第6回日本人間行動進化学会参加日誌 大会二日目 その1 


大会二日目 12月8日


二日目の午前中はまず口頭セッションから


口頭セッション2


チンパンジーにおける道具使用の個体差:加工と運搬,交換の起源にかんする考察 山本真也

チンパンジーは道具製作に関して教示行動を見せないことで知られている.しかし非常にまれだが,教示に似た行動をとることもあるとして野生における実例の紹介.動画では確かにナッツ割りをしている子供に対して母は無関心だが,別の個体がやってきて子供の前で教示しているように見える.このような例は40年以上の観察で数例しかないそうだ.
次は柵外のカップに入れたジュースをどうやって飲むかについての熊本サンクチュアリでの実例紹介.指や枝をそのままつけてすするという効率の悪い方法と,枝の先を噛みしだいてフサフサに加工して飲むという効率のいい方法がある.これは個体間でも洞察,模倣による伝達がある.また良く加工した道具は持ち運ぶことが観察される.このような個体間の効率の差が交換の起源になったのではという発表.
質疑応答では性差も問題にされていて,道具製作するのは大半がメスで,オスはほとんど加工しないのだそうだ.なかなか興味深い.


超越的コミュニケーション実現のための記号システムの変化 田村香織

ここでいう超越的コミュニケーションとは,ヒトの言語の持つ特性の1つで「今ここにあるものでないもの,抽象的な概念」を伝達できることを言う.
これをいかに可能にするかについて,先行研究では概念メタファーやアナロジーが有効であると指摘されている.このような手法を通じて,互いにやりとりして解釈仮説をフィードバックして回していくことにより,記号を拡張し,意味生成していくと考えられている.
ここでは新しい概念を絵を使ってコミュニケートしてもらうという形で実験を行って,どのような手法が使われるかを観測した.具体的には「酸っぱい炎」とかのありそうもない概念を繰り返しフィードバックしながら当ててもらう.
その結果良くみられたのは,(1)酸っぱいをレモンの絵で表す「メタファー」と(2)人の反応(酸っぱそうな顔の絵)などを用いる「メトニミー」が観察され,双方とも使うと成績が良かったというもの.
既に言語も成立した文化環境の中で,どういう絵が相手に理解されやすいかを推測させるとこうなるという以上のことはあまり言えないのではないかという印象だった.


東ユーラシアの文化構造 田村光平

これまで日本の文化の地方差をいろいろ分析していた田村による東ユーラシアの文化についての発表.
最近文化がどのように分化していくかについて集団遺伝学の手法を使ったリサーチの結果発表が相次いでいるそうだ.そのような先行研究には,地域差,要因分析,スケール依存性の検定,文化ドメイン(宗教,民族など)の要素の分析,文化間グループ淘汰についての分析などがある.(なお分化の程度は遺伝子より文化の方が大きい,スケール依存性はあるということのようだ)
ここで文化人類学のデータベースから東ユーラシアの文化要素を抜き出して調べてみた.具体的には南中国,タイ,アンダマン,大スンダ諸島,マダガスカル*1の117集団のデータ(27文化ドメイン,343文化要素)を用いる.基本的にはこの文化要素を「ある」「なし」で2値化し,Fst値(グループ内分散の全分散に対する値)を求め,また文化複合体があるかどうかをみるためにネットワーク図に落とす.
この結果は「農耕文化クラスタ(酒,籠,結髪,ニワトリなどの要素)」「狩猟・漁業クラスタ(くくり罠,槍など)」などのいくつかのクラスタが可視化される.これを言語系統と比べると特に対応は無いように見えるというもの.今後はポリネシアのデータを加え,文化の伝播を調べていきたいということだった.
まず基礎的な準備ということだろうが,集団遺伝学やネットワーク理論の手法を使うのはなかなか面白い試みだ.


父母間の性的対立は少子化をもたらすか? アンケート調査による検証 森田理仁

少子化は一見適応価を下げる現象に思われるので進化的にも興味深い.これまで提示された仮説には以下のものがある.これらは議論されているが,なお結論が出ているわけではない.

