なり,幼鳥もオスメスで異なりそれぞれ成鳥に似ている.


<成鳥のオスのみ異なるパターン>
1.のパターンは基本形で,ダーウィンはメスと幼鳥が似ているのだから,これが祖先型でオスのみ変わったのだろうと議論している.これは後の分岐分類の最節約法に思考経路が似ていてちょっと面白い.

ダーウィンは仮想的な反論として,では近縁種でもメス同士が異なっているのはなぜか(祖先型質と言えないのではないか)を取り上げ,オスの形質が一部メスにも現れることで説明できると議論している.

また地味な色彩・模様はすべて保護色では説明できないとウォーレス説を批判している.例えばイエスズメのオスとメスは異なった模様だが,同じように地味だ.保護色ではこれが異なる理由は説明できない.イエスズメの審美眼は人間にはわからないが性淘汰が働いて模様が異なっているのではないか.またアカライチョウのメスとクロライチョウのメスがそれぞれ地味だが模様が異なっていることも保護色だけでは説明できないとしている.オスの性淘汰形質が遺伝により現れていると説明すべきだという主張だ.


確かにイエスズメは日本のスズメと違ってオスとメスで模様が異なる.初めてアメリカでイエスズメを見たときにはスズメでオスメスが識別できるので大変興味深かったのを思い出す.ダーウィンはここで双方とも地味だと言っているが,よく見るとオスの方が側頭部の茶色,顔の部分の白と黒がくっきり鮮やかだ.十分基本パターンと言えるのではないだろうか.


性役割逆転種>
2.の性役割逆転種についてダーウィンはまず多くの例を紹介している.ここは博物学的で大変楽しいところだ.
ウォーレスはオスが抱卵するのでこうなっていると説明しているのだが,ダーウィンはメスも抱卵する種も含まれていると指摘している.またダーウィンはそれぞれの種において,単に色彩・模様だけでなく性質や行動パターンも逆転していることを強調している.(この中にはメスが子殺しする例も紹介されている.ここではとりあえずメスの方が気性が荒いことの説明だけだが,ダーウィンがこのことをどう考えていたのかは興味深い)
ではなぜ逆転しているのか,ダーウィンはまず性比がメスに偏っている可能性もあると示唆しているが,結局何らかの理由によりメスが求愛するようになったからだと説明するに止まっている.さすがにここはダーウィンにあまりいいアイデアがなかったようだ.


<その他の様々なパターン>
ダーウィンは3.4.5.6.のパターンについてそれぞれ例を挙げながら細かく紹介し,議論している.様々な例をそれぞれ自説でうまく説明できると強調しているが,かなり強引なものもあり全体として説得的な議論にはなっていない.(実際ダーウィン自身ここの部分は錯綜しているので飛ばして読んでもらって差し支えないと書いているほどだ)


例えば,イエスズメは上記の通りオスのみ模様が異なるが,そのイエスズメのオスはスズメのオス,メス,幼鳥によく似ている.ダーウィンは祖先型からオスがまず変わり,イエスズメではオスのみに発現し,スズメではメスにも幼鳥にも発現したと説明しようとしているが,ここにおける仮想的ウォーレス説(イエスズメのみメスと幼鳥に保護色が進化した)に対して説明として優位性があるとは思えない.


ともあれ,ここは様々な鳥が紹介されていて楽しい.ヨーロッパコマドリ(ロビン)やハクチョウが,両親が似ていて幼鳥が異なること,カワセミ,一部のキツツキなどは皆鮮やかなこと,クロウタドリやズグロムシクイは幼鳥にも成鳥に似た性差があることなど,英国でバードウォッチャーになじみのある鳥が様々に説明されている.これらの鳥のそれぞれのパターンの理由は現代においても興味深い問題だろう.


<羽衣の色と保護色>
ダーウィンはこのようなパターンを検討した後,保護色の問題について検討している.

1. 保護色(自然淘汰)と性淘汰がともに働いていると考えた方がよく説明できる

  • まず保護色への進化がないわけではないだろうと認める.緑色のオウムは恐らく保護色だと.しかしでは赤や黒のオウムはなぜいるのだろうか.これは性淘汰でしか説明できないのではないか.
  • 結局種によって,性淘汰と自然淘汰がせめぎ合っているのだろう.例えば地上性の鳥には鮮やかなものは少ない.これは捕食者からの淘汰が強いためだろう.
  • オスメスともに地味で保護色のような種もある.がその中でオスメスに模様が異なっているものがある.(イエスズメなど)またヤマシギなどのように保護色のようだが美しいものもある.これらの説明にも性淘汰は必要だ.


この部分は説得力がある.性淘汰なしでは説明できない現象は存在するのだ.


2. 白い鳥,黒い鳥について

  • 黒い鳥はどう説明するのか,クロウタドリやコクチョウを見るとクチバシや顔の一部の鮮やかな色を目立たせる効果がある.これらは性淘汰で説明できるだろう.オオハシの大きなクチバシも性淘汰形質ではないか.
  • 白い鳥はどうか.雪の中に住んでいるもの以外では保護色であるとは考えられない.またハクチョウなどは幼鳥はくすんだ色をしている.これも性淘汰形質と考えた方がいいのではないか.
  • 白い鳥が水鳥に多いのは,地上性の鳥に保護色が多いのの裏返しで,捕食圧が保護色を強く要求していないからではないか.
  • 近縁で真っ白だったり真っ黒だったりする鳥(ハクチョウとコクチョウのことか)が見られるのは性淘汰形質の気まぐれさを反映しているのではないか.
  • 白黒のまだらの鳥は多いが,これはそのコントラストの鮮やかさが性淘汰形質だろう.


ここもダーウィンの着眼点の鋭さを示している.確かに白い鳥は目立つ.多くの場合白や黒も性淘汰形質なのだろう.もっともダーウィンは全身真っ黒な鳥(カラスなど)については説明を避けている.実際カラスはなぜ黒いのだろう?ハクチョウとコクチョウにかかった淘汰圧も興味深いし,クロサギのように種内で真っ白と真っ黒の二型がある種があるのも不思議だ.
ダーウィンは白い鳥についてはメスの審美眼だけでは説得力がないと考えたのか,同種個体を見つけるのに目立つということを付け加えている.なぜ一部の鳥は保護より同種個体に見つけてもらう必要が高いのかは説明として難しく,ここはやや微妙だ.単純にメスの選り好みということでよかったと思われる.
なおダーウィンは「餌を見つけたときに同種個体に教える機能」説についてそれはその個体にとっては餌を奪われ不利になるので採り難いと言っている.これはダーウィンが単純な群淘汰の誤謬にはまっていないことを示しているところの1つだ.


<自然の多様性の源について>
ダーウィンは鳥の性淘汰の説明を終えるにあたって,種の多様性についてコメントしている.
これは鳥の(メスの)趣味の気まぐれさに由来しているのであり,私達の世界が多様で美しいのはそのことに負っているのだと.そして例えばある種の飾り羽根が長くなり,ある種の飾り羽根は短くなる(カワアイサの頭頂部の黒い羽根など)を見ると,人間界の服飾の流行を見るようだとある.ここの部分をもう少し考えていればヒトの性淘汰についてもさらに深く迫れたのかもしれない.


最後にまるまる4章を使った鳥の性淘汰について簡単にまとめて本章を終えている.ダーウィンが性淘汰形質を説明する上で鳥について非常に興味深いと考えていたことがよくわかる4章だった.