「ヒトは病気とともに進化した」


本書は進化医学にかかる若手研究者の寄稿をまとめた一冊.これまで進化医学として扱われてきたものの多くは,感染症やアレルギーや癌を病原体とホストの共進化やゲノミックインプリンティングなどの視点から考察するもの,あるいは生活習慣病を進化環境と現代環境のミスマッチという視点から考えるもの,つまり「適応」をキーワードとして病気を考えるもの*1だったが,本書では,遺伝子のゲノムワイド関連解析が可能になった現状を踏まえた,より集団遺伝学的な視点からの病気の考察が主体になっていて*2,進化医学の最新の発展を教えてくれる本になっている.


「はじめに」において本書が企画された経緯が説明されている.それは2010年の日本進化学会のワークショップ「ヒトはなぜ病気になるのか」*3がきっかけになったそうだ.これは私も参加したワークショップだが,ゲノムワイド関連解析の技術により新たな知見が次々と得られている実情が紹介され,大変面白かったおぼえがある.本の中身は当時の発表そのままではなく,一部差し替えたりより一般的な話題に広げられたりしている.またそれ以外からの寄稿もある.本書はこれらをワークショップ企画者の太田と長谷川が編者としてまとめたものになる.


第1章は長谷川眞理子による「進化医学の展望」.いかにも総説的な章題が付いているが,実際には適応視点からの進化医学を簡単に紹介した後に,ヒトの進化史と進化環境と現代環境のミスマッチを概説したものになっている.進化にはあまり詳しくない読者のための導入章という位置づけだ.


第2章は長田直樹による「ダーウィンの視点を超えて」.集団遺伝学からみた進化医学が解説されている.
まず最初にダーウィンと適応概念について触れ,物事を適応だけで説明しようとする態度には限界があるという主張を行っている.それ自体は当然だが,そこで「ルウォンティンの適応論へのスパンドレル批判」をそのまま受け売りしているのには引っかかる.「その形質を決める遺伝子,至近メカニズムが特定できなければ,適応の証拠にはならない」という主張は,私からみると遺伝学者の傲慢というべきもので,適応の証明は様々なやり方が認められてしかるべきだ.長田は社会生物学論争全体の構図と進化生態学のPhenotypic Gambit手法について理解を欠いているのではないかという印象を禁じ得ない.

ここから遺伝学の初歩の解説がなされ,DNA,ゲノム,変異,ヒトとチンパンジーの差,正負の自然淘汰(集団平均より有利な変異の頻度が上がることと,不利な変異の頻度が下がることをこう呼ぶ),浮動,集団サイズの浮動に与える影響,中立説,ほぼ中立説,有効集団サイズが解説される.またデータからみるとヒトの有効集団サイズは約1万と非常に小さいこと,これは中立や弱有害遺伝子がより固定されやすかったことを意味することも指摘される.
続いてこのような集団遺伝学的視点からみた病気のとらえ方,それによる知見が以下のように解説される.

  • 通常病気といわれるものには遺伝要因と環境要因が絡み合って影響している
  • 遺伝要因がかかる疾患は,単一遺伝子が非常に大きな効果を持つメンデル遺伝性疾患と多くの遺伝子が少しずつ効果を持つ多因子遺伝性疾患に大きく分類できる.
  • このような遺伝子に淘汰が効いているかどうかは,(祖先型をチンパンジーゲノムから推測し)集団内の変異の頻度,同義置換と非同義置換の比率を見ることにより推測できる.
  • ヒトゲノムの中の遺伝子は15,000から20,000ぐらいとされていて,病気と何らかの関連を持つものは内1,500から2,000ほどあると推測される.
  • 病気原因遺伝子も優性の場合と劣性の場合がある.ほぼ中立説から考えると弱有害の病気原因遺伝子は優性か劣性かで淘汰のかかり方が大きく異なることが予想される.しかしそのような数理モデルの結果と実データは一致しない.優性遺伝子にかかる淘汰の方が理論的予測より強いという結果になる.
  • 病気原因遺伝子は優性か劣性かで機能に差があることが知られている.酵素遺伝子は劣性のことが多い.それは多くの生命反応は個別化学反応のネットワークになっており,全体の反応速度を決める律速過程はそのうちのただ1つだけであり,それ以外の過程にかかる酵素は半分になっても問題ないからだと考えられる.
  • 複合体を作るタンパク質遺伝子は優性であることが多い.合成過程に変異複合体が少量でも紛れ込むと最終産物が上手くできないからだと考えられる.スイッチのオンオフを司る転写遺伝子も優性のケースが多い.遺伝子量が直接最終生産物量を決めることが多いからだと考えられる.
  • ヒトのメンデル遺伝性疾患にかかる遺伝子は長いものであること,通常より多くの同義置換率を持つことが多い.これはその遺伝子が変異しやすいことを意味している.(変異確率が高いと変異淘汰平衡の頻度がより高くなる)
  • 今後は個人ゲノムデータの蓄積が予想される.これはオーダーメイド医療の可能性を開くものだ.

