Enlightenment Now その26

第10章 環境 その4


環境問題の最大の焦点「地球温暖化」.ピンカーはその問題解決の難しさをまず説明した.ではどう吸えばいいというのだろうか.ピンカーはこのように説明している.

  • では我々は地球温暖化にどう対処すればいいのか.確かに我々は対処しなければならない.そしてそれは将来の何十億の人々を害する可能性があることからモラルイッシューであることも間違いない,しかしモラルに訴えることは,モラルイッシューを解決するにはあまり役に立たない.我々にエネルギーを供給してくれている化石燃料企業を非難したり陰謀論をもてあそぶのは満足感をもたらすかも知れないが,温暖化を防ぐには役立たないのだ.
  • 啓蒙運動的な反応は「いかに温暖化ガス排出を最小に抑えてエネルギーの取り出しを最大にするか」を考えることだ.悲観主義者はそれは不可能だというが,しかし実際には現代世界は脱炭素化を進めてきている.

ピンカーは,木材→石炭→石油→天然ガスとエネルギー1単位あたりの排出炭素の比率が下がってきたことを解説する.(またここでGDPあたりの排出二酸化炭素の国別推移グラフを示している.英国では1900年頃にピークをつけてその後低下している.ピークは米国,世界全体で1950年代,中国では1960年と1980年代,インドでは2000年頃で,その後低下している.ソースはリッチーとローザー2017)

  • この炭素の国別放出推移はクズネッツカーブを追いかけているのだ.この脱炭素化は人々の好みを反映している.炭素は鉱夫たちの肺を真っ黒にし,都市の大気を汚し,そして温暖化を進める.水素の方がはるかにクリーンだ.人々はエネルギーが高密度でクリーンであることを好むのだ.都市住民は電力とガスだけに頼るようになる.そしてこれが世界にピークコールを実現させ,おそらくピークカーボンも引き起こすだろう.

ここでピンカーは1960年からの二酸化炭素放出量の推移グラフを示している.(地域ごとに区分けした累積折れ線グラフ.先進国ははっきりピークアウトしている.そして中国もピークアウトしたようだ.インド,さらに世界全体もほぼピークを付けつつあるように見える.ソースはOur World in Data 2017 元ソースはthe Carbon Dioxide Information Analysis Center 2016)

  • アメリカの二酸化炭素放出減少の一部はソーラーや風力によるものだが,大半は石炭から天然ガスへの乗り換えによるものだ.この長期的推移を見れば,文明化と炭素燃焼は同じではないことがわかる.
  • 一部の楽観主義者はこのトレンドがそのまま展開すれば主エネルギー源が原子力になり炭素ガス排出がゼロになって温暖化はソフトランディングできると信じている.しかしことはそう簡単ではない.この傾向から見ると年間の二酸化炭素排出超は360億トンあたりでレベルオフしそうだ.しかしそれは膨大な量だ.温暖化問題を緩和するにはより「深い」脱炭素化が必要なのだ.


温暖化に対して,現在のグリーン主義に乗っ取られた「環境保護派」の主張は,基本的にモラルの問題と扱うが,それでは問題は解決できないというのがピンカーの主張だ.そのためにはより実務的な姿勢が必要になるのだ.ではピンカーの考える実務的な方法「深い脱炭素化」とはどのようなものになるのか.ピンカーはかなり技術的な詳細にまではいって詳しく説明している.

