- 作者: エリザベス・コルバート
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2015/03/30
- メディア: Kindle版
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本書はサイエンスライターであるエリザベス・コルバートによる,人類が引き起こしつつある現在進行中の生物大絶滅についての一般向けの本だ.原題は「The Sixth Extinction」
過去地質時代に5回の大量絶滅イベントがあり,現在人類が引き起こしつつある生物絶滅の規模が第6回目の大絶滅に匹敵するという指摘はかなり前からあるものだ.私がそれを最初に認識したのがいつかについてはもはや記憶が曖昧だが,おそらくラウプやセプコスキーの絶滅についての研究を取り扱った本か,EOウィルソンの「生命の多様性」あたり(つまり20年以上前)ではないかと思う.そういう意味では現在6回目の大絶滅期であるというのはある意味常識的な知識となっているわけだが,その後温暖化をはじめとする様々な状況やリサーチの進展がある中で今日的にもう一度振り返ってみてもいいかと思い手に取った本だ.
コルバートの絶滅を巡る旅はパナマでツボカビによって絶滅に向かっている黄金のカエルの物語から始まる.ここ10年程度の絶滅物語の中ではもっとも劇的な事例という判断なのだろう.ただし消えてゆくカエルとそれをガラスの水槽の中で保とうとする悲劇的な状況の説明のみで,ツボカビの起源を巡る謎解きは扱われていない.ここは少し物足りないところだ.
そこから「絶滅」現象を巡る学説史が扱われる.進化をめぐる論争ほどではないが,そもそも生物が「絶滅」するということがあり得るのかを巡っては結構な議論があるのだ.キュビエは(進化を否定しながらも)ある種のゾウについてそしてその後多くの化石動物について絶滅が生じたことを明らかにし,それは激変として生じると主張した(天変地異説).逆にラマルクは(変容としての)進化を主張し絶滅を否定した.またライエルは斉一説の立場から絶滅は緩やかに生じると主張した.ダーウィンも化石の証拠は不完全だとし,絶滅については基本的にはライエルと同じ立場だった.コルバートはこの学説史の章をちょうどダーウィンが種の起源を発表しているころ乱獲のために絶滅したオオウミガラスのエピソードで締めくくっている.
次は有名なアルバレス父子による白亜期末の恐竜の絶滅に関する隕石衝突説の物語.よく知られたこの発見物語をコルバートは丁寧に追い,ライエル,ダーウィンのままだった古生物学者の大勢が劇的な大量絶滅を受け入れる経緯を解説する.ここではアンモナイトが絶滅し,オウムガイが生き残ったことについてそれは卵の大きさの差だったのではないかという説を紹介しながら,このような突然の環境変化に対して生き残れるかどうかは「運」の問題が大きいことを示唆している.
コルバートはここで絶滅の学説史に戻り,アルバレス父子の発見が斉一説を葬り去ったことをクーンのパラダイムシフトで解説しようとする.1980年当時に古生物学界で斉一説がパラダイムというほど強かったのかどうかやや疑問にも思うが,(少なくとも恐竜絶滅要因に関しては)そういう側面はあるだろう.
そして激変として認められた大絶滅の証拠を求めて,コルバートはオルドビス紀末絶滅を示すスコットランドのフデイシ化石示準化石層と直上の絶滅を示す地層へと向かう.コルバートは旅の様子を語りながら,片方で隕石衝突発見の直後に試みられた絶滅の統一理論がうまくいかないことを説明し,現在この絶滅は氷河作用によって起きたと考えられているし,ペルム紀末の絶滅も逆方向の気温変化のためかもしれないと説明している(ここはやや納得感がない.両絶滅とも原因についてはまだ決着を見ていないということではないのだろうか).宿での研究者たちとのおしゃべりから現在進行中の絶滅の規模とその提唱された呼び名「人新世:anthropocene」,そして絶滅後に現れるジャイアントラットの世界の空想(ドゥーガル・ディクソンの「アフターマン」が紹介されていないのは残念だ)に話は飛ぶ.