  1. 現在の競争的な環境では少子化して子供一人あたりの資源投資を増やした方が適応的だ
  2. 環境が急激に変化し,それに対応できずに非適応的な行動をとってしまう進化適応と環境のミスマッチ現象だ.(子育てに適した環境になるまで妊娠出産を控える心理が,現在の子供の死亡率が低いという安全な環境に適応できていない)
  3. 文化的な伝達による非適応現象だ(子の数より名声や地位を高く評価する文化の影響)

これまでの少子化研究は,子の数を増やすことは父母の共通利益であることが前提となっていた.ここで父母間の性的コンフリクトが少子化にどういう影響を与えるかを考えてみる.妊娠出産について女性にコスト,リスクが大きいので父親の方がより子供を多く欲しがるのではないと考えられる.すると先進国の第二次世界大戦以降の少子化はもともと父親の方がより子供を欲しがっているのだが,戦後の社会の変化でより母親の希望が通るようになって少子化が進んだという仮説によって説明できるかもしれない.
タンザニアでのアンケート調査によると欲しい子供の数は実際に男性の方が多い(広がった分布をしているが男性の平均は7子,女性は4子)
では少子化が進んでいる現代日本ではどうか.ここで横浜市の子育て支援センターで母親にアンケートをとって調べてみた.(父親の意向は母親がそう思っている結果を答えたものだというところにバイアスの可能性はある)
この結果,欲しい子供の数に父母差は見いだせなかった.またどちらが決定権をより握っているかという質問にもどちらかのバイアスを示す結果は得られなず,仮説は支持されなかったというもの.

結果は否定的だったが,会場は盛り上がって,都会と田舎の地域差,父母からのサポート期待,住居の大きさなどの質問が相次いだ.私の感想は,かなり複雑な文化的社会的経済的な現象なのでなかなかクリアーな結果を出すのは難しそうだというところだ.


続いて特別講演.


鳥は中興の祖:行動生態学のさまざまなモデルと実証研究 上田恵介


人間行動のリサーチャーには行動生態学にそれほど明るくない方もいるだろうから,入門もかねて,鳥における行動生態学の理論モデルの進展とその実証についての講演という趣旨.講演者の上田は著名な鳥類学者で,本学会の長谷川寿一の行動生態学における永年の仲間だということで依頼があったという経緯らしい.

社会生物学の提唱者E. O. Wisonはアリ学者だったが,「社会生物学」では鳥も多く扱っている.実際に行動生態学の世界の主流の1つは鳥の研究だが,日本では少ない*2.また鳥はヒトとは2億5千万年も前に分岐しており,分類群としては大変離れている.それでもEPCなどを始め興味深い行動生態には共通点が多い.というわけで鳥の研究も参考になるだろうと思って本日の講演を用意した.

Sociobiology: The New Synthesis, Twenty-Fifth Anniversary Edition

Sociobiology: The New Synthesis, Twenty-Fifth Anniversary Edition

まずは「社会生物学」の歴史から.E. O. Wisonの「Sociobiology」は1975年の出版だが,当時日本の研究者にも大変な興奮をもたらした.早速原書を手に入れて読み込んだ.しかしその第1章は「The Morality of the Gene」と題され,壮大な哲学的な議論から始まっていて敷居が高かった*3.この本のテーマの1つはヒトの社会も生物学的に考察すべきだということだった.

ウィルソンはもともとアリの分類学者で「The Ants」という大著を1971年に出している(これは上田の勘違いによる誤りだ.「The Ants」は,社会生物学提唱,そして社会生物学論争のはるか後の1990年の出版で1991年にピューリッツァー賞を取っている.1971年に出版されたのはこれも名著の「The Insect Societies」なので,これを混同しているものと思われる)そしてアリの社会性を考察し,それは血縁淘汰で説明できると考え,動物の行動と社会の進化について拡張していけると考えたのだ.

ここで血縁淘汰について説明しておこう.これはホールデンとメイナード=スミスにより理論が提唱され,ハミルトンによって社会性昆虫にかかる3/4仮説として実証研究がなされたものだ.
(この上田の整理には全く納得できない.ホールデンはパブでの座興として「私は2人の兄弟,8人の従姉妹を助けるためなら命を投げ出すだろう」と言っただけで,そのような利他行動が適応的になる条件が当該行動にかかる遺伝子頻度に依存しないことについては何の説明も行っていない.またホールデンがそれ以上利他行動の進化を考察した形跡はなく,具体的な理論化も論文投稿もしていない.メイナード=スミスはハミルトンの記念碑的な1964年の論文を査読者として読んでから,それに「血縁淘汰」という名前をつけただけだ.この理論化はすべてハミルトンの功績で,メイナード=スミスもそれは明確に認めている.またハミルトンの論文における社会性昆虫の3/4仮説にかかる記述は血縁淘汰すなわち包括適応度理論の応用の1つとして理論的に示唆しているもので,実証研究とは言い難い.この特別講演は大変素敵な講演だったのだが,このあまりに誤解に満ちた学説史の紹介だけは残念だった.)

