Enlightenment Now その27

第10章 環境 その5


温暖化の脅威に人類はどう対応すべきか.ピンカーは原子力利用の推進と二酸化炭素の固定を提案している.ではこれはうまくいくのかが次の論点になる.

  • これらのことは生じるだろうか.障害は大きい.世界はエネルギーに飢えており,化石燃料はあまりに便利で,現行のインフラに深く組み込まれている.石油産業や政治的右派は温暖化否定論に浸り,伝統的グリーン主義者や環境正義派の技術的解決策への敵意は激しい.
  • しかし,地球温暖化抑止というアイデアは表に出るべき時期に来ている.(ピンカーはいくつかの新聞のヘッドラインに現れる論調の変化を好意的に紹介している)グローバルなコンセンサスも単なる雰囲気だけではない(パリ協定の概要を紹介している).
  • しかしこのゲームプランはトランプ政権が仕掛けたセットバックに直面している.トランプは温暖化は中国によるデマだと公言しており,パリ協定からの離脱を表明している.しかし仮に2020年11月に(協定上離脱が可能になる最短時期)米国がこの協定から離脱ということになっても.技術と経済による脱炭素化の流れは続くだろう.引き続き都市,州,企業,テックリーダーたち,さらに諸外国は米国政府に対して炭素税などの温暖化対策を採るようにプレッシャーをかけ続けるだろう.
  • それでも温暖化を抑止するために必要な努力は膨大で,技術や政策がそれにあわせて進展するという保証もない.これは私たちを最後のプロテクト技術へ向かわせる.それは地球冷却化テクノロジーだ.太陽から地上・下層大気に達する熱量を減少させればいい.硫酸塩,炭酸塩,その他微粒子を大気上層に放出すれば赤外線を反射してくれる.これは大規模火山の噴火による地球冷却化を再現しようという試みになる.あるいは海水をミストにして上空に噴霧すれば,塩の結晶が同じ効果を与えてくれるかも知れない.これらのテクノロジーは比較的安価に利用可能なように思われる.
  • この気候エンジニアリングという発想は,まるでマッドサイエンティストの狂気のスキームのように聞こえる.そしてほとんどタブーのように扱われていた.批判派はそれはまさにプロメテウスの誤りであり,降雨パターンの変化やオゾン層の破壊など予想できない災害をもたらすリスクがあると主張する.そして,気候エンジニアリングの影響は世界各地でそれぞれ異なるために,一体誰がそのサーモスタットの入り切りを決めるのかという政治的な大問題に直結する.それは戦争すら引き起こしかねないだろう.仮に一旦気候エンジニアリングの元に入れば,それが何らかの形でストップすれば,(削減努力が放棄された結果)蓄積された温暖化ガスにより遙かに速いペースでの気温上昇が生じるだろう.そして温暖化は止められても海水の酸化は止められない.
  • これらの理由から,「温暖化ガスは気にせず放出して気温はエンジニアリングによって下げれば良い」と考えるのは無責任だと考えられてきた.しかし物理学者デイヴィッド・キースは2013年に「moderate, responsive, and temporary」 というキャッチフレーズで気候エンジニアリングを擁護した.moderateとは大気中に放出する 硫酸塩や炭酸塩の量を温暖化上昇率を下げる程度にし,すべてキャンセルしてしまう量にはしないという趣旨だ.これは小さな干渉の方が予期せぬ災害を生じにくくさせるだろうという考えに基づく.responsiveとは操作はすべて注意深く徐々に,モニターしながら調整し続け,問題あればすぐやめるという趣旨になる.そしてtemporaryはこの干渉は一時的なもので人類が温暖化ガス排出をやめて炭素を固定化し温暖化ガスレベルを産業革命以前のレベルにできるまでにとどめるという趣旨だ.要するに世界が気候エンジニアリングに中毒症状になってしまうのをこれらの原則により予防しようというものだ.ジャーナリストのオリバー・モートンも同様の主張を行っている.
  • 温暖化問題の巨大さを考えると,我々がそれを素速く容易に解決できることに頼るのは賢明とは言えない.このようなリスクのあるエンジニアリングを提示するのは,むしろ人々に温暖化問題により関心を持つことを促すかも知れない.


温暖化がそんなに困るのであれば火山ガス類似の成分を大量に大気上層にばらまいて地球を冷却すればいいではないかというアイデアを最初に聞いたときには,それは温暖化ガス排出を抑えるより遙かに容易そうだなと思ったが,しかし実際にどれだけの量をばらまくかをどう決めるのかはピンカーの言う通り,極めて政治的に困難な決定になるだろう.それでも地球が金星のようになってしまいそうになったときには最後の手段があるというのはある意味ほっとさせられる部分ではある.ピンカーは本章の最後をこうまとめている.

  • 半世紀にも及ぶパニックにもかかわらず,人類は環境的自殺への道をまっしぐらに進んでいるわけではない.資源枯渇の恐怖も人類を害虫のように考える厭世的環境主義も間違いだった.啓蒙運動環境主義は,人類が貧困から脱却して幸福を追い求めるためにはエネルギーが必要であることを認める.歴史はこの現代的でプラグマティックでヒューマニスティックな環境主義がうまくいくことを示唆している.世界が裕福でテクノロジーが進歩すれば,世界は非物質化,脱炭素化,密度増加の道を歩むのだ.人々は裕福になり教育を受ければ環境を気にするようになり,それを保護する方法を探し出し,コストを支払うようになる.なおシビアな問題があるとはいえ,多くの環境は再生しつつある.
  • 残された大きな課題には,まず温暖化ガスの問題がある.私はしばしば人類がこれを克服できると思うかと尋ねられる.私は人々はチャレンジに向かって立ち上がると信じている.しかしこの楽観主義の中身を理解することは重要だ.
  • エコノミストのポール・ローマーは自己満足的楽観主義と条件付き楽観主義を区別した.前者を子供がクリスマスのプレゼントを他力本願で願っているようのものだとすると,後者はツリーハウスを望む子供が木材と大工道具を用意した上でうまく仲間を説得できれば実現可能だと考えている状態にあたる.我々は温暖化に対して,自己満足的楽観主義にはなれないが,条件付き楽観主義になれる.
  • 我々にはいくつかの実現可能な災害の回避方法があり,より学ぶ方法も知っている.問題は解決可能なのだ.誰かがやってくれるということではなくて,これまで幾多の問題を解決してきた方法を用いることにより,我々はそれを解決できるのだ.