長田は最後に,現在ヒトゲノム内の遺伝子数が個人間で100個のオーダーで異なっていることが明らかになったことを指摘し,今後のデータ解析の結果ヒトゲノムには多くの欠陥がごく普通に見られることが明らかになるだろうと予測して本章を終えている.
最後の得られた知見の説明の部分は,全体の流れがわかりづらいが,個別トピックにはなかなか面白い知見があって読んでいて面白い.


第3章は大橋順による「ゲノム情報から疾患原因を見つける」
最近の遺伝データ収集・解析,特にゲノムワイド関連解析の進歩を前提とした疾患原因探索リサーチ手法を紹介している.まず,遺伝子マッピングの歴史から.制限酵素断片長多型マーカー,マイクロサテライトマーカー,一塩基多型マーカー,連鎖不平衡マッピング,ケース・コントロール関連検定などが説明され,国際ハップマップ計画の進展と一塩基多型タイピング技術の進歩によりゲノムワイド関連分析が容易に実施できるようになったことが解説される.
次にゲノムワイド関連分析の成果の1つとして,これまで予測されていなかった疾患原因遺伝子の特定があげられ,例として肥満,II型糖尿病にかかるFTO遺伝子について詳しく解説されている.この肥満になりやすい変異はチンパンジーと共通の祖先型であり,ヒトは肥満しにくくなる方向に進化したことになる.またこの変異は遺伝子中のタンパク質に翻訳されない部分に集中しており,発現量にかかっているものと思われる.これをきっかけにFTO遺伝子の機能解析が進み,FTOタンパクがDNA/RNA脱メチル酵素であることなどが明らかになっている.さらに解析が進めば抗肥満剤への応用も期待できることになる.(なおこれはいわゆる倹約遺伝子そのものの1つであるように思われるが,残念ながらそれについては触れられていない)
またゲノムワイド関連分析によるヒトの多様性リサーチにおいては,地域集団間の近縁性,多様性が明らかになりつつある.その成果の1つとしては,東アジア集団の成り立ちがあげられる.リサーチの結果中央アジア集団との近縁性は低く,東南アジア集団から北上して成立したという見方を裏付ける.
最前線の手法,成果が整理されて説明されていて,スマートな解説に仕上がっている.