  • 深い脱炭素化の最初のキーはカーボンプライシング(炭素課税あるいはキャッピングとその取引)になる.この方策には政治的立場の如何にかかわらず経済学者は皆賛成している.炭素税は公共コストを内部化できるからだ.(基本的な仕組みと効果について丁寧な解説がある)もちろん炭素税単独ではそれは市民から政府への所得移転になり貧困層にとって打撃になる.しかしそれはほかの税の減税と組み合わせることが可能だ.
  • 2番目のキーは原子力の利用だ.これはある意味グリーン主義者には不都合な真実だが,原子力は最も豊富でスケーラブルなカーボンフリーエネルギーなのだ.ソーラーや風力は確かに安価に得られる持続可能エネルギーで5年間で3倍になっているが,それでも世界全体のエネルギー需要のわずか1.5%をまかなっているに過ぎない.エネルギー生産と需要の時間差を埋めるにはバッテリーの飛躍的な技術革新が必要だし,都市全体をまかなえるようになるのは遙か先のことだ.さらにソーラーも風力も膨大な場所を必要とする技術であり,環境に優しい密度増加傾向と相容れない.ある試算によると現行の世界全体のエネルギーの単年度増加分を風力でまかなうためには毎年ドイツ全体に匹敵する土地をを風力発電に当てる必要があることになる.
  • これに対して原子力発電は究極の密度効果をもたらすことができる.同じエネルギー生産のために化石燃料よりも遙かに小さな環境負荷しか必要としない.そして炭素負荷もソーラーや水素やバイオマスより小さいのだ.
  • さらに原子力はこれらのエネルギー源よりも安全だ.過去60年の原子力発電によって生じた死者はチェルノブイリの31人だけだ,これに加えておそらく数千人が癌により本来より短い寿命を余儀なくされただろう.しかしスリーマイルと福島では誰も死んではいない.これに対して化石燃料発電に伴う大気汚染や鉱山や輸送に伴う事故は遙かに多い人々を毎日死亡させている.原子力に比べて同じキロワットアワー発電あたり天然ガスは38倍,バイオマスは63倍,石油は243倍,石炭は387倍の人を殺している.ノードハウスとシェレンバーグはこう要約している.「原子力発電の拡大以外に信頼できる炭素排出削減方法はない.それは集中して膨大な電力を炭素排出なしに供給できる我々の持つ唯一の技術なのだ」
  • 不幸なことにまさにそれを拡大すべき時に原子力発電は縮小している.なぜ西側諸国は間違った道に進んでいるのだろうか.原子力は多くの心理学的ボタン(汚染への恐怖,破局の想像しやすさ,なじみのない人工物への嫌悪)を押し,そしてその恐怖はグリーン主義運動と,その疑わしい「進歩的」サポーターによって増幅されているのだ.(アメリカ文化で原子力についての恐怖を煽ったコンサートや映画についての描写がある)
  • 温暖化についても最もよく知るものが最も恐れ,原子力については最もよく知るものが最も恐れていないというのはよくいわれることだ.エンジニアは過去の事故やニアミスから教訓を得て,より安全な(そして化石燃料より遙かに安全な)反応炉を設計できる.それにもかかわらず,化石燃料に比べて遙かに厳しい規制が原子力発電のコストを押し上げている.
  • 実際に原子力発電が温暖化抑止に役に立つには,まず現行の第2世代型軽水炉を技術的に越えていかねばならない.第3世代型は安全と効率を改善しているが,コストの問題をクリアできていない.第4世代型はさらにいくつもの改良を加えて.原子力発電ユニットを大量生産し,どこにでも輸送・設置できるようにしたものになるだろう.これを地中に設置して加圧せずに冷却し連続的に燃料を交換できるようにすればNIMBY問題をクリアできるかも知れない.燃料もトリウムや海水中のウランが利用可能になる.核融合も30年後には利用可能になるかも知れない.
  • このような先進的な核エネルギーの利点は計り知れない.まず温暖化抑止のためのハードな政治的プロセスが,人々が自ら安価でクリーンで密度の高いエネルギーを求めることにより解決できる.途上国は一気にエネルギー段階を飛び越えることが可能になり先進国へのキャッチアップが容易になる.豊富なエネルギーを利用した海水の脱塩化によりダムも不要になる.
  • これらの技術開発は民間で可能かも知れないが,発電はインフラであり,環境にかかわる規制も含め最終的には政府の関与が必要だ.(西側諸国の拒否反応を考えると)エネルギーに飢え環境問題がより深刻な中国やロシアやインドがこの分野をリードすることになるのかも知れない.
  • いずれにせよ深い脱炭素化の成功は技術進歩にかかっている.それは原子力発電ユニットだけでなく,バッテリーやスマートグリッドなどの配電技術も含まれる.さらに産業プロセス(特にセメント,肥料,鉄鋼,輸送)をより電力利用に振り向ける技術,二酸化炭素を大気から抽出して貯蔵する技術も重要になる.
  • この二酸化炭素の抽出と貯蔵は実は非常に重要だ.なぜなら,仮に2050年までに二酸化炭素排出を半分にして2075年にゼロにできたとしても,既に排出された温暖化ガスのために世界はなお温暖化のリスクを抱えているからだ.基本的なテクノロジーは植物が何十億年も前に開発済みだ.大気中の炭素を炭化水素の形で固定すればいい.まずは陸地の再森林化,沿岸海域の環境整備,そしてその植物体を腐らせずに固定して地中深くに埋め込むのだ.さらに野心的にはジオエンジニアリングの手法があるだろう.このような手法の多くは豊富な原子力エネルギーを利用することにより可能になる.(可能な方法についていろいろ解説がある)


