「The World Until Yesterday」 第2章 子供の死亡の補償をどうするか その2 

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?


伝統社会における紛争解決方法.まずニューギニアでのケーススタディを見たところで,ダイアモンドは伝統社会一般について社会の規模ごとに整理する.


<そのほかの前国家社会>


(1)小さな社会

  • クン:しゃべり続け,あるメンバーの争いにはバンド全員が関わる.ある観察例では夫婦喧嘩に村人たちが関わり続け,1年たっても同じ夫婦が同じようにもめ続けて村人たちが同じように関わっていた.
  • シリオノ:やはり口げんかを延々と続ける.喧嘩の大半は食料とセックスをめぐるもの.通常当事者の話し合いで解決する.誰かが間にはいることもある.家族間で争いがこじれると片方は村から行ったん出ていく,しばらくおいてもだめなら完全に出て行く.(要するに移動する狩猟採集民の場合,紛争が深刻化するとたんに出て行くことで解決できる)
  • ピラハ:段階的な村八分による解決システムがある.食料分配からの1日だけの排除から完全な追放まで


(2)やや人口の多い社会

  • フォア:所有物の防衛はオーナーの責任だが,盗人は軽蔑される.解決にかかる補償金は盗まれたものの価値ではなく,双方の社会的な関係が重要視される.周りの人が解決するように社会的プレッシャーをかける.だから近しい関係の争いほどプレッシャーがかかる.逆に遠い関係だとそのプレッシャーがなく解決が難しく暴力的プロセスに移行しやすい.
  • ヌアー:チーフドム.20万人規模でチーフがいる.:名誉を重んじ,最も名誉ある解決法は棍棒による決闘.  殺人は血の復讐に移行しやすい.誰かを殺したものはチーフの家に逃げ込むことができる.そこは不可侵.チーフは感情が収まるまで数週間待ち,そこから解決に向けて仲介の労をとる.双方ともチーフの顔を立てるためという言い訳ができるので和解しやすい.しかしチーフには問題解決のための強制力はない.


一般にチーフによる解決は正邪の決着を付けるのではない.関係修復が目的で,いったん解決プロセスに乗ると,加害者は自分の加害だけでなく,それまでの様々な貸し借りを一気に申し立てネットの解決をはかる.また最後には暴力に訴えるという構えがないと妥協は引き出せない.このようなチーフによる斡旋システムは,裁判システムの萌芽ともいえる.もう少し人口が大きくなると強制力を持つ裁判システムになる.


ダイアモンドはここからこれらの伝統社会と比較した国家の解決システムのあり方を整理している.



<国家の権威>

  • 合意に基づく解決方法と,それが不調な場合に対決方法があるのは似ている.対決方法は伝統社会では暴力の連鎖になりやすいところだが,それを抑制するのが国家の目的になる.このために復讐の権利を国家が独占する.
  • これが可能になるためには,(1)国家に強力な力があること,(2)国家が被害者に代わって復讐,処罰してくれるので自ら復讐する必要がないことへの理解,という2つの条件が必要になる.そしてこの復讐の連鎖の抑制こそが国家の最も重要なサービスで,これこそが人々が自由の一部を放棄する理由になる.
  • 国家は当事者の感情や関係の修復には興味がない.


復讐の連鎖の抑制については,通常ならホッブスリバイアサンが登場するところだが,ダイアモンドはそれには触れていない.またこの代理復讐の期待が満たされなかった事件として,アメリカのエリー・ケスラー事件の顛末も紹介している.これは5歳の息子がキャンプで監督官に性的虐待を受けた母親が公判中に裁判所で被告を射殺したというショッキングな事件だ.



現代国家の紛争解決制度は司法制度ということになるが,その手前では伝統社会の同意に基づく解決と少し似ている制度もある.ダイアモンドは以下の2点を挙げている.

  1. 両方とも第三者が介在する和解制度がある:アメリカにおいても多くの紛争は裁判まで行かずに解決する.特に長期間の関係を持つ少数のメンバーシップ社会では独自の解決システムを持つことが多い.
  2. 被害を多くの人々で分担する仕組みがある:現代では多くの損害保険制度がある.伝統社会では家族やクランが支払いを助ける


続いてダイアモンドは,合意に基づく解決ができなかった場合の制度としての民事司法と刑事司法をそれぞれ説明する.


<民事司法>

まず民事司法が伝統社会の解決方法と異なっているところをダイアモンドはあげる.

  1. 国家は当事者同士の関係や感情の修復には関心を持たない.
  2. 法律などに照らしてどちらが正しいかの白黒をつける.
  3. 賠償額は,金銭的な損害(逸失利益も含む)から算定される(伝統社会では感情や関係修復に必要な額として算定される)


ダイアモンドは続いて現代アメリカ民事司法の欠点をあげている.