第4章は中込滋樹による「出アフリカはゲノムに何をもたらしたか」
最初にヒトの起源についての,今や古典とも言える有名な「多地域連続進化説とアフリカ単一起源説の論争」とDNAデータがそれに決着をつけた様子が語られている.また近年の核ゲノム分析から示されるネアンデルタールとの交雑の報告については,非アフリカ系のヒトとネアンデルタールに共有され,アフリカ系のヒトと異なる変異が1〜4%あることから,出アフリカ後の局所的遺伝的交流を示しているとし,一部修正を受けるがアフリカ単一起源説を否定するものではないとまとめている.簡潔でわかりやすい解説だろう.
次に国際ハップマップ計画が解説される.第一次ハップマップ計画では,イバダンのヨルバ族(ナイジェリア),ユタのヨーロッパ系の人々(アメリカ),北京の漢民族,東京の日本人という4セットのヒト集団が解析された.(これは二次,三次と拡大されて解析データは常に更新されながら公表されている.)この4セットの連鎖不平衡マップ*4を見ると,アフリカ単一起源説が予測する通りアフリカ系のヒトのゲノムの連鎖不平衡値は低い傾向が見える.そして出アフリカが病気に与えた影響として非アフリカ系で特に有効集団サイズが小さくなったためにボトルネック効果による弱有害遺伝子の固定が生じやすかったことが指摘されている.
最後に著者による個別のリサーチとしてクローン病についてのものを解説する.クローン病というのは炎症性腸疾患の一種で遺伝性が指摘されているものだ*5.先行研究のゲノムワイド関連解析で特定された7つの遺伝子の9つの変異が日本人のクローン病と関連するかどうかを調べたところ,9つのうち5つは日本人患者に変異がなく,残りのうち3つは相関なし,最後のTNFSF15のみ関連性が示された.著者はこの結果を同じクローン病とされているものでも地域により原因遺伝子が異なる可能性があると解釈し,「関連遺伝子の変異頻度の地域特異性は浮動によるものか」についてリサーチを進める.先行研究で示された7つの遺伝子の地域多様性について解析すると6つは浮動で説明がついたが,NOD2遺伝子はヨーロッパ系の集団において正の自然淘汰を受けたと結論された.次にこの自然淘汰は遺伝子そのものが受けたものか,強く連鎖している近隣遺伝子が受けたもの(ヒッチハイク効果)かを調べる.ヨーロッパ特異的なハプロタイプの頻度とその中のNOD2遺伝子の個別変異の頻度をみると後者であるようだ.著者はこの特異的ハプロタイプの頻度が33%程度と中規模であることから,何らかの超優性的な平衡淘汰があったのだろうと推測している.最後に著者は,クローン病は弱有害アレルが浮動ではなく近隣遺伝子にかかった地域特有の自然淘汰ヒッチハイク効果によって集団に低頻度ながら広まったものだとまとめている.
クローン病のリサーチは著者自身によるものでなかなか迫力があって読み応えがある.


第5章は間野修平と西野穣による「疾患の進化的モデルとその意義」
最初にこれまでの適応的視点から見た進化医学の知見をいくつか紹介し,それと並んで弱有害遺伝子の固定,蓄積による問題も重要であることが説明される.集団遺伝学の初歩の説明として遺伝的荷重,有効集団サイズ,固定指数,近交係数,連鎖と組み換えなどが説明され,特にヒトの場合,有効集団サイズが小さいために遺伝的荷重が大きいことが強調されている*6.固定指数は大まかにいって近親交配によらずに同祖遺伝子を持つ確率だが,これは分集団化がどこまで進んでいるかの指標として用いられることがある.ちなみに日本人集団の固定指数は約15%とされており,苗字の一致率を用いる推定よりかなり大きい*7
ここから疾患についての記述になる.まずメンデル遺伝性疾患の例として軟骨無形成症を解説する.これは優性発現する遺伝病で,原因遺伝子も特定されており,この遺伝子の高い突然変異率から変異淘汰平衡による疾患であると説明できる.
次に多因子性疾患が解説される.多因子性疾患には有病率が高く加齢により発病率が上がるものが多い.加齢後の有害遺伝子への淘汰圧は小さいので弱有害遺伝子が多く蓄積することが予想される.原因遺伝子を特定するためにゲノム情報を解析するには有害変異の頻度と異質性(患者内の変異量)をどうモデル化するかが問題になる.当初頻度が高めで異質性が少ないことを前提にしたCDCVモデルが提唱されて,解析しやすいこともあり主流となっていたが,集団遺伝学的に考えるとこの二つの前提は両立しにくい.実際にこのようなモデルに基づく分析では遺伝率の一部しか説明できないことが多い.著者は頻度の小さい多様な遺伝子が関連しているのだろうと推測し,今後の次世代以降のシークエンサーによるデータ収集に期待をかけている.
著者は最後にヒトは有効集団サイズが小さく遺伝的多様性が極めて低いことから進化においては浮動が重要であったことをもう一度強調し,特に加齢により発病する多因子遺伝性疾患は弱有害遺伝子の蓄積という解釈が当てはまるだろう,また医療が進むとより有害遺伝子は蓄積されやすくなるのでこのような多因子遺伝性疾患は根絶できないだろう*8と結んでいる.
なかなかハイレベルの解説で読んでいくのには骨が折れるが,内容は深くて面白い.