さてウィルソンの社会生物学では丸々1章を使って鳥の社会が説明されている.そのときの主要なトピックはヘルパーを血縁淘汰で説明できるかということだった.
鳥の社会にヘルパーがいることは以前からわかっていた.Aukの「Helpers at the Nest」は1935年の出版だ.1960年代以降はヘルパーのいる鳥の多いアフリカやオーストラリアでのリサーチが進展した.日本でも中村登流の「鳥の社会」(1976)が出版されている.
ウィルソンはフロリダヤブカケスにヘルパーがいる理由を血縁淘汰で説明できるかという問題を取り上げている.第22章には「鳥の社会の進化ルート」なる図ものせられている.これは現在からみると間違っていると思われる部分もあるが,当時としては斬新な取り組みだった.
日本にもヘルパー種はいて,藤岡正博は苦労して変装したうえで,オナガを捕獲し足輪をつけて研究した.もっとも苦労の甲斐無くオナガは藤岡を見破り,藤岡が近づくと遠くに逃げてしまったそうだ.これに比べるとフロリダヤブカケスは人に慣れて手乗りになるそうで,リサーチャーにとっては夢のような鳥だ.

このヘルパーの実証リサーチではまず,ヘルパーがいる巣の方が巣立ちビナが多いことが確かめられた.しかし量的に検証すると,包括適応度的にはヘルパーは独立した方がより包括適応度が高くなる.これは「早く独立しようとしてもテリトリーを持てなかったり死亡率が高かったりする」「ヘルパーとしての経験を積んだ方が独立したときの繁殖成功が高くなる」「ヘルパーをしているとそのテリトリーの一部を受け継ぎやすい」などの生態条件から説明されることになった.また実証実験からはすべてのヘルパーが熱心に働いていないことも明らかになっている.
生物地理的にはオーストラリアの鳥類にヘルパーが多い.これは系統的に古いスズメ目の鳥が多く残っている(そして祖先形質としてヘルパーがあった)こと,カラス科の鳥が多いこと(そもそもカラス科の発祥もオーストラリアであり,ヘルパーを行うという形質とともに世界に広まった可能性がある)などから説明できると思っている.
さらに面白い例も見つかっている.アフリカのヒメヤマセミには非血縁ヘルパーと血縁ヘルパーの二種類のヘルパーが存在する.そして非血縁ヘルパーの有無は地域によって異なる.これは餌のとりやすさと関係していること(とりにくいところに非血縁ヘルパーがみられる)がリサーチで確かめられている.非血縁ヘルパーは若いオスで,場合によってはテリトリーオスを追い出して乗っ取りを謀る.結局テリトリーオスにとってはヘルパーによる利益とリスクのトレードオフがあり,餌のとりにくさによってその許容閾値が異なっているようだ.


ウィルソンはまたロバート・マッカーサーと共同研究したことでも知られ,その島嶼生物学も「社会生物学」で紹介されている.マッカーサーはもともと鳥のリサーチャーで,すっきりした理論構築で知られ,理論家には人気がある.この美しい理論モデルがウィルソンに大きな影響を与え,彼の社会生物学指向につながったと思われる.

An Introduction to Behavioural Ecology

An Introduction to Behavioural Ecology

ウィルソン以降の行動生態学の発展としては,まずクレブスとデイビスの業績が上げられる.彼等は行動生態学を打ち上げる論文を書き,1981年に「An Introduction to Behavioural Ecology」という教科書を書いている.この本の初版の邦訳「行動生態学を学ぶ人に」には訳者として参加したが,大変苦労した割に岸さんに誤訳を厳しく指摘され,以後翻訳には手を出さないことに決めたという想い出がある.この本は日本にも大きな影響を与えた.それまでの動物行動の研究は,とにかく野外でデータをとるという前近代的な馬力の学問で今西チックだったが,伊藤嘉明さんたちの努力もありすっきりと理論的な学問に替わった.初期の成功理論は最適採餌理論で,これはクレブスがシジュウカラで実証した.


次の鳥に関する大きな理論には情報センター仮説がある.これは1970年代にワードとザハビが仮説として提唱したもので,1974年に飼育実験によりオオアオサギで,1980年に野外でコウヨウチョウにより実証されている.
また群れの最適サイズの理論も,鳥により実証されて成功したモデルの1つだ.