ここからコルバートの現在進行中の絶滅の規模を推し量る様々な旅が始まる.最初は海洋酸性化の旅.ナポリ郊外の海で,熱水噴出口の周りの生物群集の様子をレポートし,温暖化が海水を炭酸化した場合(海洋酸性化)の影響を示唆する.次にコルバートはオーストラリアのグレートバリアリーフを訪れ,ダーウィンの珊瑚礁形成説などにも触れながら,その進行中の海洋酸性化の影響をレポートする.ここでの重要な指摘は,海水の酸性化にとっては単純に気温や大気中の二酸化炭素濃度が重要なのではなく,温暖化の速度が重要だということだ.地球物理学的な酸性化を打ち消す過程が追いつけないスピードで温暖化が進むと,過去の温暖期に比べて海洋酸性化がはるかに深刻になり得るのだ.私はなぜ過去の地質時代には現在懸念されているよりはるかに温暖に何度もなっているのに,今回の温暖化でサンゴの白化が問題になるのか良く理解できていなかったが,その懸念の本質が初めて理解できた.コルバートは海洋酸性化の章を神秘的なサンゴの産卵の様子を観察した感動で締めくくっている.
次はアンデスとアマゾンだ.熱帯の生物相の豊富さをめぐる生態学の学説史を振り返りながら,現地での生物多様性とそれをリサーチする研究者の様子をレポートする.ここでも温暖化の未曾有のスピードが議論のポイントになる.過去氷河期と間氷期の繰り返し時期に可能だったような移動による生き残り対応をすべての生物が採れるわけではなくなるからだ.また生態学の有名な種数面積関係を示す方程式にも触れながら断片化によるリスクの問題もここで扱っている.要するに人新世の問題は,温暖化により生物に移動を強いながら,断片化により移動をはばんでいるところにあるということになる.ちょっと面白いのは,1970年代のテリー・アーウィン,そして1990年代の「生命の多様性」でEOウィルソンが示した現在進行中の絶滅速度の推定値の問題だ.現在これらの数値に対応する規模の絶滅は観察されていない*1し,問題は(大げさな数字を一人歩きさせた)サイエンスライター側にあるとコルバートは指摘している.
次のテーマは断片化と逆のパンゲア化だ.人類により未曾有の大陸間物資輸送は大量の侵入外来生物の問題を引き起こす.コルバートは北アメリカにおけるコウモリの大量死問題(ヨーロッパ由来のカビの感染によるものらしい)をレポートしながら,侵入外来生物の脅威,世界が単一大陸化すれば収容生物数は減るという生態学的な議論を紹介している.
ここで温暖化とは別の人類による絶滅に話が広がる.コルバートはスマトラサイを絶滅から救おうとするプロジェクトをレポートしながら,これまで人類が狩猟により絶滅させてきた大型生物たち,そしてネアンデルタール人を取り上げる.ここではペーボによるサピエンスとの交雑を示すDNAリサーチ,デニソワ人DNA発見の顛末がレポートされていて面白い.また様々な鳥類の絶滅からの保護プロジェクトも紹介されている.そしてこの現在進行中の大量絶滅に関して,人類は加害者でありかつ被害者でもあるとし,さらに遠い未来からの視点を持って現在の状況を眺めて本書の結びとしている.
本書は,様々な旅を語りながら,いろいろな論点を散りばめ,時に学説史を,時にリサーチャーの実務を,そして時に最新の知見を紹介していて,一般向けの本として読みやすくなるような工夫が印象的だ.全体としては,やや温暖化の影響に力点を置いて現在進行中の大量絶滅をサイエンスライターからの視点でまとめた好著といえるだろう.
関連書籍
原書
The Sixth Extinction: An Unnatural History
- 作者: Elizabeth Kolbert
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EOウィルソンの「生命の多様性」.啓蒙書としては不朽の名著.
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