訳書情報 「なぜ心はこんなに脆いのか」

 
以前私が書評したランドルフ・ネシーの「Good Reasons for Bad Feelings」が邦訳出版されるようだ.本書は現役の精神科医であり,かつ「Why We Get Sick?(邦題:病気はなぜあるのか)」をかつてジョージ・ウィリアムズと共著したこともある進化的理論に理解のある著者によるさまざまな精神病理の進化的な解説を行う本である.
冒頭第1部で通常の疾病と精神疾患の違いが強調され(通常の疾病は何らかの身体の機能的な問題が病気の本質で,それが症状として目に見える形で現れると考えられるのに対して,精神疾患は脳の器質的異常を感知できないために症状からのみ記述される),なぜ心はこうも脆いのかが説明されるべき進化的な謎であるとする.邦題はこの本書の中心的テーマを提示するものであり適切だ*1
そこからは各論で第2部で感情に絡む障害(さまざまな悪感情,不安,鬱,気分障害),第3部で社会生活から生じる障害(障害の現れ方の個人差,罪悪感と苦悩,抑圧と自己欺瞞),第4部で行動にかかる障害(性行動にかかる障害,摂食障害,薬物中毒,遺伝性の強い統合失調症・自閉症・双極性障害)が取り扱われる.
鬱についてはネシーが長年深く考察してきただけあり,深みのある考察に圧倒されるし,感情の進化的な整理も見事だ.(フロイト的)抑圧と自己欺瞞についてもトリヴァースの他者操作仮説に対するアンビバレントな受け止め方と実は抑圧や自己欺瞞は短期的な衝動を抑える役割もあるのではないかという考察が読みどころになる.また遺伝性の強い統合失調症・自閉症・双極性障害についてはさまざまなトレードオフ仮説を吟味した上で崖のある適応度地形仮説を提示しており,説得的だ.精神疾患の進化的理解に興味のある人には必読文献だと思う.
 
私の原書の書評は
shorebird.hatenablog.com

 
 
関連書籍

原書

 
ネシーがジョージ.ウィリアムズと出会って最初に書いた進化医学の本.未だに入門書としてはベストだと思う. 
同邦訳 
次に編者となってまとめたコミットメントについての本.感情についての説明にもなっている.これも感情のコミットメント機能についての本としてはフランクの「オデッセウスの鎖」と並んで未だにまず読むべき本だと思う.

*1:ただし副題はやや問題含みだ.本書は精神疾患についての進化的な解説書だ.分野として進化医学の本であり,「進化心理学」ではなく原副題にあるように「進化精神医学」と表記すべきであっただろう