鳥の社会は行動生態学の通奏低音になっている.これは夜行性ではないので日中に観察ができ,配偶や親子関係を調べることができるためだ.この意味で成功したモデルとしてはオリアンズによる一夫多妻の閾値モデル(1969)がある.これについては私もセッカを使ってリサーチした想い出がある.
鳥の92%は一夫一妻だと言われる.長寿命のツル,ハクチョウ,アホウドリ,ワシ類は(生涯)一夫一妻だ.スズメ目の小鳥にも一夫一妻が多いが,これは離婚と再婚が頻繁に生じる.熱帯の小鳥は(身体のサイズに比して)長寿なものが多く,これにも一夫一妻が多い.
なぜだろうか.よく言われていたのは,メスのみで子育てができないとオスも子育てをすることが必要になり,それにはつがいの絆が有用になって一夫一妻が成立するという考え方だ.しかしつがいの絆とは一体何なのだろうか.行動,心理,進化の観点から説明できなければならないが難しい.観察としては相互羽繕い(シジュウカラ),コンタクトコール,つがいによる2羽の緊密な囀り(熱帯の小鳥)クチバシのカタカタ(アホウドリ)などがある.
EPCの発見もあった.これはデイビスはヨーロッパカヤクグリのリサーチが端緒として有名だ.これにより社会的一夫一妻と遺伝的一夫一妻が区別されるようになった.繁殖コロニーを作る鳥ではEPCが多いこと,相手は有意なオスが相対的に多いこと(アマサギ)などがリサーチされた.


このあたりで時間となり質疑応答に

  • メスの選り好みにおいてメスは何を見ているのか:なかなかはっきりしない.変数はおそらく1つではないし,個体差もあるだろう.個体差の研究は最近の流行の1つだ.クジャクではリサーチがあるが,追試の結果は一定しないし,カモやゴクラクチョウのような外見上の性差の大きな鳥でもまだ調べられていない.個人的にはあのような派手な色彩はセンゾリーバイアスが効いているのではないかと疑っている.日本の小鳥ではオオルリやキビタキが派手な青や黄色の色彩を持っているがあれは警告色ではないかとも思っている*4
  • ニューカレドニアガラスの道具作りやシロクロヤブチメドリの教示行動にかかるコメントはあるか:カラス類は脳の相対的な大きさが大きく賢いことが知られている.日本にもいるミヤマガラスでも針金を曲げることが実験で確かめられている.ツルではヒナに対して「ここで餌をとれ」と教示するように見える行動が観察されている.チメドリは非常の社会性の高い鳥なので,それが関連するのだろう.
  • 岡ノ谷グループのシジュウカラのさえずりと文法についてのリサーチへのコメントはあるか:「文法のようなもの」を利用するという共通点があるということだと理解している.


なかなか楽しい飄々とした関西弁での講演で,どんな質問にも丁寧に関連事項をコメントして面白かった.


以上のところで午前の部は終了だ.昼食は事務局の工夫で取り寄せた広島風お好み焼き弁当.ちょっと冷め加減だったのが残念だが,キャベツともやしがたっぷりのあっさりしたお好み焼きの風味はしっかり堪能できた.

なおこちらは広島駅ビル内の「麗ちゃん」のお好み焼き

こちらは市内中心部の「お好み村」にある「新ちゃん」のお好み焼き.3食ぐらい食べると広島風のエッセンスは何かがわかってきて面白い.



 

*1:だから東ユーラシアというより南中国とオーストロネシアという雰囲気だ

*2:Q&Aでなぜかという質問が出て,それに対して関西弁で「それはもうからへんから」と軽やかに答えていたのが印象的だった.結局農漁業振興で害虫の研究や水産の研究にはカネが付いて大学に講座もできやすかったし,各地の研究所に職も多かったという経緯らしい.これは現在の発展途上国でも同じ状態で,西洋先進国が例外的だということのようだ

*3:実際にその訳書をひもといてみると第1章の章題は「遺伝子の倫理」と訳されていて,それは「唯一の真摯な哲学的命題とは自殺である,とカミュはいった.・・・」と始まっている.そして自殺を決定する大脳の皮質と辺縁系も自然淘汰の産物として考察されるべきだという議論につながっている.

*4:これはかなり特異な見方で私的にはやや疑問だ.もしそうならなぜ警告色で性差があるのか説明できなければならないだろう