  1. 長期間かかる.刑事の後回しになりやすい.(ダイアモンドが住んでいる近くの郡では5年)
  2. アメリカの場合,弁護士費用を勝訴してもとれない.だから金持ち有利になっている
  3. 当事者の被害感情や関係の修復を無視する.これは特に離婚や相続争いで,当事者の関係が悪化し,それが永続することにつながりやすい.(待合室で何時間も両者をにらみ合わせたりするのは最悪な仕組みだ)
  4. これを避けるために調停制度はあるが,施設が少なく調停官のトレーニングが不足気味で,上手く使われていない.(ここでは裁判所(判事)が不適切に調停を要求した具体例が挙がっている)


ダイアモンドは(確かに調停制度にも欠点はあるが)長期的につきあうことになる人達はもっと調停を上手く使う方がいいと示唆する.これがダイアモンドの言う「伝統社会のいいところは取り入れよう」という論点の1つなのだろう.ここではもう少し司法予算を調整制度の整備に回すべきだとの提言も書かれている.

日本においてはアメリカほど私人間の訴訟が行われるわけではないが,相続や離婚が訴訟まで行くとやはりその後の関係はかなりひどいことになる例が多いようだ.(もっとももともとそうなってもいいという関係だからこそ訴訟になるという側面もあるのだろう)基本的に状況は似ているといっていいのだろう.


<刑事訴訟>


ダイアモンドはアメリカの司法制度を元に整理している.

  1. まず有罪か無罪かを決め,その後(なぜやったのかの理由を取り上げて)量刑を行う.
  2. 実際には司法取引で決着がつくケースが多い.


これはいずれも日本の刑事司法制度には当てはまらないところだ.もっとも前者については犯罪を様々な要素に分けて還元主義的に判断していくのが現代刑事司法の特徴だということを言っているのだとすれば,日本の刑事法の基本的考え方も当てはまることになる.


ダイアモンドはこの現代的刑事司法の問題点を整理する.

  1. 刑罰については,抑止,応報,社会復帰という意義があげられる.
  2. 抑止と社会復帰については被害者の視点は無視される.そしてその効果については議論がある.
  3. 応報も社会全体としての復讐の連鎖の抑止が目的であり,個別被害者の感情は考慮されない.


要するに被害者の感情のケアがないということがダイアモンドの言いたいことなのだろう.ダイアモンドはこの欠点を埋める「レストレイティブジャスティス」という取り組みについて好意的に紹介している.

  • これは「制度利用に同意する被害者と加害者が面談し,互いに,それまでの人生,犯罪の動機,それによりどんな影響が生じ,今どう感じているかを話し合う.」というものだそうだ.
  • すでにオーストラリア,ニュージーランド,イギリス,アメリカの一部の州で取り組まれている.なおどうすればいいかについてよくわかっていないことも多いが,再犯率や被害者の感情の面からいい効果があるとされている.


<利点とコスト>


ダイアモンドは現代社会の解決法を伝統社会のそれと比較して整理している.

《利点》

  1. 復讐の暴力の連鎖を抑止できる.:これは強調しすぎることができないほど大きなことだ.もちろんすべての国家が完璧ではないが,よりうまく管理すればより暴力を減らせる.国家システムでは交渉が失敗してもせいぜい裁判で住むのだ.伝統社会では失敗すれば暴力の連鎖になる.だからより交渉による解決にプレッシャーがかかるし,感情的な解決が重視されるのだ.
  2.  公平さ:交渉の解決は失敗すれば対決システムに移る.だから交渉の成り行きはそこでの結果の予測に大きく左右される,だから伝統社会では,主張をするには力が必要になる.同盟も必要だ.力のないものは救済されないのだ.国家システムは遙かに公平だ.もちろん高い弁護士を雇える金持ちは有利になる.でも貧しい人が訴えても警察は動くし,裁判もしてくれる.勝訴払いの弁護士もいるのだ.
  3. ルールの目的が公益に沿う:マロのケースがLAで生じたら,彼は責任なしとして無罪となった可能性が高い.国家システムでは将来的な事故を減らすにはどうすればいいかという観点で判決が下される.伝統社会ではそこは考慮されないのだ.


ダイアモンドは,還元主義的な犯罪の構成という現代刑事司法の大原則がこの2点目の公平さを担保するためにあることを特に指摘していないが,これは大陸法において啓蒙主義的な刑事法典編纂で達成されたもので,客観的に犯罪を取り扱うには非常に重要なものだ.


《コスト》

  1. 国の目的が優先される.当事者の観点は後回しになる.
  2. 当事者の損害が補填されにくい.刑事では被害の回復は考慮されない,民事は時間がかかり実際に回収するのは難しい.


そしてダイアモンドはこのコストは伝統的なやり方を一部取り入れることによって減らせるのではないかと示唆しているのだ.具体的には調停制度の整備とレストレイティブジャスティスの取り組みの推進ということになる.ダイアモンドはこの2つについて手放しで楽観的ではないが,法学者たちも伝統社会のメリットを理解して議論して欲しいと書いて本章を終えている.


この被害者感情の無視というのは,刑事において近時日本でも問題になっているところだ.実際に被害者支援制度や被害者参加制度が整備され始めている.(もっとも伝統社会の解決方法の理解がこの背景にあるということではないようだが)


次章からは当事者の合意ができないときにどうなるか,つまり戦争を扱うことになる.