第6章は長岡朋人による「古人骨からわかるヒトの病気の歴史」
これは本書のほかの章と趣が異なり,自然史的な記述になっている.遺跡から発掘されるような古人骨から何がわかるかがテーマだ.当然ながらまず外傷がある.鎌倉の材木座の人骨の8割から殺傷痕が見つかっており,これは新田義貞による鎌倉攻めの際の死傷者の人骨と思われる.また江戸時代の刀傷はそれ以前のものに比べて深くなっており刀の殺傷能力が上がったのではないかと推測している*9アンデスのインカ時代の頭蓋穿孔の研究では.時代があがるにつれて穿孔後の生存率の上昇が認められ,何らかの外科手術であった可能性が高いそうだ.
感染症としては結核ハンセン氏病,(梅毒などの)スピロヘータ感染症がわかる.日本最古の梅毒感染と思われる例は室町時代のものだそうだ.それ以外の骨からわかる病変としては,骨粗鬆症痛風,虫歯などの例が扱われている.
さらにチンパンジーの骨の分析,骨のデータからの人口構造の再構成*10,カットマークの分析手法の進歩*11なども解説されている.
楽しい記述で読んでいて面白いが,本書のほかのテーマとの関連としてはやや遠いという印象だ.例えば感染病原体のDNA解析からわかってきた知見などを入れ込んだ方がよかったのではないだろうか.


第7章は柴田弘紀による「ヒトらしさの起源」
いかにもヒト進化の総説的な章題だが,テーマは統合失調症の進化的説明だ.多因子性遺伝疾患の多くは加齢後発症率が上がるものだが,統合失調症は若年齢でも発症するという意味で例外的なものだ.
著者はこの統合失調症の代表的な症状の「幻覚」「幻聴」について,ヒトの脳がデフォルトで持つ「意味の自動抽出機能」が亢進した状態だと考えるとうまく説明できると指摘する.そしてこの意味の自動抽出機能は同種個体間におけるコミュニケーションの効率化としての適応形質だろうと推測する.また片方で統合失調症は家系内集積があり,遺伝率は80%に達する場合もある.これは多因子性遺伝疾患の中でも特に高い.また統合失調症は患者の適応度を大きく下げるが,ユニバーサルにほぼ1%の頻度でみられる.
著者はここで「統合失調症の平衡淘汰仮説」を解説する.この「意味の自動抽出」にかかる高次脳機能を高める効果を持つ多数の遺伝子座があり,それぞれの量的遺伝子の累積効果がある閾値以内であれば高い方が有利になるが,ある閾値を超えると統合失調症を発症すると考えると統合失調症に絡む現象をすべてうまく説明できるのだ.
著者たちは統合失調症に関連するとされているグルタミン酸受容体遺伝子群について頻度スペクトラム法でそこに淘汰がかかっているかどうかを解析した.その結果NMDA形受容体の2Bサブユニット遺伝子の上流に強い平衡淘汰シグナルを検出した.著者たちはこれにより仮説の一部についての検証ができたと結論している.
流れもいいし,中身も説得的で読み応えのある寄稿になっている.


最後に長谷川眞理子が「おわりに」を書いている.
感染体との共進化,進化環境と現代環境のミスマッチに加えて,集団遺伝学的視点から見た進化医学を本書は提示している.その背景には遺伝子解析技術の進展がある.そしてヒトのゲノムにある遺伝子の1割以上が病気に関連することが明らかになった.そして今後この知見がさらに深まれば,オーダーメイド医療が可能になり,デザイナーベビーの技術的可能性も視野に入ってくる.そのような時代にあたって本書のような内容を多くの人に理解して欲しいと書かれている.まことにその通りだろう.


