ジャレド・ダイアモンド講演会 「The Earth of Dr. Jared Diamond」


日本科学未来館では現在<つながり2013プロジェクト>を遂行中だ.これは「今の地球,今の自分についての「知」を深め,未来のビジョンをともにつくり上げることを目指したプロジェクト」だそうで,今回2月11日に日本経済新聞社との協賛でジャレド・ダイアモンド博士を招いて基調講演が行われた.(参照 http://www.miraikan.jst.go.jp/event/130123107584.htmlhttp://www.qetic.jp/news/tsunagari-p/93354/
場所はお台場の日本科学未来館.どうやら現在私が読書ノート書いている「The World Until Yesterday」の邦訳が近日中に日本経済新聞社から出るようで,そのプロモートも兼ねているのだろう.会場にはプレス席も設けられ,カメラも廻っている.なおこの講演の模様はネットで生中継されたようだ.


ダイアモンド博士は赤いジャケットを颯爽と着こなして登場.講演1時間と主催者からの5つの質問に答える30分という構成.驚いたことにスライドなしのトークのみ.自然科学者のトークでスライドなしは珍しい.




講演「The Earth of Dr. Jared Diamond: Living in the Aging Society, What We Can Learn from Traditional Societies for Our Future.」
(ジャレド・ダイアモンドの地球〜現代の高齢化社会に生きる私たちが,過去の人間社会から未来へとつなげられること*1


内容は基本的に「The World Until Yesterday」の第6章「The Treatment of Old People: Cherish, Abandon, or Kill?」の要約.


冒頭はイントロダクションとしてプロローグの内容に触れる.まず65歳以上の人,あるいは65歳以上まで生きたいと思う人に手を挙げてもらい,そのような長寿命が一般的であるのは人類史上ではまれな出来事であることを指摘し,伝統社会は現代と大きく異なるが,実は人類の進化史上つい昨日の出来事だったということを説明する.


そこからは第6章の要約になる.伝統社会の老人の扱いには幅があること,厳しい扱い*2を行う背景には,全員が食ってはいけないなどの厳しい現実があること.老人の面倒をよく見る文化の場合には老人の有用性*3と文化的な価値観が大きな要因であること,アメリカのこの場合の文化的な価値観はかなり老人にとって厳しいこと*4が解説される.
そして現在は過去より良くなったのかが議論され,法の支配により圧倒的によい環境に置かれ,寿命が延び,娯楽があり,物質的,身体的には恵まれているが,有用性を認められず,社会的に孤立し,技術進歩から取り残されて精神的には疎外されている側面があることを指摘.そのためにはどうすればいいかについて,祖父母として孫の世話をすることにより役に立てる,予測できないような問題が生じたときに経験が生かされることがある,そして老人の方が上手くできることがあること*5に気づくことを示唆.


ここからは「The World Until Yesterday」全体の主張の要約
伝統社会は決してすべていいものではない(寿命は短く,物質的には貧しく,暴力が蔓延していた)が,社会生活は現代よりリッチで,子供はより精神的に独立し,生活習慣病は少なかったと総括し,彼等のやり方から学べることもある(今後もつきあっていく人々との紛争解決,子供の育て方,リスクへの対処,マルチリンガルなどが示唆された).


おそらく著書のプロモーションとして準備された内容なのだろう.ぴったり時間通りできれいにまとまったトークだった.第6章の細かな中身はまた読書ノートでも紹介したい.全体としては伝統社会の暴力性,生産性の低さから来る悲劇にもきちんと触れ,その上で学べるものは学ぼうという内容.



「つながりプロジェクトからの5つの質問」


1.生物の歴史の中で人間はどのような存在か?


ダイアモンドの回答は『人間はどこまでリンパンジーか』で議論した内容.ヒトの特徴としては大きな脳と言語をあげ,言語の方がより人を人たらしめているのではないかというのが自分の推測だと述べていた.


2.地球と人間はどのように影響し合うのか?


ここからは『文明崩壊』での議論を引き出す.
ヒトは地球のリソースを使う.そして今太陽エネルギーの80%を人が使っている.エネルギー以外にも水や酸素などのリソースも人が大きく使っている.


3.地球と人間との相互関係の中で,人間は現在どのような状況に置かれているのか?


先ほど言ったようにヒトは現在リソースの80%を使っている.そしてこれはまだ平衡には達していない.このままではリソースを食い尽くすのにあと30年から50年というところだろう.今後持続可能な使い方をできるかどうかが問われている.


4.この先人間はどのように活動すべきなのか?


ひとつ逸話を紹介しよう.17世紀初頭徳川幕府は江戸を建設,そして火災後の復興を繰り返すと材木資源が枯渇しかねないことに気づいた,そして需要を抑え,植林政策をとった.この結果1650年頃には持続可能な状態になった.
今日世界的に様々な地域で森林資源が枯渇に追い込まれている.水産資源も同じだ.北大西洋の鱈は壊滅し,地中海のマグロももう少しでそうなるだろう.(日本の皆さんもこのままでは大西洋マグロはあと10年しか食べられません)徳川幕府のやり方は大きな示唆になる.


5.科学や技術はどのような役割を果たすのか?


科学技術は様々なことを可能にするが全部を解決はできない.解決策は予想できない問題を引き起こすものだし,解決には政治的な意思が重要な場合がしばしばある.そして世界は持続可能な解決への方向に対し,まだ政治的意思を明確にできていない.


最後の質問.最後に日本に対してメッセージはありますか.


日本はこの200年,西洋文明を受け入れることを決め,憲法,民主主義を導入し,先進的な国になった.その一方でなお独自の文化を保っている.これは選択的に良いものを採用するという戦略のいいモデルになると思う.50年後も日本独自の文化を保ちつつ,世界のモデルであって欲しい.



以上で講演会は終了だ.フロアからの質問の受付はなし.つながりプロジェクトからの質問は,いかにも「持続可能な世界へ」と言わせたいのが見え見えで*6,質問自体深くなくあまり充実したやりとりにはならなかったが,ある程度「お約束」ということなのだろう.
私としては『人間はどこまでチンパンジーか』や『Guns, Germs, and Steel』を読んで以来の大ファンだったので,ミーハーと言われればそれまでだが,ダイアモンド博士の講演を生で聴けて大変感慨深かったと告白しておこう.









 

*1:これは主催者側による日本語の講演題.<つながりプロジェクト>で『つながり』をなんとか強調したい気分がよく現れている.こちらが元だったのだろうが,英題ではさすがに『つなげられること』は直訳せずに穏当な表現になっている.あるいはダイアモンドが用意したブックツアー用の講演題を主催者側が無理矢理『つながり』をこじつけて訳したのか?

*2:移動の際に置き去りにすることから,自殺教唆,自殺幇助,同意殺,さらに殺人まで

*3:何十年前のサイクロンの時の経験が集団の生き残りにとって非常に重要である例が説明される

*4:労働倫理,自主独立を尊ぶこと,若さへのカルトの3つが要因としてあげられている

*5:経験が生きること,人間や人間関係の理解,学問的には学際的な統合などがあげられていた.最後の指摘はちょっと面白い

*6:『文明崩壊』の著者に対しての質問と考えればある程度自然だが,最新刊に関してはやや方向感が異なるように思われる