「Sex Allocation」 第11章 一般的な問題 その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


エストによる行動生態学にかかる大きなテーマについての解説が続く


11.3.2 遺伝学,表現型,そして適応主義プログラム


11.3.2.1 遺伝型と表現型


性比のような生活史形質の進化の分析については2つの主要なアプローチが用いられてきた.
そのうちの1つは「表現型アプローチ」だ.これは以下のようなものだ.

  • 自然淘汰は自身の適応度を最大化させるような個体を好む.そしてその適応度は様々なトレードオフの上にある.
  • これはゲーム理論アプローチや最適化理論,そしてESSについてよく言われることだ.
  • ここで重要な前提は「遺伝システムは戦略の大きな制限要因にはならない」ということだ.だから遺伝システムを無視することが正当化される.これは「表現型ギャンビット:the phenotypic gambit」とも呼ばれる.


これに対するもうひとつのアプローチがより「明瞭な遺伝学的なモデルを作る」というものになる.通常量的遺伝学モデル,集団遺伝学モデルが使われる.

  • 遺伝学的なモデルはより現実に沿ったものになることができる.なぜならそれは複数遺伝子の関与,突然変異,多面発現などの複雑な問題を内包できるからだ.


これら2つのアプローチの相対的な有用性,同じ結論になる可能性については,これまで多くの議論がなされてきた.ウエストはここでこの2つのアプローチの相対的成功について,まず性比理論の発展に即して,さらにより一般的に論じていく.

  • 第1の論点:どのアプローチが検証可能な予測を生むのに役だったか?:これに対する明瞭な回答は「それはESSアプローチだ」というものだ.それはLMC理論およびその拡張を考察してみればよくわかる.本書の4章,5章,9章の例をみると,そのすべてのケースで予測はまずESSを使ってなされている.定評ある2つの本(Charnov 1982, Karlin and Lessard 1986)もすべてESSによる予測が用いられている.この分野,そしてその他の分野でも集団遺伝学モデルや量的遺伝学モデルが当初から用いられていたということはなく,一部のESSモデルの結果を確かめてみたものがあるだけだ.
  • このことは性比リサーチの分野ではESS理論がドライビングフォースだったことを示している.ESSは構築することが比較的容易で,数理理論家でない人々にも理解しやすい.またESSモデルによる理論的予測のロバストさをパラメータの数や値を変化させてテストするのも容易だ.
  • これに対して集団遺伝学的モデルは,どのように血縁個体が相互作用するかについての特定の前提セットごとに特別の複雑な方程式を構築する必要が生じる.
  • さらにESSは条件付きの性投資比行動を扱うのに非常に優れている.そしてこのような条件付きの投資戦術は非常に重要なのだ.
  • なぜESSによる性投資比モデルは遺伝学的なモデルを必要とするような複雑性を捨象してもうまくいくのだろうか?:実際にESSモデルと遺伝学的モデルの両方が構築されたケースでは皆結論は一致している.このことは,ESSモデルと遺伝学的モデルは常に一致するとは限らないが,性投資比の分野ではそれが生じにくいことを示している.
  • ESSモデルがうまくいかなくなる1つの可能性は,遺伝的な相関性がトレードオフを見えなくする場合だ.しかし性投資比についてはこれは問題になりにくい.なぜなら背景にあるトレードオフは通常結局「オスかメスか」ということで,それは常に非常に明瞭だからだ.
  • もうひとつの潜在的な問題はいくつかの特性が共進化して,その共進化のダイナミズムがキーになる場合だ.これがある場合にはマルチ遺伝子座を扱う遺伝学的モデルが必要になる.しかしながら,性投資比についてこのようなシナリオが生じている例は(例えば性投資がクラッチサイズや分散と共進化している例であっても)これまで知られていない.
  • 要するに簡潔で扱いやすいESSモデルで同じ結論が得られるのに,わざわざ複雑な遺伝学的モデルを組み立てるのは馬鹿げているのだ.
  • また遺伝学的詳細をあまり心配する必要がないもうひとつの理由は,ほとんどの場合私たちは質的な予測をテストしていて,それはESSモデルで十分だということだ.遺伝的機構による影響は通常量的に現れる.しかし通常私たちはすべてのパラメータを量的に定めた上で,特定の予測を検証しようとはしていない.そしてそもそも性投資比に影響を与える遺伝学的なパラメータについては私たちはほとんど何も知らないのだ.
  • より一般的にいうなら,この問題はそもそもほとんどの行動生態学のエリアで共通の問題だ.そしてテストしているのが質的な予測であれば基本的にESSモデルで十分なのだ.


性比については,トレードオフが明瞭で,実際に遺伝子間の相互作用や多面発現があまり知られていないために,行動生態学の各分野の中でも特に表現型ギャンビットがうまくいくということだろう.最後にウエストはこのようなESSモデルの有用性を認めた上でいくつか付言している.

  • 性投資比理論は,どんなときに遺伝学的モデルを考慮しなければならないかについて明確な例を示してくれる.
  • ESSモデルは特性の平均値,そしてその変化を予測する.しかしこれは私たちが性投資比の進化的ダイナミクス(例えばフィッシャー比が乱されたときに,その後どのような経過を経て平衡に戻るかなど)や性比歪曲者と抑制者のダイナミクスを問題にする際には不十分になる.
  • また遺伝学的なモデルは,私たちが同じ環境にある同じ個体群の中の遺伝的多様性を考える際にも必要になる.このような場合には突然変異,多面発現,遺伝子と環境の相互作用などの要因を考慮することが必要になるのだ.
  • 一般的にいうなら,ESSモデルは特性の平均値を説明できるが,遺伝的多様性やダイナミクスを調べるには遺伝学的なモデルが必要になるということだ.