というわけで本書は本邦で初めて集団遺伝学的に見た進化医学の姿が本格的に書かれている本ということになる.ところどころ初歩の解説も交えながら,かつ高度な内容も含み,新しい知見も随所に書き込まれていて読み応えがある本だ.やや統一感に欠ける部分もあるが,生きのいい若手研究者の寄稿をまとめて読めるコストとしては安いものだ.リサーチの最先端の姿も味わえる価値の高い本だと思う.

*1:なお日本では,ビタミンCの合成能力や尿酸分解にかかる遺伝子の変異が系統進化のどの時点で生じたのかを解説する本や,肥満と糖尿病の発症を遺伝子の視点から語る本も進化医学本として扱われているが,これらは主流の進化医学とはやや視点が異なるということだろう

*2:なお本書の中では,このような視点について「中立進化」という用語で代表しているが,実際の議論は,中立・弱有害遺伝子の浮動と適応を両方とも扱っている.そういう意味では「中立説から」というより「中立説を組み入れた進化遺伝学の主流に沿った」内容と言える.私的には本書のような内容を「中立」「中立」と強調するのには違和感がぬぐえない.まるで木村が中立説を唱えた当初の欧米の学者からの批判が日本の遺伝学者に深いルサンチマンを形成しているようだ.そもそも中立な形質が浮動により固定すること自体はシューアル・ライトの時代から認められていて,木村の「中立説」の主張は「分子レベルでは浮動による固定が進化(アレル頻度の変化)の大半を占めている」というものだ.そして本書のスコープは「アレル頻度変化の主要部分は何かという視点から考察する」というよりも「適応だけでなく浮動による固定現象も考察に含む」ということがポイントだ.だから「中立説」にこだわらずに,もう少しさらっと扱った方がわかりやすいし,読みやすいのではないだろうか

*3:私の参加日誌はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100813参照

*4:図示されているが,元図が寒色から暖色のカラーで不平衡の強度を示しているものが白黒で表示されて読み取り不可能になってしまっているのが残念だ

*5:クローン病(Crohn's disease)のクローンはこれを報告した医者の名前に由来するもので,同一遺伝子セットを持つという意味のクローン(clone)とは異なる.

*6:なお,固定指数Fst,近交係数Fについて,編集方針のためだろうか,数式を排除してすべて言葉で説明しようとして大変わかりにくくなっている.例えばこんな具合だ「一から近交係数を引いたものを,一から近親婚により子供の二つの相同遺伝子が同じ祖先に由来する確率を引いたもので割り,さらに一からこれを引いたものを固定指数と呼ぶ」.どうしてもこれを説明したいのであれば,数式を使うべきだろう.

*7:理由について著者は遺伝子解析の方がはるかに昔にさかのぼれるからだとしているが,新しい姓を名乗ることや,家名を継続させるための養子などより苗字の方がより多様性が高いという事情も大きいと思われる

*8:なおここで突然変異をなくすことはできないという議論を行っていて複製機構の精度限界という説明の後,「突然変異が無ければ有益な変異も起こらないから進化はそのような戦略をとらなかった」と書いているが,これが「仮に突然変異率が可変形質で自然淘汰を受けるとしても,有益な変異を起こすためにゼロにはならない方がいいのでそうならない」という意味ならそれはナイーブグループ淘汰的な書きぶりでやや勇み足というべきだろう.突然変異率ゼロがいかに長期的に集団全体にとって不利であっても,突然変異率がゼロの個体(あるいは変異率をゼロにする遺伝子)にとって短期的にどう不利であるかまで考察しなければならないはずで,より複雑な議論が必要だと思われる.

*9:残されている実際の刀から何が言えるかについては全く触れられていない.データ数もそれほど多くはなさそうでやや疑問なしとはしないところだ

*10:単純なデータ化ではなくベイズ推定により補正するそうだ

*11:タウングチャイルドとして知られるアウストラロピテクス・アフリカヌスの化石個体に残るカットマークはヒョウやハイエナによるものではなく霊長類を狙う捕食者であるカンムリクマタカによるものであることが明らかになったそうだ.これは化石の出土状況とも一致する