ピンカーは温暖化抑止の実現可能なプランニングには原子力利用の大規模な拡大が不可欠だと主張している.これは冷静に考えるとその通りだが,特に福島事故以降の日本では物議を醸さざるをえないものだろう.
私も福島事故までは全くここでピンカーが言う通りに考えていた.量的に考えてソーラーや風力は所詮力不足だし,大規模に行うのは環境破壊に直結するだろう(現在,実際にメガソーラーは各地でその破壊力の高さを実証しつつあるように見える).そして人々の生活水準を悲劇的にまで落とさない中で温暖化に対処するのであれば,解は原子力利用の推進しかないのは明白ではないかと.
しかし福島事故とそのあとの様々なドタバタを見てきて,そこまでは楽観的にはなれないというのが正直なところだ.1つはもはや日本の中に大きく巣くってしまった宗教的なドグマとも言える反原発感情の大きさだ.これにより原子力発電のコストは社会的政治的に高くなりすぎてしまった.たとえ第4世代型の素晴らしい原子力発電ユニットが実用化してもドグマに染まった人達が理性的な議論に耳を傾けるようになるとはとても思えない.そして原発に関して議論する際に反対派も推進派も温暖化の話を正面から取り上げようとはしない.もちろんこれだけならまさにEnlightenment Nowということになるわけだが,もう1つはあまりにお粗末だった東電のガバナンスだ.東北電力女川原発がきっちり安全に停止できたのになぜ福島はああなったのか.貞観地震に伴う大津波の情報は既知だったのに(そして想定被害に対してごくわずかなコストしかかからないにもかかわらず)なぜ発電所の建屋の上階の部分や背後の崖の上に非常用電源を設置しなかったのか.誰1人それに気づかなかったなどということがありうるだろうか,ごく小さな確率で発生する巨大リスクについての現行組織のガバナンスの限界なのか.いずれにせよとても電力会社にも政府機関にも原発の管理を安心してまかせられないのではないかという悲観的な思いを感じざるを得なくなってしまった.
では温暖化に対してどうすればいいのか.正直私にはいいアイデアはない.1つの希望的な観測としてはこの第4世代型のユニットが地震にもテロにも強い形で完成した上で他国で普及し,日本の市民も世代交代して世論が変わっていくことを期待したいところだし,もう1つの希望的観測は,炭素固定のジオエンジニアリングや(次節で解説される)地球冷却化テクノロジー開発の進展というところだろうか.いずれにせよ,本書のこの部分を読むのはなかなか複雑な気分にさせられるところだ.