「進化するロボットが僕らに教えてくれること」

進化する魚型ロボットが僕らに教えてくれること

進化する魚型ロボットが僕らに教えてくれること


本書は古生物学,ロボット工学の学際分野の研究者ジョン・ロングによる,研究物語兼エッセイとでも呼ぶべきちょっと変わった本だ.原題は「Darwin'sDevices: What Evolving Robots Can Teach Us about the History of Life and the Future of Technology」.私はこの原題の「Darwin」に釣られて読み始めたということになる.

要するに著者はロボットを使って古生物の進化シミュレーションを行うのだが,本書導入部はなぜそのような道に踏み入れたのかあたりから始まる.著者は脊椎動物の脊椎の起源に関心があった.そしてカジキマグロの脊椎を調べたりするのだが,結局遊泳の時にどのような挙動を示しているのかを直接測定できないという壁にぶち当たる.さらに進化過程について簡単なモデルを組んで発表したところ危うく物理法則を逸脱しそうになり,そのようなことがない物理モデルを実際に制作して進化シミュレーションを行う道に入ることになる.

そして尾索類のオタマジャクシ型幼生に似た単純なロボットモデルで脊索の進化をシミュレーションすることになる.ここでは進化の簡単な説明,工学シミュレーションの考え方を一般読者向けに解説した後,具体的な試行錯誤ぶりが詳細に語られる.基本的にはセンサーとモーターを持つ幼生がどの程度点光源からの光を多く得られるかということを適応度にして脊索のいくつかの力学パラメータを進化させていくことになる.
しかしそもそも相互作用のない単純な物理特性の進化なら単純に最適化するだけではないのかという疑問が拭えない上に,何しろ物理シミュレーションなので個体数も世代も少ないし,適応度をセンサーからの入力でみるのではなく,遊泳の動画から得点化していき,それを元に遺伝子を交配して新しいモデルを実際に制作するという手数のかかる手法なので読んでいてこれで大丈夫かと思ってしまう.前者はそれほど単純な問題ではないということのようだが,後者についてはやはり浮動の影響が大きくシミュレーション結果の解釈に苦労する経緯も詳しくかかれている.

ここでデジタルシミュレーションでなく物理シミュレーションをする意味についてのエッセイのような章が挟まれている,著者はAIについてサールではなくチューリング的に考えるし,認知は脳だけではなく身体と一体でしか捉えられないのだと主張し,延々と考察やら理屈付けがかかれている.しかし読んでいて(内容自体は面白いところもあるのだが)結局物理シミュレーションの意味にどうつながるのかはよくわからないと言わざるを得ない.結局「物理法則を絶対に逸脱しない(だからデジタルシミュレーションより堅確だし,そのような物理条件をモデリング化する手間がないのでデジタルシミュレーションより容易な場合がある)」という以上の意味はないのではという気がする.

次に発展形として捕食者からの逃走も組み込み,進化パラメータを増やしたシミュレーションの詳細が語られる.結局この場合目的が二つになるのでトレードオフが生じ,適応地形が複雑化する.途中で脊椎の形の進化シミュレーションや適応度計測をセンサーで直接計測する試みが挫折する様が描かれるなど脱線しながらも,最終的にある程度うまく解釈できる結果が得られたことが書かれている.

ここで進化シミュレーションはしないが,様々な適応度地形上の地点に投下して適応方向をみようとする進化トレッカーのシミュレーションが解説され,次のプロジェクトであるプレシオザウルスの遊泳モデル進化トレッカーの悪戦苦闘が語られる.これは4つ足の陸上生物が水中に帰ったときになぜ主に二肢で遊泳するもの(アシカ,アザラシ,ペンギン)と四肢で遊泳するもの(プレシオザウルス)が進化したのかという問題意識からのプロジェクトだ.最終的に遊泳のエネルギー効率なら二肢の方が有利だが,加速度性能は四肢の方がよいというトレードオフがありそうだという結果が得られている*1

なおこのヒレで遊泳するロボットはバイオミミックロボット工学的な関心を生み,様々な製品につながった.そしてこれを導入に最後のロボットの戦争利用に関わる奇妙なエッセイにつなげている.強固な反戦思想を持つ母親とミリタリーオタク気味だった著者との様々なやりとり,沿岸警備隊に入隊する著者のキャリアを含んだ自伝的な記述からロボットの戦争利用,さらにそれに進化ロボットを含めるとどうなるかというやや夢想的なエッセイ*2が綴られている.


というわけで本書は,古生物学者でロボット工学者である著者が,自分のリサーチの進展を縦軸に,そのときに感じたありとあらゆる詳細の感想を書きつづり,さらに関連する書きたいことは全部詰め込んでみましたという,脱線しまくりの筋の追いにくい書物だ.でも著者の正直な記述には不思議な魅力もあり,なかなか捨てがたいところのある本でもある.「Darwin'sDevices」という本にしては進化的に特に目新しいことは書かれていないので,あくまでちょっと変わった学際研究物語兼エッセイとして軽く読むのがふさわしいということになるのだろう.



関連書籍


原書

Darwin's Devices: What Evolving Robots Can Teach Us About the History of Life and the Future of Technology

Darwin's Devices: What Evolving Robots Can Teach Us About the History of Life and the Future of Technology




なお所用あり,3週間ほどブログの更新を停止する予定です.




 

*1:なお著者はこれを一般化していろいろ議論しているが,胴体の動きをシミュレートしていないし,ペンギンのように陸上での運動能力も問題になる場合の考慮もなく,あまり説得力はないように思われる.

*2:単純な機能の戦闘ロボット兵器を大量に戦場に投入し,その場で進化させていくとするとどうなるかなどについて延々と論じられている